第49話
「アパッチだな」
空人は西のほうを向いた。
僅かながら、ヘリのローター音が聞こえてくる。
フィウーネ王国から森林同盟六州へ避難民達を連れて行ったことを思い出す。
沢山死んだ。
助けられなかった命があった。
思い出すだけでも胸が潰れそうになる。
だが、あのときとは違う。
「いまは『インビジブル』がある」
空人は人々に『インビジブル』を掛けて、見えなくする。
見つからなければ、連れて行くのはずっと楽だ。
「空も飛べるし、飛び道具もあるんだっ」
空人はベルグを倒したときに手に入れた、飛行ユニットを顕現させる。
空人の背中に戦闘機のような翼が生え、空人は一気に上昇した。
アパッチが二機編隊で眼下を飛んでいる。
研究所の異変に気がついたデマルカシオンが、応援として送り込んだのだろう。
森のなかをゴブリンの一個大隊が、研究所に向かって駆けてくるのも見えた。
「高所有利の法則だったか。高いところからは、敵の動きが一目瞭然だな」
救助した人達には『インビジブル』を掛けているから、そう簡単に見つかることはないだろう。
だが、デマルカシオンの戦力は少しでも削っていたほうがいい。
敵が近くにいるというのもストレスだ。
「リターンマッチさせてもらうぜっ」
空人はガドリングシールドをアパッチに向けた。
砲身が高速で回転し、闇夜に銃口が輝いた。
ビームを全体に浴びたアパッチが火を吹き、森のなかに落下していく。
アパッチが地面に激突し、大爆発を起こして、森の一角を明るく照らす。
爆発の光りに、ゴブリン達の動揺した顔が赤く照らされる。
そのゴブリン達に、空人はガドリングシールドを向けた。
ガドリングシールドの砲身がうなりを上げる。
高熱を帯びたビームが連続して放たれ、恐怖を感じないはずのゴブリンたちの悲鳴が森に響いた。
血しぶきと焼けた肉の臭いが立ちこめる。
次々と崩れ落ちるゴブリンたち。
その眼は恐怖に染まり、這うように逃げる者もいたが、空人は情けをかけるつもりはなかった。
上空から一方的な攻撃に、ゴブリン達は逃げ惑う。
背中を向けて逃げるゴブリンを、情け容赦なく撃つ。
卑怯か? 卑怯なのかもしれない。
だが、お前たちがしたことを考えれば、些かの罪悪感も抱かない。
これからすることを考えれば、欠片も罪の意識はない。
もし、あのときこの力があれば……。
救えた命があったはずだ。あの子供も、あの母親も、あの老人も……。
思い出すだけで喉が締めつけられる。
けれど、考えたところで過去は変えられない。
今できることは、せめてこれ以上の犠牲を出さないことだ。
空人は引き金を引いた。銃口が唸りを上げ、ゴブリンたちは蜂の巣になった。
「これで終わりか。あっけなかったな」
撃ち漏らしはないはずだ。
ガドリングシールドもカラカラカラと音を鳴らし、エネルギーが切れたというアラートが五月蠅く表示されている。
空人はセティヤたちのところに戻った。
「敵の増援は殲滅した。多少は安心だろうさ」
「空人。大丈夫ですか――?」
「ああ――大丈夫さ」
セティヤになにを心配されたのか、空人はわからなかった。
「辛そうな顔をしています」
「バイザーは遮光処理されて見えないはずだけどな」
「雰囲気でわかります。大変でしたね」
空人は無言で頷いた。
殲滅はいつものことだ。
デマルカシオンを生かして帰すわけにはいかない。
逃せば、誰かが犠牲になるからだ。
だが、いまはあまりにも一方的に殲滅した。
感情にまかせて、怒りを理由に敵を殲滅した。
自分は勇者と呼ばれる存在で、いま戦っているのはビジネスだからだ。
百億という報酬を得るため、敵を殲滅していく。
感情のまま、戦ってはいけない。
空人は深く息を吸い、吐いた。
「どうにもおかしいな。感情が高ぶっているのかもしれない」
「戦場でこんなことをいうのは難しいですが、冷静になってください」
「大丈夫さ。俺は勇者だぜっ」
空人は気丈に振る舞った。
オーランド王国を奪還する戦いは始まったばかりだ。
「しかしまあ、この人数を連れて行くのは大変だよな。どうする?」
「この国のレジスタンス組織、『霧の刃』に助けてもらえばいいわ」
スワーラが提案する。
「その『霧の刃』というのと、連絡手段があるのか?」
「既に連絡を取っているわよ。研究所を破壊したのを合図に、合流する手はずになっている」
「相変わらず手際が良いな」
「こういうのは得意分野よ」
スワーラは豊満な胸を自慢気に張った。
白い霧が立ちこめる。
かろうじて周りにいるセティヤやネウラ、スワーラは見えるが、視界は急激に悪くなった。
まるで吹雪のなかのような視界の悪さに、空人は周囲を警戒した。
十数メートル離れたところに、ぼんやりと人影が見えた。
人影は近づいてきて、姿がはっきりと見えた。
髭を生やした中年の男が、堂々と霧の中から現れた。
ただのレジスタンスには見えない。
無駄のない筋肉と鋭い眼光が、歴戦の戦士であることを物語っていた。
まるで、霧すらも従わせる王のような威厳がある。
男の側には護衛らしきものたちが、数人付き従っている。
「ついてこい。俺たちは『霧の刃』だ」
「わかったわ」
スワーラは元気よく言い、空人はスワーラに小声で尋ねた。
「大丈夫なのか?」
「心配は無用よ。リーダー直々のお出迎えだもの」
「間違いないのか?」
「『霧の刃』のリーダーをやる前は、軍の総司令官だったひとよ。私は王族として、会ったことがあるのよ」
スワーラがそう言うならば、大丈夫だろう。
空人たちは『霧の刃』のリーダーについていく。
「なあ、『霧の刃』のリーダーさん」
「ゼロスだ。この国の王族でもある」
「そいつは大した身分だな」
「デマルカシオンに侵食されていることに気づかなかった間抜けだがな。他の王族が洗脳されているときに、国外で秘密会談をして難を逃れたから運はいいほうだぜ」
ゼロスは肩をすくめる。
「霧の発生タイミングは熟知している。使われていない坑道も知っている」
ゼロスは数メートル先にある大きな岩を指を差す。
護衛の男達が岩をゆっくりと動かし、入り口を開ける。
「全容を把握しているのは俺だけだ。他国の侵攻を受けたときには、坑道を駆使して奇襲を繰り返すつもりだったからな。デマルカシオンの侵攻も想定していたが、こんな形で役立つとは思わなかったが」
ゼロスは口の端を歪める。
「ついてきな」
ゼロスに従い、空人たちは坑道のなかにはいる。