第100話 メンツの問題
「あのイケメン、顔がいいからって調子に乗りやがって!」
ぶおんぼんぼん、ぶおんぼんぼんといら立ちを改造バイクのふかし音へと変えながらタンクトップ一味はこくり家を後にします。
敗走ではありません。高度に戦略的な一時撤退です。
ここまで恥をかかされて黙っているわけにはいきません。あいつは実力もないくせになにかずるい手段をつかったに違いないのです。
大体こっちはナイフや木刀を持ち出しているというのにビビらないなんてその時点で反則です。
今度は正々堂々ボコボコにしてやりましょう。学校中に声をかけ、他校からも有志をつのりましょう。カネオの力を使えば簡単です。
あの生意気でこすずるいイケメンにしっかりわからせてやらなくては。
これはメンツの問題です。
ぶおんぼんぼんとバイクを走らせていると、前方の道の真ん中、二つの人影が見えました。
街中では見ない変わった和風の服を着た無精ひげの老人と、となりにぴとり寄り添う緑色の着物を纏う女性です。
憂さ晴らしにはちょうどいい。タンクトップはぶおんとアクセルを踏みました。大きな音に慌てた老人が情けなく逃げ出す所笑ってやりましょう。隣の女にも見せつけてやるのです。
ぶおんぼんぼん、ぶおんぼんぼん。山の中に大きな音が響きます。
アクセル音にビビって逃げ出すはずの老人はしかし、道の真ん中に腕組みで仁王立ちしたまま動こうとしません。ぱらぱらとクラクションで威嚇しても泰然としてたたずんでいます。
「縫霰峠の道祖神、山路が言う。『止まれ』だ」
老人の発したその声は、アクセル音にもクラクションにもかき消されることなく朗々と縫霰の山に響き渡りました。
「あ?」
するとどうでしょう。
バイクが勝手にとろとろと速度を緩めていきます。やがて老人の手前で完全に安全停止しました。アクセルをふかしてもエンジンをかけてもうんもすんとも言いません。
「このジジイ、何しやがった!」
「主人は選べない、か。気の毒なものだな」
タンクトップの大声には取り合わず、老人は違法改造によって機能美をはく奪されたバイク達を気の毒そうに見やります。
「お前ら、バイクはここに置いていけ。あとで誰かに取りに来させな。そして二度とこの山に近づくな。お前らがどうなろうと知ったこっちゃないが、ここで事故を起こされるのは気分が良くねえ」
それは老人の心からの忠告でしたが、人の話を聞くという習慣を持たないタンクトップには通じません。わかるのはただ相手が気に食わないことを言っているということだけです。
「クソジジイ、女の前だからってチョーシに乗ってんじゃねえぞ!」
こうも大声を上げて威嚇しているというのに、老人は一向に委縮する様子を見せません。それどころかあろうことか三人に向かって深々とため息を吐きました。
「お前らは山の神に直接無礼を働いたんだ。俺は勿論、紅珠にだってもう止めらんねえよ」
「何わけわかんねこと言ってやがる!」
隣の女がくいくいと老人の服を引っ張ります。老人はそれに軽く頷いて。
「忠告はしたぞ」
そして忽然と、二人は姿を消しました。巨大な岩とそれに寄り添う若木があるばかり。
「な、き、消えた!?」
「び、ビビってんじゃねえ! なんかのトリックだ!」
人が消えるわけはありません。タンクトップにはわかります。さっきのイケメン野郎と一緒です。何かタネがあるのです。
その証拠にキーをひねるとエンジンはすぐにかかりました。
「ほら見ろ、タネがわかってしまえば何も怖くねえ!」
「なるほどトリックだったのか!」
「全くその通りですタンクトップさん!」
忠告も聞かず、再び動くようになったバイクでぼんぼぼんと山を下りるタンクトップ達を、大岩と若木が見送ります。
やれやれ。彼ら無事に町までたどり着けるでしょうか。
見える人には見えるでしょう。三人の後ろに夥しい数の物の怪が続いているのを。
紅珠を神と仰ぐ物の怪達が、彼らを無事に帰すわけがありません。たとえ紅珠がそれを望まなくとも物の怪たちは彼らを許しません。自分たちの神を冒涜したものを許すわけにはいきません。
そう。これはメンツの問題です。




