夏休み!
いよいよ夏休みが始まりまして、こくり家は連日の大盛況でございます。
縫霰湖のヌシの人気もさることながら、こくり家自体の人気もうなぎ上り。少々辺鄙なところではありますが十分元は取れますので、それぞれのお目当ての為に連日多くのお客様がご来店されます。
ゆったりとした時間を楽しみたいのならカウンター席かその周辺のテーブル席がオススメです。店主が文字通りの手ずから作った居心地の良い空間で、美味しい料理を心行くまで堪能できるでしょう。
増設された一階のファミリー席は広々としており、お子様連れのお客様でも安心です。お食事の後は広い庭で駆け回って遊べば、自然と新しいお友達もできるでしょう。夏休みの良い思い出にもなりますし、諸々の理由により迷子の心配もありません。
二階テラス席からは縫霰川の清流やカンゾウ、ヤマユリ、ヒメジョオンといった夏の山花咲き誇る景色を一望でき、こちらも人気となっています。
ペット連れのお客様には裏の林の木々に少々退いていただいて作られたドッグランにつながるテラス席もご用意。季節折々の姿を見せるこくり家の広い庭とその周辺を散策できる散歩コースも……。
「ちょ、ちょっとアレクサンドル!? だめ、戻って! あああっ!」
おや、テラス席で何やら騒ぎが起こっているようです。
白い大型犬が一瞬の隙をついて飼い主さんの手を離れて走り出しました。向かうは散歩道を歩く別のお客様。怪我でもさせたら一大事と飼い主のお客様は顔を真っ青にして慌てます。
「こら。いけないよ」
走る白犬の前に忽然と、行く手を遮るように現れましたのはタキシード風の制服に身を包み、右手には銀のトレイに大きなパフェを三つも乗せたイケメン店員でございます。
白犬アレクサンドルは突如現れた店員に唸り声をあげて飛びつこうとして、ぴたりと慌てて止まりました。尻尾がだらりと垂れ下がり、目を合わせぬよう頭を下げます。相手はそうしなければならない存在でした。
「『お座り』」
「わん!」
「『伏せ』」
「わん!」
「『回れ』」
「わん!」
初めて出会う店員の命令に、むしろ安心したかのようにアレクサンドルは素早く従います。
「よし、いい子だ」
店員が声を掛けますと、アレクサンドルはわふわふと嬉しそうにしっぽを振って見せました。
「おいで」
くふんと短く鼻を鳴らしてアレクサンドルは歩き出したイケメン店員の後に大人しく従います。
「……あの……す、すみません、本当に……」
平謝りする飼い主さんに、イケメン店員はきらり⭐優しく微笑みます。
「いえ。彼もちょっとはしゃいじゃっただけです。いい子です」
ね、と声を掛けると白犬はそれに答えるようにわふうと小さく鳴きました。
「ちゃんとお母さんの言うことを聞くんだよ」
「わふう」
白犬と飼い主さんに再びきらり⭐と微笑んで、イケメン店員は目的の場所へと向かいます。
「桃のころりんパフェのお客様、大変お待たせいたしました」
一つ離れた隣の席に、ずっと持ったままだった大きなパフェが三つ、ことりことりと並べられます。
「どうぞごゆっくりお過ごしください」
店員が頭を下げますと、一部始終を見守っていたお客さん達からぱちぱちと拍手が贈られました。
さてこくり家には七十年の歴史を持つ地元の老舗和菓子店新井堂の「縫霰湖のヌシ饅頭」と「縫霰湖のヌシ餅」を目当ての方もいらしています。
こちら現在超品薄の人気商品。新井堂本店と此処こくり家でしか手に入らないとのことですから、流行に聡いインフルエンサーの方々が我先にとご来店。入荷できない日もございますので、ご予約はご容赦願います。
お食事をお召し上がりの方は駐車場に車を止めて裏の獣道から湖に行かれても構いません。お荷物のお預かりも致します。
ただし店舗ご利用でない方の無断駐車はお断り。ちゃあんと見張っていますからね。
駐車場での事故、及びボンネットおよび頭上への鳥の糞、野生動物とかによるひっかき傷やドアのへこみ、クワガタ虫とかによるタイヤのパンク、窓にべたべたと赤い手の跡等々々のトラブルは、当店では一切責任を負いかねます。
「責任は取れないってそんな馬鹿な話ないでしょ! 何で車止めておいただけでこんなことになるの? 駐車場の安全の管理もされてないってどういう店なの!」
「さあ当店ではなんとも。それより早々にその粗大ゴミをどかしていただけますか? 大変迷惑でございますので」
「ア、アナタ客に対して何なのその口の利き方!」
「そういわれましても。そもそも貴方、当店のお客様ではございませんわよね?」
「それはっ! これから寄ろうとしていて!」
「いや貴様これで三度目じゃろ。警察にも連絡済みじゃ。後から録画鏡の映像、見てみるかの?」
「なっ、警察って! アナタたち失礼でしょう。休みの日にこんな山奥までせっかくわざわざ来たのに酷くないですか」
「ふむ、では失礼で酷いということで。そんなことより良いのかの。今度は車に蜂が巣をつくり始めた様じゃが」
「っ!? キャアアアアアア!」
人が増えれば困った人も増えます。
そういえば先日は夜分遅くに「駐車場に捨てていったゴミが車の中に詰め込まれていた。これはどういうことだ」という苦情の電話がかかってきました。
電話に出た店主兵太郎にはさっぱりわからなかったので、さあさっぱりわかりませんと答えました。そもそも駐車場にゴミを捨てていかれては困ります。
「貴様じゃ話にならん、店長を出せ!」
「はあ、店長は僕ですが」
電話の相手は自分がどれだけ不当な扱いを受けたのか、同じ内容の主張を何度も何度も繰り返します。でも同じことを聞かれても同じことを返すしかありません。
「はあ、さっぱりわかりません」
兵太郎はちゃんと答えたのに、電話はもう二度と行くかと捨て台詞を残して切れてしまいました。
自分はゆく先々で歓迎されもてなされるべき。自分を失うことはお店にとって多大な損失。そう考える人もいるようです。恥を知らないということは、恥をかくよりよほど恐ろしいことです。
とはいえそんな輩はほんの一部。さらりとあしらってしまうのがよいでしょう。
大多数のお客様のあたたかな笑顔に支えられ、こくり家は連日の大盛況。
夏休みはまだ始まったばかりでございます。