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妖集いて

 本日は喫茶こくり家にとって、大変めでたい日となりました。なんと今月末に返済するべき目標金額が溜まったのです。


 借金自体がなくなったわけではありませんし、夏休みが終わればお客さんはまた元の様に減ってしまいますから全く安心はできませんが、それでも偉大な一歩です。


 そんなわけで本日閉店後のこくり家では日ごろお世話になっている方々を招いてささやかながらお祝いの席を設けることとなりました。


 鎌鼬の凪紗が父の颯と共にこくり家に入りますと、既に革のチョッキを着た髭のイケオジと孫ほどの歳の儚げな美少女が来ております。



「おお、山路さんと若木ちゃん久しぶり!」


「ちょっと、お父さん気安いって」



 誰に対しても変わらない父の態度に凪紗は慌てます。山路は道の神様です。なれなれしい口をきいていい相手ではありません。


 しかし当の山路にそれを気にする様子はありません。むしろ凪紗の気の回しすぎでしょう。颯と山路は既知の中。しかも碁のライバルで双方かなりの打ち手です。


 夏休み前のこくり家が暇だったころは、二階席で二人して碁に興じていたものです。観客がついて当時のこくり家の収入にも一役買っています。



「おっ、颯と凪紗ちゃん。いらっしゃい、って俺が言うもんでもねえけどよ」



 わっはっはと楽し気に笑う道の神様の横で、木の娘が凪紗に向けて小さく手を振ります。凪紗もそれに手を振り返しました。


 木の娘の若木と凪紗もまた良い茶飲み友達です。山路と颯が碁に興じている間に色々なお話をしました。


 美人女将達を目的に来る客も多いこくり家です。碁の観戦を装って密かに美少女二人の鑑賞をしている客もおり、そちらもまたこくり家の収入の助けになっておりました。


 若木は口数は少ないながらも聞き上手で、とりわけ山の外のことを聞きたがりました。凪紗とて詳しいわけではありませんが、それでもまだ外に出ることができない若木からしてみれば先輩です。


 若木は特に遊園地なるものには深く関心を示しており、少々子供っぽい話ですが、凪紗としても一度行ってみたいところです。


 ここはこくり家。主の作る不思議な料理は(あやかし)に力を与えます。若木と共に凪紗が遊園地に行ける日だって、そう遠い未来ではないでしょう。


 その時はもちろん山路と颯も一緒です。こくり家の方々に声をかけてみるのもいいかもしれません。紅珠と藤葛が一緒なら颯も喜ぶでしょうしそれに……。



「あ、颯さん凪紗さんいらっしゃい」



 カウンターの奥から兵太郎が顔を出しました。



「へっ、へへへ、兵太郎さん。そ、そのええと今日はお招きいただだきまかこして……」


「おう店長さん。ハツとレバー持って来たぜ。これもなんかいい感じにうまいもん作ってくれや」


 少々妄想が進んでいた所の不意打ちで凪紗がへへへ鳥になっていることに気が付くこともなく、兵太郎は嬉しそうに颯から袋を受け取りました。



「わあ、ありがとうございます」


「ちょ、お父さん!」



 自分の緊張もどこへやら。父の図々しさに恐縮してしまう凪紗です。


 しかし当の兵太郎にしてみればそれは最高のプレゼントに最高のお願い。お世話になった方々の為に料理をふるまえるなんて、、兵太郎にとってはこの上ない喜びです。



「ううん、何にしようかなあ」



 にへらにへらと袋の中の新鮮な内臓を嬉しそうにのぞき込んでいます。



 ちりんちりん。



「こりゃあはあ、偉い方がおそろいで。あっしなんかがすまねえこってす」


「伊達さん、いらっしゃい! (うずら)ちゃん、こんにちは」



 ぺこぺこと頭を下げながら入ってきたのは妖鼬(いたち)の伊達です。その足元に隠れるようにして中をうかがうのは、養女の(うずら)。伊達と同じく妖鼬ですが化けるのはまだ練習中。耳としっぽを隠すことができていません。ちなみに鶉ちゃんの名付け親は兵太郎です。


 伊達親子と共にもう一人入ってきました。川獺(カワウソ)の川内です。



「兵太郎の旦那、遅くなりやした。こちら良かったら使ってやって下せえ」


「わあ、ありがとう川内さん」



 川内が差し出したのは例によって鮎です。ワンパンでのされて以降、一方的ながら忠誠を誓う山の神紅珠の旦那であり、また天ぷら名人。川内は兵太郎に崇拝に近い尊敬の念を抱いています。



「まあまあ、皆さま良くお越しくださいました」



 居住スペースに通じるドアからタレ目がちの方の奥さん藤葛がでてきました。



「いつもお世話になっております。お部屋の用意もございますので本日は存分に楽しんでいってくださいまし」


「おお、そうこなくっちゃ。わりーね藤さん。」


「お父さん、悪いと思ってるなら悪いと思ってる態度をとって」



 翠川親娘のいつものやり取りに、妖怪たちが楽し気に笑います。



「えっ、あれ? そういやもしかしてこの中で人間って俺だけ?」


「ほんとだ。でも顔はお父さんが一番怖いよね」


「ひでえよ凪紗ちゃん」



 強面の颯の情けない声に山路が噴き出しました。皆それに釣られ、笑い声が大きくなります。



「あの、僕も人間です」


「あっ、そうでした。ごめんなさい兵太郎さん」


「いや、店長さんはその辺の妖怪なんかよりよっぽど妖怪だろ?」

 

「冗談だろ。こんな妙ちきりんな妖怪なんざいねえよ」



 人間の颯からも、妖怪の山路からも仲間外れにされる兵太郎です。しかしそこに一切の悪意はありません。むしろあるのは尊敬と深い親愛。


 どこぞの詐欺師が宣うように、人は自分と違うモノを憎みます。それは妖も同様です。悲しいかな、心はそのように作られています。


 でも、自分と違う物を理解できるのもまた、人と妖の本質です。



 ちりんちりん。



「お、どうやら揃っておるな?」


「皆様いらっしゃいませ」



 外に出ていた吊り目がちな方の奥さん紅珠とクロの外回り組も戻ってきました。


 さあ、いよいよ楽しい宴の始まりで……。



 おや?



「む」


「うん?」



 紅珠と山路の二人の神様がぴくりと視線を宙に向けます。やがて山路は軽く舌打ちしました。



「ったく、いい時によう」


「おや、何かあったのかい、二人とも?」



 颯が尋ねると紅珠はやれやれと首をすくめます。



「物の怪どもが騒いでおる。強い悪意を持って山に入り込んだ輩がいるようじゃ。さてどのような奴らじゃろうな」



 紅珠が本体である鏡を壁に向けて構えました。


 『妖狐神通:後から録画鏡』。未来の不思議アイテムのような神通力のその実態は、その場に居合わせた物の怪達による過去の記録の再現です。


 鏡の力を借りて物の怪達がそこに映し出したのは、一台の車とそれに乗る三人の人物。



「お父さん!」


「こっ、こいつら!」



 その姿を見て、颯と凪紗が驚愕の声を上げました。

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