表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

鳩にエサやりをする女

作者: 汐見かわ


 彼らは私の姿を遠くから認識すると後をついてくる。それがたまらなく愛おしいと感じるのはおかしいだろうか。

 広場に向かう道を歩いている途中から彼らは次々と増えていく。どこからか低空飛行をしてやってきて一羽また一羽と増えていく。

 広場についた頃には私の周りには何十という数が羽ばたき、足元をつつき、時にはケンカを始める。 おやめなさい。今、あげるから。ケンカしないの。

 母親にでもなった気分で彼らをたしなめる。私の与える食事がそんなに待ち遠しいのか。ふふと口元が綻ぶ。可愛い子らめ。

 鞄の中から取り出した乾燥させた食パンを地面にばら撒く。電線に止まっていた子も一斉に降りてくる。近くの木に止まっていた子も、近くのビルの上にいた子らも一斉に集まってきた。

 抜け落ちた羽がひらひらと舞い、彼らは我先にと落ちたパンくずをつついている。

 後ろのベンチに座っていた女性は昼食でも食べていたのだろうか。忌々しいものを見るように、私をひと睨みしながら足早にその場からいなくなった。


『ハトに餌を与えないで下さい』


 広場には大きく看板が掲げられているのは知っている。だが、そんなものは関係ない。お腹を空かせているこの子たちに食事を与えるのが私の使命なのだから。

 パンを再び撒くと、バタバタと彼らはさらに激しく辺りを飛び跳ねる。しまいには腕にまで乗ってきて、手から直接つつくものも現れた。手のひらがくちばしでつつかれるのは少し痛い。彼らは食べるのに必死で、餌と人の皮膚を一緒につつく。さすがに皮膚がえぐられることはないけれど。

 私の手から落ちた餌をさらに食べようと、飛んだりつついたり、他のものの上に乗ったり、相手のくちばしにくわえているものをつついたり。そこで取り合いの喧嘩をしてみたり。私を取り巻く環境は戦場のように激しいものだった。


 手につかんでいた餌も無くなり、ほとんどの子が地面をつついている時、一羽だけ体の白い鳩がいた。瞳が赤い。アルビノのようだ。

 私はそのアルビノにたくさん食べて欲しくて、その子をめがけて鞄の中のパンをまいた。

 再び辺りは騒がしくなり、彼らは一斉に地面をつついた。アルビノは他のものにつつかれ、遠くへ追いやられてしまった。

 気の弱い個体なのだろうか。餌を撒いた場所からは離れ、忙しなく地面をつつく他の仲間の姿を遠くから眺めているばかりだ。

 これは良くない。あの子にもあげなくては。みなが平等にお腹いっぱいになれるよう私が管理しないと。それが私の使命なのだから。

 私はアルビノに近付いて、彼の目の前にパンを撒いた。アルビノから少し離れた場所に、残りのパンを全て撒いた。撒いたパンの量が多い方にほとんどが群がり、アルビノはようやくゆっくりと自分の食事をとることができた。

 良かった。これで腹を空かせて辛い思いをする子は今日はいない。

 必死にパンをつつくアルビノを見ていると、わずかな異変に気が付いた。片方の足の指が一本、浮いたままなのだ。

 指は前に三本、後ろに一本。その後ろの一本が怪我をしたのか地面につけずに浮いたままだ。これではバランスが悪く、電線などにとまることが難しいかもしれない。

 私はすかさずアルビノをスマホで撮影した。

 そして、撮った画像を本部へ送信する。

 餌をあらかた食べ終えた彼らは、みな思い思いに広場をうろうろし始めた。もうこの場所に用事はないと、どこかに飛んで行った子もいる。

 スマホがピコンと鳴り、画面を見るとメールが届いていた。


『JP_T2506修理許可通知』


 そんなタイトルのメールの内容を読み飛ばし、下の方にある「切断」のURLをタップすると、直後にアルビノはこてんと倒れた。

 動かなくなったアルビノを抱え、後ろの指を確認すると、足の配線が一本緩んでいた。何かに引っかかったのだろうか。足の付け根を左に回し、足を外す。鞄の中に入れてある替えの足をはめて、お腹の真ん中にあるくぼみを押すと、アルビノが手の中でバタバタと動き出した。

 アルビノを離すと、勢い良く飛び立っていった。

 メールにある「完了」のURLをタップし、修理は完了。

 複雑な電気信号系統の故障で無くて良かった。今日は工具を持ち歩いていなかったのだ。

 アルビノは近くの電線にとまった。さっそくぷっと糞を地面に落とし、体の調子は悪くなさそうだった。

 地上にいる鳩の中には、データ収集の為に作られたロボットが紛れている。その鳩ロボットのメンテナンスが私の使命である。

 鳩ロボットは全世界に存在しており、いつでもどこでも人々を監視している。私のようなロボットの点検者は何人かいる。だいたいが変人に思われているが、日々の餌やりと点検が我々の業務なのだ。

 アルビノは電線にとまり、収集したデータをさっそく本部に送信していた。

 アルビノは何日くらい故障したままだったのだろう。その間、データを送信することができなかったのだ。悪いことをした。彼は何日か分の膨大なデータを送信する為、しばらくは電線にとまったままだろう。

 カラスに狙われなければ良いけれど。明日もこの広場を見回りに来ることとしよう。

 電線にはアルビノの他にも、何羽か鳩がとまっていた。




気に入りましたら高評価&ブックマークいただけますと幸いです。

(2021年10月作成)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