望んだ"平穏"の先に~婚約者である王子様は私のことを顧みず、さらには裏切って愛人を作り、約束もすっぽかします。一方、弟王子様にはとても優しくして頂きました。
「私が欲しいのは国の隆盛とかじゃなくて、平穏なのよ。いい?間違ってもガイル王子に私だけを愛してほしいとか、私だけを見ていてなんて夢見がちな少女のようなことが言いたいわけじゃないの。ただ、期待を裏切られず、約束を破られることのない平穏な暮らしなの……。あなた、聞いているの?」
「はい」
今お話ししているのは私の婚約者であるガイル王子の弟のリュート王子よ。
今日は王宮で開かれる夜会の日。
珍しくともに出席してほしいとガイル王子から伝えられた私は、望まれるままに衣装やアクセサリーを選び、お肌を整え、化粧もして臨んだ。
臨んだのよ。
彼は来なかったわ。
もちろん、ガイル王子が大変忙しくしていることは理解している。
なにせ彼は騎士団長であり、今は隣国との戦争中だ。
そんな時に夜会などしている場合か?とは思ったものの、この戦争は5年に及んでいるし、小康状態になってもいる。
だからこそあえて国の重鎮たるラスティネリ公爵が主催した夜会が催されたの。
騎士団長として戦場と王都を行き来しているガイル王子はとても忙しい。
本来、王族が就く騎士団長という職務はお飾りに近いが、彼はなんとか戦争に勝利するために頑張っている。
だから私も支えてあげたい。
わがままを言うつもりはない。
これは将来、王妃となる私の責務だし、ガイル王子がしっかりと責務を果たせるように、私も支援したいと思っている。
それなのに弱音を吐いてしまったのは、今日、王子が欠席したのは責務を果たすためではないと知っているから。
一昨日帰還した彼が今、愛人の家にいることを知っている。
戦いの中で怪我をした部下を見舞う。そう言って行った先がその家。つまり部下の家族に手を出しているのだ。
私は高位貴族の娘として、決して可愛げがある性格だとは自分でも思っていない。
疲れた男性を癒してあげられるかと言えば、やったこともないし自信はない。
それでも、そうあれるように努力はしようと思っていたのに、ふたを開けてみれば初めて顔を合わせたときには既に愛人を作られていた。
仕方ない。
そうやって飲み込むしかないのはわかっている。
なにせ相手は将来の国王だ。
私は知らぬ顔をして彼の斜め後ろに立ち、王城の奥を差配すればいい。
わかっている。
そのための王妃教育は欠かさず受け続けている。
騎士団の仕事を優先している王子をお見掛けすることはないし、誰からも褒めても貰えないし、讃えても貰えないけど、毎日真面目に受けている。
ただ、ほんの少し、ほんの一言でも『よく頑張っているな』と言って頂ければもっと頑張れると、そう思うのは悪いことでしょうか?
ただ、残念ながら本日の夜会は欠席するとすでに連絡を受けてしまった。
私は準備万端だったけど。
さらに酷いことに、その連絡は今目の前にいるリュート王子を通じてもたらされた。
例え婚約者様の兄弟だとしても、別の男性に見られたのよ?
準備万端で整えたものが、静かに崩れ落ちる様を。
それでもリュート王子に怒っても仕方ありません。
彼はガイル王子の2つ年下の王子様です。幼少期に病弱だったため、次期国王候補とはみなされていませんが、とても頭の良い方なのを私は知っています。
今日も『兄が申し訳ない』と、そう仰ってくださいました。
「兄が代役として僕を指名したので、夜会には僕が出席します。そして、大変失礼ながら僕には婚約者がおりませんので、その……」
「私に相手役を務めるるようにと?」
「はい……酷い話です。断っていただいて結構ですので……」
本当に酷い話。
人の感情を何だと思っているの?
