第47話
「ネウラ。あなたは空人に惚れていますね?」
「ハッ、姫さまはお見通しですね」
ゴブリンをロングソードで斬り伏せながら、ネウラは答えた。
セティヤの拳を受けたゴブリンの頭が弾け飛ぶ。
「ネウラお姉様は正直ですね」
「セティヤに嘘はつけないよ」
セティヤの右回し蹴りがバリケードごとゴブリンを蹴り飛ばし、ネウラのロングソードがゴブリンの首を斬り飛ばす。
「面倒ですね」
ネウラは一瞬、自分のことをいわれているのかと思った。
セティヤがそんなことをいうはずがないのに。
そんなことを考えてしまうのは、少しネガティブになり過ぎているのかもしれない。
セティヤが大きく息を吐いた。
右の手甲——レッドフィンガーに赤い光が収束し、次第に渦を巻くようにエネルギーが膨れ上がっていく。
周囲の空気が震え始めた。
赤い光はさらに強さを増し、セティヤの両手はまるで燃え上がる炎そのもののようだった。
そのエネルギーは集中し、もはや制御を超えるかのような圧力を生んでいた。
「殲滅、レッドフィンガァァァ!」
セティヤが右手を突き出す。
圧縮されたエネルギーが解き放たれる。
赤熱の閃光が炸裂し、猛烈な熱波が廊下を駆け抜けた。
バリケードが一瞬で灼け、ゴブリンたちは閃光の中心に呑み込まれ、影すら残さずに消滅した。
「さて、進みましょう。あなたの妹たちを助けて、空人との仲を進展させてください」
「セティヤ。あなたはいいの?」
この状況で聞くことではないのはわかっている。
いまは妹を救うために戦っていて、集中すべきなのはわかっている。
だが、聞かずにはいられない。
「正直、ネウラ以外だったら嫌ですよ」
「それはスワーラでも?」
「少し嫌ですね」
セティヤは苦笑する。
「あなたの妹たちを助けるときに、こんなことを話すのは間違ってはいると思っています。でも、こんなときだからこそ話したかったんです。いつ死ぬか、わからないのが戦場ですから」
セティヤははにかんだ。
その表情を見て、ネウラは心が痛んだ。
いつ死んでもいいように、悔いがないように話しかけてきた。
「私が死んでも、ネウラは躊躇わずに空人と恋をしてくださいね」
「セティヤ……」
ネウラは心苦しかった。
セティヤは死ぬかもしれないと思っている。
戦場に絶対はない。どんな敵が現れるか、わからないのが戦場だ。
いままで生き残ってきたのは運がいいだけかもしれない。
セティヤの言葉は理解出来る。
だが、彼女にこんな気持ちを抱かせた自分が悔しい。
「姫さま。あなたは死なせません!」
「私も死にたくはありませんよ」
「いいえ、なにがあっても守ってみせます! それが私の、セティヤ・フェッテ専属護衛騎士隊長ネウラ・デューサとしての誇りです!」
十二年前、木登りして落ちてきたセティヤを救ったとき、自分は心に決めた。
この新しい妹を守り切ろうと。
その誓いを違えたことはない。
「ありがとう。そしてごめんなさい。あなたが守ってくれるのに、私が死んだあとのことなんて話すのは失礼でしたね」
「いいえ、姫さま。戦場は過酷です。気弱になるのも無理はありませんっ」
「そうですね」
セティヤは頷いた。
「では、急ぎましょう。敵は一掃しましたが、増援が来るかもしれません」
空人とスワーラ、オーガたちは研究所の廊下を走っていた。
オーバーブラスターでバリケードごとゴブリンを一掃したため、敵の妨害はない。
数十メートル先の部屋のドアが開いていた。
部屋から漏れる灯りが、廊下を照らしている。
「罠かしら?」
「罠っぽいな」
空人とスワーラは互いの顔を見合わせる。
ドアにそっと近づき、室内に飛び込んだ。
十数体の白衣を着た黄色い肌のゴブリンがいた。
空人はクレセントムーンで次々に斬り伏せる。
たしかゴブリンは色によって知能に差があるという。
アパッチ等を操縦するのは知能が高いホワイトゴブリン。
技術者や整備を担当するのはイエローゴブリンだったはずだ。
仮に非戦闘員だとしても、生かしておく理由はない。
スワーラのほうをむけば、ゴブリンの喉にナイフを突き刺していた。
「やはり接近戦もいけるのか」
「王族だからね。妖精が使えない状況も想定し、徒手空拳でも武装したゴブリンを倒す訓練は受けているわ」
「この世界の王族は逞しいねえ」
頼りになるのはありがたい。
「それよりも、こいつはなんだ?」
空人は室内を見渡す。
椅子に人々が拘束されている。
ヘルメットを被らされ、まるで魂を削られるような苦しげな声が漏れていた。
人々の足元には魔法陣が青白く輝き、囚われた人々の体にじわじわと光が吸い込まれていく。
「これは拷問魔法よ。捕虜から情報を引き出すために使われるものだけど、危険だから――」
空人はスワーラの言葉を待つことなく、魔方陣を斬り裂いた。
