水曜日は市場へ
ぷすんぽすん、ぷすんぽすん。
今日はこくり家休業日。一人と三匹こくり家一同がおんぼろ車でやってきたのはお肉や畜産加工品と野菜や青果を扱う大きな市場です。
いつもは近場の大型スーパーで仕入れを行っていた兵太郎ですが、鼬の伊達さんからこの市場の一部区画は買参者証を持っていなくても入れるというお話を聞きまして、はるばる隣町までやってまいりました。伊達さんのおすすめとあれば期待も高まるというものです。
兵太郎が入れる一般開放エリアがオープンするのは朝七時。お昼前にはほとんどのお店が閉まってしまいますから、移動時間を考えますと毎日来るというわけにはいきません。いつ行ってもお買い物ができる大型スーパーさんには感謝です。
今日は様子見もかねてのお買い物。お目当てはデザートに使う果物です。
「さあ見てってね。甘いよ。甘いよ」
「普通は糖度18もあったらおいしいの。それが20超えてんだからすごいよ。ほらちょっと食べて見て」
林檎、葡萄、スイカにメロン。
店先には木箱や発泡スチロールが高く積まれ、その上に果物たちが豪快に、かつ丁寧並べられています。
あちこちから漂う甘い香りにお供のクロは目をきょろきょろ。
「兵太郎、兵太郎、どれにするのですか?」
「ううん、どうしようかあ。迷っちゃうねえ」
こんなにおいしそうな果物を目の並べられては仕方ありません。主の兵太郎だってえへらえへらと目移りしてしまいます。
「箱買い? すぐ食べる? だったらこっちだ」
「おうお姉ちゃん詳しいね。俺より知ってんじゃない?」
「表面に白い粉みたいなのみえるでしょ。これがいい葡萄だから」
自信があるから勧められる。全部おいしいから見分け方だって教えられる。市場のおじちゃん達が扱う果物はもちろんしゃべったり動いたりはしませんが、それでもこくり家農場の野菜たちが自分の姿をアピールしているのを思い出させます。
「朝も早いのに賑やかですわねえ」
「うむ。活気があっていいのう」
いつもはお留守番の奥様二人も一緒です。兵太郎の不思議ご飯を毎日三食食べ続け、さらに一部ネットで神としての崇拝も集めたこともありかなりの力を取り戻しています。
加えて様々な手段を試行錯誤した結果、なんと制限付きながら長距離移動が可能になりました。
その印として本体が家の方の奥様の豊かな胸元には古めかしい大きな鍵が吊るされています。
Ver5.3まで開発していたバックパック型妖電池から考え方を一新。妖力で作った鍵を家の核に見立てて縁とし、こくり家本体との無線接続を可能にしました。これでバッテリーの重量と容量の問題を一気に解決。こくり家内部と同様とまではいきませんが、妖術だって使えます。
一方本体が鏡の方の奥さんはこれとは全く逆の発想です。
普段は懐に大事にしまってある本体の鏡をこくり家の自室にある祠に祭ることで自身を端末と見做し、山の神としての役目をオンラインにて果たしながらの外出を可能としたのです。
どちらも並の妖怪が取れる手段ではありません。割とむちゃくちゃな、文字通りの離れ業です。
結果として二人がこくり家や縫霰山を離れて扱える妖力はかなり制限されています。しかしそれでも妖力カウンターで測ればクロよりはるかに高い数値を示していますから驚きです。完全な状態だったらカウンターが「ボンッ!」ってなるかもしれません。
さてこくり家一行、色とりどりの果物に目移りしながらもとりあえず一回りしようと奥へと進もうとして。
「ん? なあに?」
一行唯一の人間兵太郎が、急にぴくんと頭を揚げました。
「どうしたのじゃお前様?」
「わかんない。なんだろうねえ?」
いぶかる鏡の方の奥様に要領を得ない答えを返しながら、兵太郎は元来た道を逆戻り。
「兵太郎、兵太郎、そっちはお店ではありません!」
「うん~」
呼び止めるクロに生返事を返しつつも、明後日の方向にふらふら歩いて行ってしまいます。
市場というものは基本売り切れ御免。ぼやぼやしていては商品がなくなってしまいます。せっかくお休みの日に早起きして出てきたというのに、一体何を考えているのでしょう? 全く困った旦那様です。
「あらあら。今度は何を見つけたのでしょうね」
「やれやれじゃ。こうなってはついていくしかあるまいの」
「はい! お供します!」
奥さんたちと家来は形ばかりのあきれ顔を見合わせた後、くすくすと笑いながら兵太郎の後を追いかけるのでした。




