王様キノコ
こくり家を訪れるお客様もだんだんと多くなってきました。最近では平日でも昼時には数組のお客様が兵太郎の料理に舌鼓を打っていますから次の土日が楽しみです。
ぬっしーと名をつけられた湖のヌシの影響もさることながら、兵太郎のご飯に魅せられて何度も足を運んでくれるお客様もおりまして大変ありがたいことです。
そんなわけで今日もこくり家のご飯を楽しみにやってくるお客様の為に、兵太郎と紅珠は店の裏にあるこくり家農園へとやってまいりました。
「では本日のおすすめの食材選定の儀を執り行う。我と思わんものは前に出るのじゃ」
朝も早い中、狐の方の奥さんの号令の下トマト、キュウリ、ナス、オクラといった夏野菜たちの代表が胸を張って並びます。
勿論サラダやピクルスだって大事なメニューです。おろそかになんかできません。それでも本日のおすすめの食材に選ばれるというのはやはり名誉なこと。それぞれの種の命運は紅珠の前に整列する代表に委ねられています。
ちなみに本日のおすすめには既に「縫霰山で捕れた鹿のロースト」が一品決定しております。
昨夜賄いでいただきましたがあのしっとりとした食感。美しいローズ色のお肉に木苺のソース。おっと、思い出してもよだれが出てくるでアリマス。
鹿肉のローストは単品での注文も可能です。グランドメニューに加えてもう一品注文していただこうという狙いです。お連れの方とのシェアもおススメでアリマス。
「わあ、みんなおいしそうだねえ」
えへらと笑う兵太郎に、並んだ野菜たちはそれぞれに一番おいしそうなところを見せてアピールします。
今日のおすすめ食材選定の儀にはこくり家農園の野菜以外に、噂を聞いてやってきた縫霰山の夏キノコたちも参戦しているようです。
採用されれば山の神の御眼鏡にかなうわけですからキノコたちも必死です。
儀に漏れてもサラダやグランドメニューとしての道が残されるこくり家農園の野菜たちとは違い、野生キノコは本日のおすすめの一本勝負。負ければすごすごと住処に帰るしかありません。
それに小さい頃から選定の儀を見て育ってきたこくり家野菜とは違って多くのキノコは儀に慣れていません。アピールの勝手がわからず不利な条件での戦いとなります。
それでも一族代表としての責務を果たさんと奮闘するキノコたちの中に、兵太郎は太くて短めのずんぐりむっくりしたキノコを発見しました。
「あれ、君は……?」
そのキノコはとりたてて騒ぐでもなく、自分が選ばれることを初めからわかっているように、ただ堂々静かにそこに在りました。
その風格はまるで王様のようです。
スーパーなどではあまり見かけないキノコですが、兵太郎はそのキノコを良く知っていました。兵太郎の料理の先生が大好きだったからです。
「良く見せてもらってもいいかな?」
他の野菜やキノコたちの嫉妬と羨望の中、ずんぐりキノコは静かに前に進み出て、ぴょんと兵太郎の手の中に納まりました。ずしりとした重みに期待が高まります。
「すごい。虫も食ってないし水も吸ってない。こんな状態がいいの初めて見たかも」
兵太郎は感心しながらしげしげとずんぐりキノコの代表を見分します。鼻を近づけるとナッツのような濃厚な香りが漂ってきました。思わずにへらと笑みがこぼれます。
「じゃあ今日は君にお願いしようか。よろしくね、ヤマドリタケくん」




