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これはこれで悪くない

「ふむ⋯⋯君が魔王ヴァイス⋯⋯。 なかなか信じられないが⋯⋯本当か? サーチェ」

「おうよ親父。 コイツは間違いなく魔王ヴァイスだ。 ほら、契約の内容だ」


 そう言ってサーチェは、ポイッと契約内容の記された紙を玉座に座る国王へと投げつけた。 その雑すぎる行動は、あまりに王族らしからぬものであったが⋯⋯近くの衛兵も国王もそれを指摘する素振りはない。

 というより⋯⋯彼らは僕をものすごく警戒しているがために、そんな些細なことを気にする余裕が無いようだった。

 全く⋯⋯こんな可愛らしい少女のどこに恐れる部分があるのやら? 第一僕にはもう、人間達に復讐するつもりは無い。

 そもそも自分からちょっかいをかけて痛い目をみたのだから⋯⋯もう二度と同じ目に会いたくないのは犬だって学ぶ。


「これは⋯⋯なんと酷い」

「ん? いやいや親父。 解除手段だって用意してやってるんだから正当な取引だろ?」

「正当な取引? お前を暗殺することのどこが、正当な取引なのだ!?」


 国王の言葉に近くにいた衛兵達がおおっ、とざわつく。

 そりゃあまぁ⋯⋯ゆくゆくはこの国を継ぐであろうサーチェが暗殺されるかもしれないだなんて⋯⋯到底許容できるはずがないだろう。

 しかしながら⋯⋯彼らの懸念は、僕の考えとは全く違うものであった。


「一体誰がお前を暗殺できると思っているのだ!? ドラゴンを素手で倒すお前が!」

「うそ⋯⋯?」


 国王の言葉に言葉を失う。

 ドラゴンを素手で倒すだって?

 僕の全盛期でも魔法を使わないと倒せなかったのに⋯⋯?


「ん? いや⋯⋯だからいつも言ってただろ親父? 俺は日常に刺激が欲しいんだよ。 退屈を紛らわせればそれでいいの」

「「「な⋯⋯ッ!?」」」


 サーチェの言葉に、僕を含めてこの場にいる全員が戦慄した。

 そんな理由で暗殺者との同居を許すという破天荒な行動に対して言葉を失っていた。


「んま、大丈夫だって。 コイツ、あっセリカっていう名前な? 俺がつけた。 んで、セリカの身体は相当弱体化してるから。 さっきだって魔法撃とうとして⋯⋯痛いっ!?」

「ふふふふ。 なんでしょうかご主人様?」

「いやだからさっきお前が魔法を⋯⋯痛いって!?」


 いくらサーチェといえど脛を何度も殴られたらキツいらしく、プルプルと震えながらギブアップを宣言した。


「んで、だ。 別に俺がセリカを復活させたのはそれだけが目的じゃねぇ」

「⋯⋯ほう? 申してみよ」

「なーに今更王様の体裁保とうとしてんだか。 さっきまでビビりまくりだったくせに⋯⋯ってまぁいいや。 セリカ、これ読んでみな」

「⋯⋯?」


 何故か勝手に決められていた「セリカ」という名前に、なんとも形容し難い感情を感じ取っていたところ、サーチェから大きな本を手渡された。

 読んでみろ、と言われたのでパラパラとページをめくっていくとその内容はすぐに理解出来た。 これは⋯⋯僕がつけていた日記だな、魔王時代に。


「どうだ? 読めたか?」

「読めたというか⋯⋯これは私の日記ですね、魔王時代の」

「なんと⋯⋯あれが読める⋯⋯?」

「これは素晴らしい発見だ!? 研究が大きく進展するかもしれないぞ!?」


 僕の言葉に何やら玉座の間にいた人々が、なにやらザワザワと騒ぎ出す。 僕の日記が読めない? そんなに字が汚いつもりはなかったんだがなぁ⋯⋯。


「えっと⋯⋯どうしたんでしょうかこれは?」

「落ち着いて聞けよセリカ? 恐らく現代において、この魔族の文字を読める人材は殆どいねぇ。 多分世界に一桁いるかいないかくらいだ⋯⋯」


 神妙な面向きでサーチェが教えてくれる。

 聞くところによると魔王である僕が敗れて以来、知恵のある魔物は人間との関わりをほぼ完全に絶ってしまい、魔族の文字を読める人間は数少ないのだとか。

 僕は悪友から教えて貰っていたこともあり、人間の言葉を話すことが出来るが⋯⋯魔族の大半は魔族の言葉しか話せないだろうから⋯⋯そうなるのも無理はないだろう。


「それで? 私に何をしろと⋯⋯?」

「今すぐではないが⋯⋯この国はやがて戦争になるだろう。 その時に向けて古代技術を保持すること、そして魔族との協力関係を作ることがこの国の目標なのだ」

「まぁつまり⋯⋯お前は俺のメイドとして働く傍らで古代文字の解読を務めるってことだ」

「⋯⋯ちなみに拒否権は?」

「「ない」」


 王族の親子に笑顔で否定されてやれやれと頭を振る。

 つまりは戦争を有利に運ぶための駒として使おうという魂胆なのだ。 さっきまで恐れるような目線で僕を観察していた国王も、今では利用価値が見出された僕のことを、まるで宝石を愛でるかのような生温かい視線で見つめている。 気持ち悪いことこの上ない。


「んま、こういうことだから⋯⋯コイツを俺の元につけても問題ないよな? 親父?」

「ふむ⋯⋯まぁお前が手綱を持つというのならば問題はない、か⋯⋯期待しているぞセリカ君」

「えっと⋯⋯はい」

「安心したまえ、君は王子であるサーチェの直属の部下となる訳だから⋯⋯その権威はなかなかに高いものとなるぞ? 最も、魔王の頃ほどではないだろうが⋯⋯」


 なんだかんだで僕の配属が決定してしまいました残念。

 ここで「勝手に拾ってきてどうするんだ! 外に捨ててきなさい!」とでも言われたら晴れて自由の身だったのに⋯⋯。 って、それだとまるで野良猫みたいな扱いで少し悲しいな。


「今夜は宴だ! 我が国の宝となるであろうセリカ君を存分にもてなすとしよう!」


 何やら一人で盛り上がっている国王を後に、僕の謁見は終了したのだった。


 ★★★★★


「⋯⋯うまい」


 その日の夜に執り行われた宴で、僕は完全に胃袋を掴まれてしまった。 メイドとして働いていると、こんな美味い料理を毎日食べられるのだと衛兵達に力説された。

 与えられた部屋も魔王城よりはるかに文化レベルが高くて⋯⋯メイド生活も悪くないかも⋯⋯と思ったのは別の話である。

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