大変なのはわかるけど、自分は愛人の家で楽しんでる最中。それなのに、婚約者と弟の両方の心を抉ってくるなんて。
しかしここで私が断ったらさらに問題が起きるのは明白だ。
リュート王子の相手役が不在になる。
戦争の重い雰囲気を少しでも緩めるために開催される夜会なのに、王家が協力しないという風に取られかねないのだ。
「いえ、ご一緒させていただきます。私と一緒など、リュート王子にとって嬉しい話ではないでしょうが」
「そんな。嬉しいですよ!ぜひご一緒頂けたら心強いです!」
こうしてともに夜会に出席し、無事になんとか役目を果たした後、リュート王子と会話しているときに言ってしまったの。
「私が欲しいのは国の隆盛とかじゃなくて、平穏なのよ。いい?間違ってもガイル王子に私だけを愛してほしいとか、私だけを見ていてなんて夢見がちな少女のようなことが言いたいわけじゃないの。ただ、期待させて反故にされるとか、約束を破られるとか、そういったことがない平穏な暮らしなの……。あなた、聞いているの?」
少し酔っていたのだと思うわ。失礼な物言い。
準備をして、落とされたのが案外ショックだったんだと思う。
こんなことを言ってもリュート王子を困らせるだけなのはわかっているのに。
それでも彼は静かに聞いてくれた。
そのまなざしはとても優しかった。
間違っても体が触れるようなことはしない。
王子にとっても私にとっても、私たちの周囲の者たちに取っても嬉しくないことになるから。
でもね。
「今日はありがとうございました。エーデリンネ様についていただいたおかげで無事乗り切れました。いや、さすがですね。私にはあんなに細かく各領地の状況を聞きだしたり、要望を探ったり、協力を取り付けたりできませんでした。感謝します」
「えぇ。お役に立てて良かったですわ。それにリュート王子もしっかりされていました。慣れぬことでしょうに、どんな方ともまずは会話頂いたので、その間に記憶を整理できて私はやりやすかったですわ」
こんな風にお互いを讃えられるのは、とても嬉しいと言うか、充実した満足感がありました。
もちろん、口さがない者たちはガイル王子はどうしたとか、可愛げがないとか噂しているでしょうけど、そんなことはもうどうでもよくなるくらい私にとって新鮮な経験でした。
その後もガイル王子は戦地に赴いたり、戻ってきても王城での会議や、部下との相談、それに次の戦の準備などで忙しいとのことです。
もちろん愛人宅に出入りしていることは掴んでいる。
いるが、これまで小康状態に保たれてきた戦況が一気に動いたということで慌ただしくしていることも事実だ。
どうやら敵国は小康状態の間に戦力を増強していたようで、国境の守りとしている砦を落とされてしまったらしい。
ガイル王子は王都の守護を警備兵や近衛兵に任せ、自ら王都に留め置いていた騎士団全てを率いて出陣されることとなった。
明日がその出立日。
婚約者としてお守りを用意し、王妃様にお願いして届けてもらった。
それは防御と回復の魔法が込められたもので、宝物庫にあったものを父にお願いして貰い受けたものだ。万が一にも攻撃を受ける事態に陥った場合でも生きていらっしゃるようにと。
王城では国王陛下主催で戦勝祈願を行った。
私は王城の聖殿で祈りを捧げた。
「これは……」
「受け取らなかったのよ」
「そうですか……」
儀式が終わった後、私はお守りを返されてしまった。
王妃様はお美しいお顔を歪めながら、それでもこんな場で戦争に赴くガイル王子を非難することもできず、申し訳なさげに私にお守りを握らせた。
そしてガイル王子は帰ってこなかった。
「亡くなった?」
「はい……残念ながら……」
私の前に跪いているのはガイル王子の護衛だった騎士の一人。
彼も左腕を失っている。
そう。ガイル王子は亡くなった。
あのあと全騎士団を率いて出陣されたガイル王子は砦を失って後退していた軍と合流した。
彼は合流して増強した軍で敵国軍と戦うつもりだったようだ。
実際、こちらの領地に入り込んだ敵の兵站は伸びているから、負けなければいいという戦いだった。
守って敵の消耗を待てばいい。
敵国側も、こちらに攻め入って暴れ回るほどの準備はできていなかったはずだ。
決して練度が高い軍ではなかったと、報告もあがっている。
しかしガイル王子は撃って出た。出てしまった。
彼を諫めるものはいなかったそうだ。
ほぼ同数となった状態であえて平地に出て戦った。
騎士団の精強さがあれば充分と、そう考えたらしい。
しかし、敗れた。
あっけなく。
何のことはない。敵は魔導士を多く抱えていたそうだ。
開戦と同時に盾を構えて突き進む騎士団に対して火の玉が無数に浴びせられた。
対するこちら側に魔導士はごく少数。
それも傷付いた騎士団を回復させるためのものたちで、攻撃魔法が使えるものは少なかった。
そうしてあっさりと敗れ去り、逃げのびる道中でガイル王子も魔法攻撃を受け、亡くなったらしい。
しかし悲しんでいる場合ではない。
そこまであっさりと敗れ去ったせいで、周囲の領地が敵国軍の攻撃に晒され、略奪にあっている。
さらに攻め入ってくる可能性がある。
この国は長らく戦争をしてこなかった。
大陸の外れの半島の先にある立地もあって、あえて攻めてくる勢力は今の戦争相手のみだった。
その相手と、先代国王陛下までは交流をあえて持ち、交渉のための下地を作って維持していた。
その様相が変わったのは、敵国で新しい王が即位してからだ。
円滑な承継ではなく、簒奪だった。
そして周囲に戦火を振りまく国になった。
こちらにも攻めて来た。この1,2年の間、小康状態だったのは、敵国が他の国との戦争に本腰を入れていたからだと言われている。
それにしても戦力として運用するほどの数を揃えてくるとは予想外だった。
恐らく他の国との戦争に投入していた部隊なのだろう。
強力だが、使えるものが少なく、安定もしない魔法と言う武器は、この国ではあまり運用されてこなかった。
それは平和だったということもある。
平和だった名残りは王族が騎士団を率いると言うような伝統にも表れている。
確かに士気高揚のためにはいいが、実際こうして次期国王となるはずの王族を失った。
これは痛すぎるだろう。
「エーデリンネ様。私にあのお守りを頂けませんか?」
私がガイル王子の葬儀の間、いろいろと考えを巡らせていると、隣にいたリュート王子がそんなことを言いだした。
あのお守りというのはガイル王子につき返されたあのお守りだろうか?
