シュレディンガー・シロップ
さて、少々時は巻き戻りまして、反田果樹園でたくさん桃を貰って来た日の夜のお話でございます。
「ではここでお便りの紹介なのじゃ」
「えっ、突然なに? どうしたの?」
「最初のお便りはNN浅き者共の長さんからでございます」
「誰っ!?」
「『こくり家の皆さんこんにちは』 はいこんにちは。『いつも楽しく拝見しております』いつも ありがとうございます。『ところで前回のお話で、兵太郎がころりんちゃんの着替に同席しています。両親も入れないというのに。これは浮気ではないでしょうか』」
「ふむ、なるほどじゃ」
「えっ、何の話?」
「『それに兵太郎が桃にシロップを塗る描写がいやらしいと思います。奥さんたちはどうお考えなのでしょうか。しっかり兵太郎を教育して欲しいです』、とのことでございます」
「ううむ、確かにのう」
「僕パフェ作ってただけなんだけど?」
「お前様、儂らとしてはお前様を責めるつもりなど一切ないのじゃ。しかしお便りは大事にせねばならんからのう」
「ねえ、おそもそも便りって何なの? NNってなんなの?」
「NN浅き者共の長さん、ありがとうございます。おっしゃることごもっとも。我々としましてもこういったことは夫婦ですべきであろうという認識でございます」
「なんか返事おかしくない? 浅き者共の長さんは一体何を求めているの? っていうか二人とも何処見てるの? そっちに誰かいるの?」
兵太郎はきょろきょろとあたりを見回し、次いで奥さんたちが頭を下げる方向を目を細めて一生懸命見てみましたが、姿なき物の怪の声を聞き届けた兵太郎にも一向に何も見えません。
「もう一通紹介致しますわね。NN虹色のたこ焼きさんからのお便りでございます。『いつもオチで三人で寝室に入るのはクロちゃんが可哀そうだと思います。たまには一緒に連れて行ってあげて下さい』」
「NN虹色のたこ焼きさん、ありがとうございます。でも僕は兵太郎の家来ですから、そのようなお気遣いは無用です」
「あ、クロちゃんも普通にお便りに答えちゃうんだ?」
「NN虹色のたこ焼き殿、これは仲間外れとかそういうのじゃないのじゃ。それに儂としてはむしろ同性だというだけで毎日兵太郎と風呂に入っとるクロの方がズルイと思うのじゃ」
「全然ズルくないよ? 普通だよ?」
「まあまあ、ここはゆるくしておいた方が後々好都合ですわよ。それにクロも頑張っておりますし、偶にはよいではないですか」
「むう。お便りは無下にはできぬか。しかたない今回だけじゃぞ?」
「ほ、本当でございますか紅様、藤様!」
「紅さんって頑固そうに見えて結構押しに弱いよね⁉」
「ではそういうわけでそろそろ行きましょうか」
「あ〜〜れ〜〜〜」
ずりずりずり。
例によって例の如く、兵太郎が引きずられていきます。オチの踏襲は大切です。
奥様達にがっちりホールドされて寝室へと連れ込まれる兵太郎に、家来のクロがるんたったと恭しく続きます。
ずりずりずり。
「ねえ、結局何でこうなったんだっけ?」
「お前様、桃太郎の話を知っておるかの?」
「うん。桃から生まれた男の子が鬼退治をする話でしょう?」
ずりずりと兵太郎を引きずりながらの紅珠の質問に、ずりずりと引きずられながら兵太郎が答えます。
「うむ。じゃが元ネタでは桃太郎は桃から生まれたのではなく、桃の実を食べて若返った老夫婦の間にできた子供なのじゃ」
「へえー、そうなんだ。なるほどね」
それで合点がいきました。そういうことならたくさん桃を食べた後にこのような事態になるのも仕方ありません。
ずりずりずり。
こうして兵太郎を中心とした一行は寝室へとやってまいりました。
「紅さん紅さん、どうしてシロップを持ってるの?」
「うむ。これはこうやってとろーっとかけるのじゃ」
「藤さん藤さん、どうしてジャムまで持ってきたの?」
「大丈夫ですよ兵太郎。ちゃんとアイスティーも持ってきましたから」
「な、なななんとこのような! これは夢ではないのですね。紅様、藤様、ありがとうございます!」
「クロちゃんクロちゃん、一体何を言っているの?」
「しかし本当に良いのでしょうか。作品情報にそういう要素とか入れてませんが……」
「作品情報? 要素?」
「なに外からは見えんから大丈夫じゃ。寝室は聖域じゃからの。見えぬ以上、要素が入ってるとか入ってないとか断定することはできぬ。どれも個人の想像に過ぎぬのじゃ」
「そんな木霊みたいな」
「ええ、ええ。音の方も完全に……。あらあら大変大変。扉が少々開いておりましたわ」
がちゃん、と音を立てて聖域の扉が閉まりますと辺りは静寂に包まれました。
こうなっては中の様子を伺い知ることはできません。
直前の会話から察するに、きっと四人で仲良くシロップやジャムをつけたパンとか何かとかを食べているのだと思われます。
めでたしめでたし。




