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株式会社 新井堂本舗

 目的のヌシには出会えずじまいではありましたが、帰りの道すがら立ち寄った喫茶店で恒明社長は運命の出会いを果たします。


 シンプルでなのに生きているような躍動感と人の目を引き付けて離さない不思議な魅力を併せ持つ、木で彫られた湖のヌシ像です。



「というわけでして、この木彫りぬっしーを元にした商品を扱わせていただきたいというお願いでして」


 店主を挟んで座る二人の奥さんに、向かいの席から恒明がテーブル越しに丁寧に頭を下げます。それも無理もありません。


 小さな目に大きな口。アザラシとオオサンショウウオを足して二で割ったような、ぬべっとした愛嬌のある顔立ち。店主が作ったというヌシ像はキャラクター商品として強い魅力と話題性を併せ持っています。



「具体的にはどのような商品になるのでしょう?」


「日持ちする土産物としては饅頭に可食フィルムを張り付けまして、ぬっしー饅頭を。この写真、うちの「はらぺこ饅頭」というのですが」


「ほほう見事な。当世では饅頭も鮮やかになったものじゃのう」


「聞けば実際のぬっしーは求肥のような質感をもっているというお話ですから、餡を求肥で包んで成形したものを『ぬっしー餅』として売り出せるかと」


「まあまあ。それも可愛らしいですわね。良いお話ではありませんか? デザインを提供する兵太郎にもロイヤリティーとして還元していただけるのでしょう?」


「はい。それはもちろん」


「うむ。となると販売の開始はいつ頃になるのじゃろうな。是非当店でも扱わせて頂きたいのじゃ」


「それも問題ありません。元々のラインがありますから製造自体はすぐにでも。パッケージイラストの作成や印刷の方が時間が掛かりますね」


「ふむ。しかし『ぬっしー餅』は避けた方がよいと思うのじゃが。ネットで付けられた名を商品名にすると祟りがあるのじゃ」


「……なるほど、おっしゃる通り。例には事欠きませんな」


「『縫霰湖のぬし餅』なら問題ないのではないかと」


「そこに噂の縫霰湖の主「ぬっしー」をお餅にしました、というような宣伝文言を付けるのは問題なさそうですかね?」



 二人の奥さんはこの手の話に詳しいようで、しかも美人で聞き上手なものですから、恒明もついつい込み入ったところまで内情を伝えてしまいます。


 一方さっぱりついていけない店主兵太郎はお客様と奥さん達の難しいお話をにへらぼへーっと聞き流しております。


 わかんなくてもいいのです。奥さんたちに任せておけば安心です。



「ところで新井社長。当店のロイヤリティーですが、このくらいで如何でしょう? あと商品の在庫は当面は是非優先的に当店に回していただいて」


「えっコレ……。あ、ああ~。この場で私一人でお答えするのはホラその。つきましては一度社に戻りましてからお答えさせて頂きたく」


「まあまあ。ごもっともですわね。これは失礼を」


「いえいえそんなとんでもない」


「うむ、いたしかたないの。ところで社長殿はヤマドリタケが随分お好きな様じゃな?」


「ええ、そうなんです! いやあおいしかったですねえ。ああ、まだ香りが残ってる」


「まあまあそれは幸運でしたわね。当店でもなかなか手に入れるのが難しく……。ああ、そういえば兵太郎。残ったヤマドリタケはたしか二階で天日干しにしているのでしたわね?」


「えっ」


「うん。藤さんが作ってくれた棚で干してるよ。生もセミドライもいいけど天日でしっかり干したのもおいしいよね。楽しみだねえ」


「天日干しっ? それもメニューに出すんですか? いつですっ?」


「ううん、どうだろう。一週間くらいだと思うけど天気にもよるからわかんないです」


「うう、それは確かに」


「天気はどうにならんからの。しかし出せばきっとその日中には無くなってしまうじゃろうなあ。なにせ貴重な品じゃ。となれば世話になっている方々には連絡せんとじゃな。のう社長殿」


「えっ、それはどういう……?」


「ええ、ええ。当店も色々と物入りでして。良いお話をお持ちいただける方にはぜひ優先的にご連絡差し上げたいものですわ。ねえ社長さん」


「…………くっ。善処します」




 ******




 ぐつぐつと煮えたぎる小豆の大釡。


 熟練の職人さんが求肥の打ち子をぱんぱんと払い、冷まして丸めたあんこの玉をくるり優しく包みます。


 隣のラインではコンベア式のスチーマーががたんごとごととお饅頭を蒸しあげています。



 ぐつぐつ、ぱんぱん、ごとごとごと。



 様々な音を響かせて、新井堂本舗の和菓子工場は今日も元気に稼働しています。


 対外向けに作られた「新井堂本舗の歴史」によれば、今はすっかり建て替えられて最新の設備を備えるこの工場、元は先々代が古い屋敷を買い取った物であったとなっています。その屋敷で作られた牡丹餅が新井堂の最初の商品だったのだ、とそのように記されています。


 同「歴史」によれば先々代が男手一つで育てた息子が成長し、先代の社長となったのだとなっています。


 しかし三代目であり現社長である恒明はこの自社の歴史を目にするたびになんとも不思議な気持ちになるのです。


「新井堂本舗の歴史」によれば、父には母がいませんでした。


 であれば当然自分には父方の祖母はいないはずです。


 では幼い自分に時折牡丹餅を、それもお店の贈答用の品と同じくらいに立派な牡丹餅をくれたあの人は誰なのでしょう?


 有能な父も偉大な祖父も敵わない、綺麗で優しいあの人は一体誰だったのでしょう?


 祖父はもちろん父も他界してしまった今となっては誰に確認することもできません。



 ぐつぐつぐつ、ぱんぱんぱん、


 がたんがたん、ごとごとごと。



 三代目社長の活躍により新商品の開発も決まり、先行き明るい新井堂本舗の工場は今日も元気に稼働しています。



 ぐつぐつぐつ、ぱんぱんぱん、


 がたん、ごとごと、


 しょきしょきしょき。


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