『桃のころりんパフェ』
とんとんからり、とんからり。
親孝行な娘のために、魔法使いが不思議な呪文を唱えます。
するりするりと湯剥きで皮を剥き、スプーンで種をくり抜いた桃の中でも特に形の良いものを人数分選んで避けておきます。残った桃の半分はカット、残りはすりこ木でつぶして荒めのピューレを作ります。
驚くばかりの早業で自らの姿が変わっていくのを、たんたんころりんはただ唖然と見守るばかり。
続いて兵太郎が手袋をはめた手で冷凍庫から取り出したのは大きくて分厚い臼のような形の石でできた器。
実はなんとこちら、こくり家の裏で兵太郎が拾って来た天然石を丹念に磨いてつるつるぴかに仕上げたもの。
要はただのデカい石。
しかし同時にデザート作りの為の兵太郎の秘密兵器でございます。
つぶした桃とヨーグルト、こくり家蜂蜜、色変防止のレモン汁少々を混ぜあわせ、冷凍庫でガッチガチに冷えたこの石の器に流し入れるとアラ不思議。
分厚い器に蓄えられた冷気で瞬時に固まり、あっと言う間に桃のシャーベットが出来上がりました。
ぺろりとお味見、うんおいしい。
にへらと笑う魔法使いのその仕草に、たんたんころりんは思わず顔を赤らめます。
コーンフレーク、おっかあの桃ジャムと和えた角切り桃、桃とヨーグルトのシャーベット、カット桃、生クリーム。
口の広いパフェグラスに美しく重ねた層の一番上には桃が一個、丸ごところりん。
さて湯剥きですべすべ桃の如きお肌はすっぴんでも大変魅力的ですが、ドレスに合わせるならやはりお化粧も大切です。
使いますのはおっかあのジャムにお水とお砂糖、アルコールを飛ばした白ワインを少々加えて軽く煮詰めた、香り高いほんのりと桃色のシロップ。
刷毛で丁寧に塗れば、白いお肌がうっすらと桃色に色づいて、桃よりも桃な桃に成りました。
おっと、アクセサリーも忘れてはいけません。
ミントの葉、市販のプレッツェルスティック、おやつ用のガトーショコラを小さく切って添えたら完璧なるデザートの完成です。
「これが、私……?」
なんてなんて、美しい。
雑誌で見たどの女の子達よりも、今の私が一番綺麗。たんたんころりんは桃の精。自覚すればその在りようも変わります。あと一人称も変わります。当然です。
美に憧れた幼い少女はもういません。
そこにいるのはドレスを纏った美しい姫君でございました。
「わあ、たんたんころりんさん綺麗になったねえ」
振り返った魔法使いがにへらにへらと笑います。
「早速お父さんとお母さんに見て貰わなくっちゃ」
******
タキシード服のクロ本体にエスコートされて、衝立の向こうから桃のお姫様が登場です。尚この世界には乱暴者の河童大王はおりませんのでご安心を。
「……へっ?」
「あれまあ、かあちゃんの若い頃にそっくりだ」
「ちょっとやだよお父さん」
お母様は目をぱちくり。お父様は鼻の下びろーん。本日突然娘が出来た上、この一瞬で成長してドレスを着て現れたのですから当然の反応です。
「まあまあ。すっかり綺麗になりまして」
「うむ。子供の成長と言うのは早いものじゃの」
早いってレベルじゃありません。まさに一炊の夢の如しです。
口々に賞賛されて恥ずかし気に頬を赤らめる姫の後ろ、続いて現れますのは銀のお盆にパフェを乗せた分身クロ達。姿は子供で表情も乏しくはありますが、仕事はしっかりこなします。
「こちら『桃のころりんパフェ』でございます」
「これがうちの桃?」
「またエレガントんなって」
運ばれてきたパフェにも目をぱちくり、鼻の下びろーん。
娘を見た時と同じ反応をしてしまう反田夫婦。まあ実質同じモノですから当然かもしれません。
「綺麗じゃのう、美しいのう。流石は旦那様じゃ」
「ううん良い香り。あらあら、シャーベットが入っておりますのね。溶けてしまってはもったいないですわ」
お姫様のドレス姿も気になるところですがパフェも頂ないといけません。大丈夫、どちらも同じモノですから姫への不敬にはあたりません。
しかしこの美しいデザート、何処から食べようか何を最後に残そうか。なんとも迷ってしまいます。
てっぺんに飾られた桃は見た目はまるまる一個の状態ですが、フォークでつつくと実は食べやすく四つに割られていました。ぱっと見には切れ目がわからないのは兵太郎の包丁さばきによるものです。その技まさに天才と紙一重。
桃よりも桃の香り豊かな桃と甘さ控えめ生クリームのコンビはなんといってもこのパフェの醍醐味でしょう。
次に現れるのは桃とヨーグルトのシャーベット。酸味と冷たさが夏の暑さを退けてさらにスプーンを進ませます。
底から出てくるジャムのひときわ強い甘みとコーンフレークのザクザクした食感が、大きなパフェであっても一切飽きを感じさせません。
「ちっちゃいチョコレートのケーキもついてます! 嬉しいです!」
「プレッツエルの塩気も良いのう」
お飲み物はジャムを少し溶かして香りを付けたアイスティーをどうぞ。ガムシロップはお好みで。
果物、アイス、クリーム、ケーキ等々々。いっぺんに全部楽しめる、まさにパフェの名にふさわしいこくり家夏のスペシャルデザート、
『桃のころりんパフェ』
甘いのが苦手という男性諸君も是非一度ご賞味あれ。




