プロローグ
昔々。
それはもう、気の遠くなるほどの昔のお話。
この国には沢山の神様がおりました。
神様は人を守り、人は感謝のあかしとして神様に様々な捧げものをしました。
神様のおかげで取れた獲物や作物、それに神様を象った品々。
神様は人々からの捧げものを食べて暮らしていました。
やがて時が流れて。
人は神様を忘れ、神様はその力を失いました。
零落した神様達は、妖と呼ばれるようになりました。
そしてさらに時は流れて……。
妖もまた、人の心から消えていったのでした。
***
引っ越し先の古民家の裏山。
兵太郎はそこに小さな祠を見つけました。
何年も、ひょっとすると何十年もの間放置されていたのでしょう。ほとんど崩れてしまっていて、原型もわからないほどでした。
残骸のようになった祠を覗いてみると、中には金属製の鏡が安置されています。
「なんの神様だろう。流石にこのままにはしておけないな」
兵太郎はほとんど崩れてしまった祠からそっと鏡を取り出しました。
「すごく精巧な細工だ。錆がひどいけど……。でも表面だけだな。うん、これなら何とかなりそう」
元の祠の形と大きさにおおよその見当をつけると、兵太郎は鏡を家へと持ち帰りました。
とんとんとん。
広さだけは十分にある家の庭先で、兵太郎は祠を作り始めました。丁度これから住むことになる家の修理をしていたところ。祠の材料はいくらでもあります。
「こんなものかな? 気に入っていただけるといいんだけど」
切妻の屋根や台座には雲を象った装飾が施され、正面には観音開きの格子扉。新たにできあがった祠はどうしてどうして、素人仕事とは思えぬ立派なものでした。
「あとはこっち」
祠が出来上がったら次は錆だらけの鏡です。
「わ、凄い」
改めてよく見ると、鏡面の周りにも緻密な細工が施されていることに気が付きました。元は名のある神様だったのかもしれません。
細かなところも優しく丁寧に。根気よく時間をかけて、兵太郎は錆を落としていきます。
「よしっ、と」
兵太郎は見違えるように綺麗になった鏡と祠を持って裏山に戻りました。
「すぐ下の家に住むことになりました花咲 兵太郎です。今後どうぞよろしくお願いします」
祠に向かって兵太郎は手を合わせ、深々と頭を垂れました。
「そろそろ暗くなるかな。今日はここまでにしようか」
兵太郎はもう一度祠に向かってお辞儀をしてから帰路についたのでした。
兵太郎が去ってしばらくして。
祠に収めた鏡がぴかりと光を放ったことに、兵太郎はもちろん気づくことはありませんでした。
「触らぬ神に祟りなし」とはよく言ったもの。
祠が朽ちれば近くの家に祟りをなし、直せば礼にと戸口に盗品を届ける。
泥棒と隣家が怒鳴り込んでくれば、そこの子供に事故が起きる。
カミとは、妖とは古来そういうもの。
人とは違う常識を生きる彼らには、決して関わってはいけないのです。
いらっしゃいませ!
本作品は妖怪×カフェ×グルメのドタバタコメディーです!
人とは違う常識を生きる妖怪たちと、それ以上に常識はずれな古民家カフェ「こくり家」の主人との掛け合いをお楽しみいただけたら幸いです。
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