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斑木システム

 斑木(まだらぎ) 丹皇(におう)は老いても矍鑠(かくしゃく)、原縁市にある大きな屋敷に住んでいます。


 色々と黒い噂のある人物ですが財界、政界に太いつながりを持ち、警察もうかつには踏み込めません。


 さて、実のところはどうなのかと言いますと、噂どころか黒も黒。様々な邪悪な「システム」を開発しそこから生じる利益を吸い上げる、吸血鬼の如き悪党でございます。


 例えば「自己啓発セミナーシステム」。


 本当の自分探しなどという謳い文句で扱いやすい若者たちを釣りあげ、原縁市の外れの一画に集めて共同生活をさせます。清貧を掲げて金を吸い上げつつ、過激な思想と自分たちは特別と言う選民意識を持たせます。


 するとやがて彼らと地元民との間に軋轢が生じます。メディアとSNSを使ってあおれば対立は深まり、衝突は時間の問題。


 実際に被害者が出るまで長くはかかりませんし、出なければ出せばよいだけのこと。


 そうなれば被害者となった住民側も黙ってはいません。斑木のシステムはこの双方を叩き、双方をあおるのです。会議でも裁判でも金が動きます。いうまでもなく被害者支援団体もこのシステムに組み込まれています。


 人は争うようにできています。自分と違う物を憎むようにできています。効率的に争わせるためには、違うところを強調してやればいい。



 そして争いは金になるのです。



 先日も一部のセミナー参加者が暴走し山に住む猟師宅を襲撃したとか。人死には出なかったようで誠に残念なことです。非道な行いをしたセミナーを叩けばいくらでも金が入ったものを。


 別にセミナーがなくなることは損害ではありません。なくなれば少々名を変えた新しいセミナーを作ればいいだけのことです。


 それにしても襲撃があった後にわざわざ人を雇って件の猟師を谷に突き落としたというのに、たいした騒ぎにならなかったのは予想外でした。


 斑木と言えどままならないことはあります。やはり娘の方を狙うべきだったでしょうか。



 さてこの斑木老人、最近とある噂を耳にしました。


「縫霰の湖にはヌシがいる」


「ヌシを目当てに多くの人間が集まっている」


 噂を聞いた老人はふと、そのあたりにとあるシステム運用の為の「自分の持ち物」があったことを思い出しました。


 本来ならばとるに足りない、忘れて当然の記憶。システムは既にできているのですから思い出す必要はありません。


 夢を見る愚か者に土地や建物を売りつけて起業させ、借金を負わせてそのカタに土地と建物を回収する、名付けて「夢回収システム」。


 別に凝った名前はいりません。誰に伝えるシステム名でもありません。


 搾り取れるだけ搾り取ったらその後は、追いつめて追い詰めて、自らが自らの価値を認められなくなるまで追いつめて、別のシステム運用の為の(コマ)にしましょう。


 苦しみから逃れるためならば、人は何でもするものです。


 借金取りをやらせてもいいですし、回収するための夢を持つ者を探させるのもいいでしょう。


 窃盗に手を染させるという方法もあります。名付けて「果物窃盗システム」。


 人の心とは実に面白く、どんなに追いつめられても人様の家に強盗に入ることはできないという者でも、畑にある果物を盗むのなら抵抗は薄くなります。


 まあこの果物窃盗システムは先日どうしたわけか故障してしまいましたが。


 任せていた者は刑務所に入ってしまいましたので斑木も手が出せません。出てきたらしっかりと償いをさせる予定です。


 中にはシステムに組み込まれることに耐え切れずに自ら命を絶つ者もいますが、そういう相手には残る家族のことを仄めかしてやるのが有効です。


 大事なものを守るためならば、人は何でもするものです。


 さて斑木の老いてなお明晰になっていく脳の記憶によれば、ヌシが住むという縫霰山には夢回収システムの素材の中でも一番価値が低い、広いだけの古ぼけた家があったはず。


 情報が加われば素材の価値は変わります。あんなものでも手元に置いておいたのは正解でした。斑木としても自分の先見の明にただただ驚くばかりです。


 斑木とて流石にいくつもあるシステムの素材が現在どのようになっているのかまでは把握していません。そのような些事に自分が関わることは在りません。運営は下の人間の仕事です。



「ほう……」



 帳簿とネット情報を見比べていた老人が漏らしたのは年相応の穏やかな嘆息。しかしそれとは裏腹に、老人の目がぎらりぎらりと輝きだしました。


「夢回収システム」は、土地を売った相手が失敗することを前提に作られています。


 では仮に、土地と建物を売った相手が成功したならば?


 そんなことはまず起きません。成功を手にするものなど万に一人もおりません。


 しかし、もしもいたならば。



「こくり家」



 それがその、万に一つ以下の成功例でした。


 主が住まう湖のというすぐ近くという好立地。広い駐車場に大きな店舗。


 メニューも驚きです。湖の主に見立てたカレー。なんと素晴らしい発想でしょう。


 こくり家店主の幸運と才能に乾杯です。老人も歳不相応に興奮せざるを得ません。これが全部自分の物だとは。


 そう。この「こくり家」は斑木老人の物なのです。


 幸運に恵まれた「こくり家」なる店が、もし借金を返せたとしても一向に構いません。見せしめの為に下っ端どもには責任を取らせますが、回収の手段などいくらでもあります。


 そうそう、ちょうど都合の良いことに、あのあたりには「自己啓発セミナー」がありました。


 講師に少々過激な指導をしてもらえば、セミナー参加者は正義感を胸にこくり家へと向かってくれるでしょう。トラブルの後、セミナー参加者を装った雇われを送り込めばそれですべて解決です。


 なんなら店を乗っ取った後に、不慮の事故で亡くなったこくり家の店主の遺志を友が継いだ、なんてストーリーを加えてやるのもよいでしょう。死人に口なしとはよく言ったもの。人の心がすさんだこの時代になんとも心温まる物語。マスコミはさぞ喜ぶことでしょう。


 その後はヌシカレーとやらのカレーをレトルトに変えてしまえば原価はぐんと抑えられます。もちろん販売価格はそのままです。それ以外のメニューは、なくしてしまって構わないでしょう。寧ろある意味が分かりません。自動のドリンクバーでもあれば十分です。


 まあ、ヌシなどと言う存在も怪しいものに乗っかったブームなど持って数年と言ったところでしょうが、それも一向にかまいません。


 廃れた頃には夢と希望を持った、自分を特別だと思っている世間知らずに高値で売り払えばよいのです。


 奇跡はそう何度も起こるものではありません。世間知らずはきっと期待通りに失敗し、良い駒となってくれるでしょう。


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