「これですか?」
「はい。構いませんか?」
「もちろんです。お役に立てる機会などない方が良いのですが」
彼は何をするつもりなのだろう。
なにか思い詰めたような表情をしているが、私がお守りを差し出すと柔らかな笑顔に変わった。
「ありがとうございます」
そう言って彼は行ってしまった。
そこからのことは思い出すだけで驚きの連続だった。
まずリュート王子が母親の実家であるエルゼディア公爵家およびその寄り子である貴族たちの軍をまとめ、敵国軍を打倒することを宣言した。
あの病弱で、気の弱い……失礼しました、優しい王子がです。
さらに王立学院から魔法関連を教える教員を軍に加えた。
私にお守りを作ってくれたオルガ教授もそこに混ざっていた。
次いで、王都の商会に声をかけ、多くの魔道具を集めた。
どうするつもりなのかと人々は訝しみつつ、送り出すしかなかったので、皆でリュート王子を送り出した。
それにしても、この戦争が終わったら出陣する軍や騎士団の長に王族をあてる伝統はやめるべきだわ。
今回はリュート王子が志願して行ったけど、それがなかったら誰が行っていたの?
それにリュート王子がまた病気になって軍を率いれなくなったらどうするの?
まぁ、そんな心配をよそに、リュート王子は軍と魔道具を上手く使って敵国軍の侵略を止めたわ。
さらに敵の兵站線にある砦や拠点を焼いて行った。
この行動はなんと敵国の中でも実行したらしい。
しばらくして食料が尽きかけた敵国軍は退いて行った。
王都ではみな、リュート王子の優秀さを讃えていた。
ガイル王子が戦死したときには王都全体でお通夜のような雰囲気だったのに、今はリュート王子の凱旋を祝っている。
もちろん、国王陛下はリュート王子を褒め称えるとともに、ガイル王子の喪に服すことを改めて宣言された。
それでも戦勝は戦勝だ。
リュート王子はなんとそのまま敵国に今度は外交大使として乗り込んで行った。
交渉で戦争の蹴りをつけるそうだ。
そしてしっかりと賠償金を得て帰って来た。
彼はやはり頭がいい。
どんな交渉をしたのか、また今度聞いてみたい。
今度があればだが……。
ガイル王子が亡くなった今、私の肩書はただの公爵令嬢だ。
ガイル王子が次期国王とされていたために受けていた王妃教育も突然終わりを迎えた。
もう王城に赴く必要もなくなった。
今さらながら自由になってしまった。
お父様が言うには、婚約の申し込みは来ているらしい。
しかしガイル王子の喪中に返事を書くわけにはいかない。
喪があけるまで、あと1か月。
もうしばらくのんびりしていられそうね。
そう思っていたの。
実際、1か月の間のんびりしていた。
しかし……。
「お久しぶりです、エーデリンネ様」
「えぇ、お久しぶりです、リュート王子殿下」
なぜかリュート王子が私を訪ねて来た。
彼は交渉を終えて隣国から帰還したあと、この度の戦争で彼に協力したエルゼディア公爵家やその寄り子の家を順番に礼を述べて回っていたはずだ。
王族なのだから王城に呼んで『大儀であった』とやるのが一般的だが、彼はそれをよしとしなかったらしい。
わざわざ訪問し、礼を述べ、褒賞を渡してきた。
それはきっと今後の国家運営にとって良いことなのだろう。
私は無関係になったこともあり、ぼんやりとそんなことを考えていた。
もう前のように気安く彼と接することはできない。
私はただの公爵令嬢なのだから。
「今日はお礼と、お願いがあって参りました」
「はぁ……」
なんだろう。
お礼はもしかしたら心当たりがあるが、お願いには心当たりがない。
いや、もしかしたらエルゼディア公爵家の一派の誰かと結婚してほしいとか、そういうことだろうか?