人々の声は消えた。
スワーラはひとりひとりの無事を確認し、ホッと息を吐く。
「あんた、最後まで話は聞きなさいよ」
スワーラが呆れながら言う。
「どうせ慎重に解除しなければ、とんでもないことになると言うんだろう?」
「わかっているならば、もっと慎重に」
「大丈夫だという確信があったのさ」
空人は肩をすくめてみせた。
「また年の功とでもいうの?」
「簡単な推理だ。デマルカシオンの目的は人々を苦しめること。魔方陣を破壊して、死んだら苦しめられなくなる」
「つまり、この人たちは生きている限り、拷問魔法の苦痛を思い出して苦しむわけね。例え魔方陣を破壊して解放されたとしても」
「そういうことだ」
趣味の悪い話だが、奴らならばやりそうだ。
「わかったわ。とりあえず、この人たちを研究所の外に連れて行きましょう。お願い出来るかしら?」
スワーラはオーガたちに話しかけた。
オーガたちは頷いて、その巨体で意識を失った人達を纏めて抱きかかえる。
そのまま研究所の外に連れて行く。
「オーガは乱暴なイメージがあったんだけど、融通が利くのね」
「強いものに従うのが、オーガの掟らしいぞ」
「フェッテ家のフィジカルモンスターと一緒にしないでほしいわ。あれは数ある王家のなかでも別格よ」
セティヤとネウラもまた、同じように囚われの人々を見つけていた。
白衣を着た黄色い肌のゴブリンを倒したのも変わらない。
空人たちとの違いは、ネウラの妹三人がいることか。
「トゥエ、フォー、シックス!」
ネウラは妹たちを見つけて駆け寄ろうとした。
セティヤに肩を掴まれなければ、妹たちのところに飛び込んでいただろう。
「ネウラ。罠です」
「しかし……!」
「あなたの気持ちもわかります。ですが彼女たちを救うには、こうするのが一番です」
セティヤは魔方陣を殴りつける。
魔方陣が粉々に砕け散り、破片が宙に舞う。
ネウラは妹たちを解放するために、駆け寄った。
順にヘルメットを外していく。
誰もが意識はなかった。
「この人たちを至急、研究所の外に」
ネウラは付いてきていたオーガたちに指示を出す。
ここは危険だ。
そう判断したのは正しいかった。
ネウラは後ろを振り返る。
妹のひとり、トゥエがネウラの脳天にナイフを振り下ろしていた。
そのナイフを握った腕を、セティヤが掴んでいる。
「トゥエ、どうして?」
ネウラはわからなかった。
ヘルメットは洗脳装置だったのだろうか? だったら、セティヤに妹を傷つけないように頼まなければ。
セティヤの両手のレッドフィンガーが赤く染まる。
捕まれたトゥエの手が燃えていく。
「姫さまっ」
ネウラはとっさに叫んだ。
いつの間にか、トゥエはセティヤの背後に回っていた。
セティヤは後ろ回し蹴りで、トゥエを蹴り飛ばす。
「卑劣な罠ですね。肉親の情を利用して、私たちを罠に陥れようなんて。デマルカシオンのやりそうなことです。そうですね、シェイプシフター!」
「ククク、いつ俺に気づいたのかな?」
トゥエの姿をしている。
だが、その声は性格の悪そうでねちっこい。
トゥエの姿が変わる。
骸骨が黒いローブを着ている。
右手には大きな命を狩るのに適した大鎌を握っていた。
あれはアンデッドのリッチだろうか。
「俺はリッチシェイプ。この研究所の所長をしている」
「あなたの目的はなんです?」
「俺は元の世界に戻りたい帰還派という奴だ。『無尽の戦乱』派とは目的が異なる。しかし、派閥争いなんて不毛だろう? 無駄な労力だ。俺たち帰還派もこの世界に怨みがあるのは変わらない。だから考えた! この世界の魔法を使い、この世界の住人に終わらない悪夢をみせる!」
「趣味が悪いですね」
「貴様らが勇者召喚というくだらないことをしなければ、こんな結果にはならなかった」
「勇者を召喚しなければ、私たちにいまはありませんでした」
「だから俺たちの犠牲は仕方ないと言いたいか!」
リッチシェイプの声が怒りに震える。
「ふざけやがって! いまここで貴様らの首を刈り取ってやる!」
リッチシェイプが大鎌を振り下ろす。
怒りに震えているが、その剣筋は淀みがない。
卓越した技量の持ち主だと一目でわかる。
「セティヤ!」
ネウラはセティヤとリッチシェイプの間に入ろうと跳んだ。
——間に合わない。
ネウラの心のなかに焦りが生まれる。
セティヤが強いのは知っている。
だが、セティヤとは相手が悪い気がした。
つまり死ぬ可能性がある。
——こんなところで、セティヤを。
リッチシェイプの大鎌の刃が、セティヤの首元を捉える。
セティヤはレッドフィンガーで弾こうとするが、直前で鎌の軌道はセティヤの胴体に変わる。
クレセントムーンが大鎌の刃を受け止めたのはそのときだった。
「未来の嫁を守るために、助けに来たぜっ」