忙しい週末を終えて
昨日に続いて忙しかった日曜日、夕方の五時を持ちまして、こくり家は閉店と相成ります。
「みんなお疲れさま。ありがとうねえ」
「兵太郎もお疲れ様です」
「お客様いっぱいでした! 嬉しいです!」
「うむ、ありがたいことじゃ」
大変忙しい週末でした。四人とも良く頑張りました。
「凄いです。今日もケーキ全部売り切れました!」
いつもは一種類を一個だけ焼いて残ったのを閉店後のおやつに頂いていましたが、今日は木苺ショートケーキ、木苺タルト、木苺チョコレートケーキの三種類をご用意。それでも全部売り切れました。もう一つ焼いてもよかったくらい。
全部売り切れたことはめでたいことですし、クロだってそれはちゃんとわかります。クロは良い家来ですからちょっぴり残念でもちゃんと我慢します。
「大丈夫、みんなの分は取ってあるよ。今お茶を入れるからね」
「ほんとですかっ。やったー! ありがとうございます兵太郎!」
昨日も売り切れてしまいましたので念のため、兵太郎はそれぞれのお気に入りを一個ずつちゃあんと確保しておきました。頑張ったみんなへのご褒美です。
疲れた時には甘いものが一番。さっそくみんなでいただきましょう。
「鹿は人気があるのう。安定してお出しできるのはありがたいことじゃ」
「そうだねえ。翠川さんには何かお礼しないとねえ」
鹿のプレートのランチもあるのですが鹿は珍しい物ですしそれなりに値が張りますので単品で頼んでシェアするお客様が多いのです。加えてそれぞれランチメニューを頼んで頂けますから、こくり家としては大歓迎。諸々の理由により鹿肉の仕入れ値がかなり安いのもポイントです。
「ヌシカレーも良く出ましたわね」
「凄かったねえ。チキンも猪も全部なくなっちゃったよ」
「くくっ、ぬっしーか。あやつが名前を得るとはのう」
「いっぱい人が来てるみたいだねえ。大丈夫かな? ヌシさん捕まったりしない?」
「そこは心配ないじゃろ。あやつもそこそこ長く生きとるし、名を持って力も付けたからの」
ネットで話題になったヌシ目当てに連日多くの人が訪れます。中には本格的な撮影機械を持ち込む者もいます。
しかし噂が強まるほどうらはらに、人が増えるほどあべこべに、ぬっしーの撮影は難しくなります。特定されない、結局何かわからない。それが力あるUMA型妖怪というものです。
「ヌシさんにもお礼しないとねえ。今度カレー持って行こうかあ」
「お前様、それはもうしばらく待った方が良いのじゃ」
いくら強い力を持つUMAでも兵太郎のカレーはまた特別です。我を忘れて出てきてしまいかねません。少々かわいそうですが、ブームが収まるまでは訪問を控えた方が良いでしょう。
「そうそう、藤さんのレザークラフトも凄かったよねえ」
「うふふ。それほどでもありますのよ」
「いやアレ、凄いじゃ済まんじゃろ。もう色々おかしいじゃろ」
今日はのお子様イベントは翠川家から仕入れた鹿の皮を使ったレザークラフト。優しい藤葛先生はお子様にはもちろん、お父さんにも人気です。一人で子供の面倒を見るのだってやぶさかではありません。今日は僕に任せて。君は家でゆっくりしてくれていていいよ。
イベント自体は革を好きな形に切り抜いて革用接着剤で張り付けてストラップやキーホルダーを作る簡単なものです。それは別に良いのです。
紅珠が納得がいかないのは準備の際に藤葛が使った道具。中でもとりわけ「革用包丁」のことです。
家そのものに化けている藤葛ですから、妖力で革用の焼き印を作るくらいはまあわかります。いつの間にか作られていた狸型配膳ロボットもギリギリですが納得できます。
しかし刃物は別です。
切る/斬ることを目的にした鋼やそれに類する金属でできた道具、つまり「刃物」は妖怪には扱えません。
クロだってナイフを飴のようにひん曲げることはできてもそれを道具として扱うことはできません。ちなみに銃も然りです。「颯の娘」である凪紗にも銃は扱えません。
「そうはいっても私の妖力で作り出したものですし」
「妖力で刃物作る時点で大分おかしいのじゃが。マジでどうなっとるんじゃ?」
鎌鼬の「妖気の刃」とはわけが違います。 山姥の出刃包丁やヤンデレの三角ナイフのような自身の一部としての限定された物ならばともかく、扱えないものを妖力で作れるはずはありません。
名持ちのヤンデレの中にはコンパス、のこぎり、裁ちばさみ、金属バット、鉛筆などの恐ろしい刃物を扱うモノもいるそうですがそれはあくまで例外中の例外です。
大妖怪とは言え元が妖狸の藤葛です。革用の包丁とか作るのも扱うのも常軌を逸しています。名持ちのヤンデレにも匹敵します。
「あまり並べられたくないのですが。それに人間の姿をとっているわけですから扱えて当然では?」
「何じゃそのイカれた理論は」
藤葛の主張に紅珠は狐をつまんだような顔をしました。
「それに一番すごいのは兵太郎でしてよ」
「まあそれはその通りじゃの」
「はい! 兵太郎は凄いです!」
「あはは。ありがと」
奥さん達やクロに褒められれば兵太郎だってえへらえへらとにやけてしまいます。お世辞でもうれしいなあと等と思っておりますが、その実決してお世辞ではありません。
こくり家で供されるメニューの調理は全て兵太郎が一人で行っています。有能な三匹の妖怪たちもこればっかりは手を出せません。
大人気のヌシカレーにしたところで、確かに単価が高く利益が取れる商品ではありますが、手間は普通のカレーに比べて格段に跳ね上がります。キャラクター商品は見た目が肝心。お客様をがっかりさせてはいけません。
盛り付けなどはやなりエリートが手伝ってくれるので大変助かっておりますが、それを踏まえても並大抵のことではありません。まさに天才と紙一重の所業。兵太郎あってこそのこくり家です。
「ねえ、もしもずっとこんな日が続いたら借金も返せちゃうのかな?」
「何を言っておるのじゃお前様」
「おほほ。おかしなことを言いますのね、兵太郎」
それはそれは美しい、奥様たちが愉快そうに笑います。
「もしもも何も、来週の末からはこんな日が続くのじゃぞ」
「いよいよ本格的に忙しくなります。お買い物も大変ですがよろしくお願いしますわね。クロ、しっかり兵太郎を守るのですよ」
「はい! お任せください」
盛り上がる妖怪たちですが人間兵太郎は首をかしげます。
「あれ? 今日忙しかったのは日曜日だからじゃないの?」
平日は学校やお仕事があります。いくらヌシが有名になったとはいえサボって見に行くというわけにもいかないような。
「兵太郎、兵太郎、来週末からは八月がはじまります」
クロに言われて兵太郎もやっと気が付きます。そしてえへらと嬉しそうに笑いました。
「そっかあ。それは頑張らないとねえ」
八月。それは若者たちが最も自由を満喫する季節。
そう。夏休みの始まりです。