彼は戦勝を納めたことによって一気に次期国王となった。
改めて教育も受けているそうだ。
「まずはこのお守りのお礼を」
「お役に立つことはなかったかと思いますが」
彼が剣や魔法の一撃を受けるような事態にはならなかったはずだ。
「いえいえ。そんなことはありません。これは素晴らしい魔道具でした。オルガ教授に解析してもらい、商会の魔導職人たちにたくさんの魔道具を作ってもらいました」
「えっ?」
「恐らく数百年前に作られたもの……製法が失われた魔道具で、敵の魔法攻撃を防ぐ切り札になりました」
「そうだったの。宝物庫にあったものだけど、役に立って良かったわ」
驚いたが、これが正直な感想だ。
活かしたのはリュート王子だから。
それから彼はしばらくの間、このお守りの素晴らしさや、オルガ教授や魔道具職人たちの優秀さ、そしてそれを戦時利用したときの状況を説明してくれた。
「それで、お願いとは?」
「明日、僕の帰還を祝う夜会を開いてもらうんだ」
それは聞いていた。父に招待が届いていたから。
しかし私はもう王家とは無関係だ。
「もしよければ、そこに参加してほしいのです」
「えっ?」
さすがにそれは……。どういう名義で行けばいいのだろうか?
公爵家の名前はもちろん父が使うだろうし、亡くなったガイル王子の関係者?
喪にふくしているはずなのに良いのだろうか?
いや、私がのんびりしている間に、もう喪があけるわね。
友人として、とかで良いのだろうか?
「わかりました」
「本当?良かった。では、ドレスは贈らせてもらいます」
「えっ?それは……」
「いえ、受け取ってください。お守りのお礼ですから」
「はぁ……」
そうしてリュート王子はなんと持参していたドレスを置いて帰った。
どうやらかつてガイル王子が私に贈ったドレスのサイズで作らせていたそうだ。
のんびりしている間に太ったりしなくてよかったわ……。
そして王城を訪れたのだが、ちょっと待ってほしい……。
なぜそのままリュート王子のもとに案内されるの?
「エーデリンネ様、よくお似合いです」
「ありがとうございます」
贈ったドレスが似合っているかを確認したかったのだろうか?
「それじゃあ行きましょう。あの時は兄の名代でしたが、今日はちゃんと出席者です」
楽しそうに語っているが、むしろただの出席者ではなく、主役だろう。
そしてなぜ私はリュート王子と並ばされているの?
「えぇ。では私はこれで。あとでまた会場でご挨拶させて……」
「えっ?」
「えっ?」
そして時間が止まる……。
「あぁ……。ダメですよエーデリンネ様。一緒に行きましょう」
「はい?」
そのまま唖然とする私はリュート王子に連れられて会場に入った。
割れんばかりの拍手。
そして歓声。
さすがに国王陛下や王妃様はいらっしゃらなかったけど、とても盛況な会だった。
そんな夜会が終わって、またリュート王子に誘われて話をしている。いつか来た聖殿で。
一緒に夜会に出て、終わってからこんな場所で2人っきりなんて、まるで恋人のようね。
お互いに幼かったから覚えてはいないかもしれないけど、ここは私とガイル王子が婚約した場所。そしてリュート王子ともはじめて会った場所。
私は婚約に緊張していたし、なぜかリュート王子も緊張していたわね。ガイル王子は平然としていたけど。
「今日は来てくれてありがとうございました」
「こちらこそ、お誘いいただきましてありがとうございました」
案の定というか、予想通りと言うか、夜会は楽しかった。
前回と違うのはリュート王子の立場で、今は次期国王だ。
前よりもなおさら力を入れた社交となった。
しかし勝手は前回と同じ。
リュート王子が挨拶を受け歓談している間に整理した質問や会話を投げかける。
望みを聞いたり支援を約束したりもっと詳しく聞く場を設定することにしたり。
多くの参加者に満足してもらえたと思う。
これが最後だと思うと少々残念だけど、もし良い方と結婚すればまた参加させてもらう機会もあるだろうと思う。
リュート王子は私に最後の思い出をくれたのだろう。
そう思っていたので、お礼を伝えるためにリュート王子のお誘いを受けたのだ。
聖殿は白い大理石の上に、青いじゅうたんが敷かれ、周囲を魔石の独特な光によって彩られていて、とても厳かな雰囲気を醸成している。
天井には神と神の使いが描かれていて、その下にいる私たちを見つめている。
「エーデリンネ様」
「はい」
私の名を呼びながらリュート王子が私の手を優しく取った。
えっ?どういう状況?
ちょっと待って。これ……。
「ずっと前からあなたに言いたかった」
「はっ、はい?」
いや、場所と時間を……って場所は最高よ?
でも、こういうのって心の準備が……それもあったわね。そもそももうガイル王子もいなくて、名代でもないのに相手役に選んでもらった。
わかりやすいくらいにわかりやすい状況だ。
私の心境が戸惑いに満ちたものだったとしても、むしろなんで気付かなかったの私?
ドレス贈られて、見込んで婚約者のいないリュート王子の相手役に選ばれそれを受け、一緒に申し分のない社交を展開したばっかり……。
えぇ?
「どうか僕と……いや、私と結婚してほしい」
「……」
ごめんなさい、王子。本当に心の準備が……。
「……」
「……」
止まる時間。気まずい空間。
「えっと……」
「あの……」
被る言葉……。
「すみません、王子様から……」
この言葉は私の方が先に繰り出したわ。
「あっ、うん。さすがに唐突でしたよね?すみません。あなたが領地に戻られると聞いて、いてもたってもいられなくて。でも……」
「はい……」
用がなくなった私は明日、国王陛下と王妃様にご挨拶をして、それで領地に戻ることに決めたの。
いつまでもここにいても仕方がないしね。
「いつか仰っていましたね。平穏が欲しいと」
「はい?」
そう言えばそんなことを言ったような。
そうだ。夜会の後。少し酔いもあって、ガイル王子とのことをリュート王子に愚痴ったのだ。
恥ずかしい……。
「あの"平穏"っていうのは。ガイル王子との間のことだったのよ?まぁ、一緒にいられない理由の多くは戦争のせいだったし、それが終わって確かに平和になったけど」
「そうでしょうとも」
私は意味合いの違いを説明したつもりだが、リュート王子はあまり理解していなそうね。
「慣れぬことではありますが、騎士や魔導士を率いて出陣し、敵を壊滅させ、賠償金を取ってきたのです。これで敵国は当面攻めては来れません」
今回の件が自信になったのだろう。
しっかりと男の子の顔から男性のそれになったリュート王子がとんでもないことを言っている。
「えっ、えぇ……そうね」
確かに、きっちりと賠償金を貰って来て分配した。
誰もが驚いた変貌ぶりだったけど、そんなことを考えていたなんて。
「それにこれから情報部を使って工作し、未来永劫攻めようなどと思えぬ状況に追い込みます」
「えっ、えぇ……」
「だから、結婚してください。」
「はっ?」
そして強引に来た。
私が頷かないからかな?
「私とエーデリンネ様となら、ともに責務を果たし、一緒に家庭を作っていくことができると思います。そうできるように努力します。だから……」
改めて考えると、リュート王子はとてもまじめで、とても真摯だ。
ガイル王子と、よりも会話した記憶が多い。
「こんな強引な形にしてしまって申し訳ない。でも、僕は、はじめてここで会ったときからずっと、あなたをお慕いしていました」
「覚えてくださっていたのですね」
「もちろんです!僕はエーデリンネ様とお会いして会話したことは全て覚えています!」
今なんかこわい台詞が聞こえたような気がするわね?
でも、これは嬉しかった。
私を認めてくれていることが。
私を見てくれていることが。
いつだって、顔を合わせた時、リュート王子は優しく接してくれていた。
「それで、どうだろうか?前向きに考えてもらえたら嬉しいのだけど」
「わかりました。お気持ちをお話しいただきましてありがとうございます」
そう言うと、一瞬寂しそうな顔をされたものの、すぐに笑顔になった。
改めて考えると、私はリュート王子の笑顔に癒されていたわね。
そして寂しそうにしたのは、きっと今日、答えを貰えないと思ったのね。
こういう押しの弱さもまた、私を気遣ってくれているからだろう。
「リュート王子。謹んでお受けいたします。どうぞよろしくお願いいたします」
「えっ?」
「ありがとう。よろしくお願いします」