第46話
夜の帳が静かに降り、オーランド王国南部の森林地帯は闇に包まれていた。
木々の梢が風に揺れ、時折、葉擦れの音が不穏なささやきのように響く。
空人たちは、息を潜めながら獣道を辿り、森の奥へと進んでいた。
「僅か五日でここまで来られたのは、ほんと便利だな」
「森林同盟六州内は転移ゲートで簡単に移動出来ますからね。森林同盟六州を出たらフォーラレとバスでの移動になりましたが、『インビジブル』の効果で敵に発見されないのでスムーズに来られました」
「この獣道も車輌で移動出来れば楽だったんだが、ここまで何事もなかったんだからラッキーだよな」
道中でデマルカシオンの部隊を何度も見た。
発見されていれば、戦闘になり、余計な時間を喰う。
敵の警戒も強まり、戦闘も増えただろう。
『インビジブル』は本当に役に立つ。
「問題は『インビジブル』は激しく戦うと、効果が切れることだな」
「戦闘中でも移動するだけならば、『インビジブル』は解除されないんですけどね。姿を消したまま戦うのがフェアでないのは確かですが」
「物量差を考えれば、不可視で攻撃するのはハンデくらいだと思うけどな。まあ、いいさ」
そもそもシェイプシフターを倒して、スキルが開放されるというシステムがよくわからない。
最初からスキルを全て開放してくれれば楽なのに、なんらかの制限が掛かっている。
何者かの思惑を感じなくもないが、いまは目の前に集中だ。
ゴォォォォォ――、という滝の音が聞こえてくる。
目的の滝は近いようだ。
空人は足を速める。
セティヤ、ネウラ、スワーラ、オーガたちも続く。
段々と滝の音が大きくなってくる。
近づいているのがわかる。
「あれか」
空人は呟いた。
深い森の奥、巨大な滝が轟音を響かせていた。
岩肌を滑る水流は銀色の光を帯び、白い霧となってあたりに立ち込めている。
空人たちは周囲を警戒しながら、滝に接近する。
情報では滝の裏側にデマルカシオンの秘密研究所があるという。
空人は慎重な足運びで、白い霧を越えて、滝の裏側に足を踏み入れた。
人工的な鉄扉がはめ込まれている。
遠目には白い霧で隠され、近寄らなければわからない。
いかにも秘密の研究所といった感じだ。
見張りはあえていないのだろう。
もし見張りがいれば、なにかの施設があるのだと知らせているのと一緒だ。
「スワーラ。なにを研究しているのかは、本当にわからないんだよな?」
「不明ね。わからないわ」
「そうか――」
空人は鉄扉を睨んだ。
「研究所の詳細は不明。さて、どうするか」
「まずは二手に分かれましょう。空人とスワーラ、それからオーガが二十名。私とネウラ、残りのオーガたちというのはどうでしょうか? 他にも分岐点があると思うので、状況に合わせてわかれれば探す効率はいいと思います」
「その案に俺は賛成だが、みんなはどうだ?」
ネウラ、スワーラ、オーガたちは一斉に頷く。
「研究所内にシェイプシフターや強力な敵がいる可能性がある。もしも強敵に遭遇したら、真っ先に逃げてくれ。自分の命を最優先だ。研究所で捕らわれているひとがいたとしても、置いて逃げろ。いいな?」
「あたしの精霊を人数分、配っておくわ。単独で動くことがあるかもしれないから、連絡が取れるはずよ」
スワーラが四十三体の精霊を召喚し、精霊の身体のそばを精霊が舞う。
「この鉄扉をいまからぶった斬る。警報装置が鳴るだろう。覚悟してくれ」
空人はクレセントムーンを抜き、鉄扉を袈裟に斬った。
研究所内に突入。
予想通り、警報が鳴り響く。
「ご丁寧に道がふたつに分かれているぜ」
空人は笑った。
「俺は右側に行く。スワーラとネウラは左を頼む」
「敵の襲撃は想定済みか」
空人は左腕のガドリングシールドを、バリケードを構築したゴブリン達に向けながら呟いた。
バリケードは床のブロックがせり上がったものだ。
ゴブリンはバリケードに身を隠しながら、AK47の引き金を引く。
耳をつんざく銃撃音が、広い廊下に轟いた。
空人はガドリングシールドの銃口を向けた。
ガドリングシールドの銃身が回転を始める。
高速回転する銃口は夥しいビームを放ち、バリケードを貫く。
バリケードの隙間からゴブリンたちの死骸が崩れ落ち、焼けた金属と血の匂いが充満する。
廊下から銃弾が飛んでくる。
新たなバリケードが構築され、ゴブリンがAK47を向けていた。
空人はガドリングシールドで、バリケードごとゴブリンを蜂の巣にする。
空人たちは破壊したバリケードを越えた。
新たなバリケードが空人たちの前に立ちはだかった。
「まるで時間稼ぎだな。これは当たりか?」
「そうかもしれないわね。でも時間が掛かるわ」
「面倒だからあれを使う。オーバーブラスター!」
空人の眼前が輝き、十字架型のビームキャノン――オーバーブラスターが構築される。
空人はオーバーブラスターを構えた。
その砲口から放たれる微かな光の粒が集まり、次第に眩い輝きを放ちはじめる。
危険を察したゴブリン達がバリケードから飛びだして、後ろに逃げ出していく。
そのゴブリン達をビームが飲み込む。
人質がいるから、出力も抑えている。
その分、チャージする時間は早い。
「これで移動が楽になったな」
「あんた、無茶するわね」
空人の傍らでスワーラが苦笑する。
「面倒なのは嫌いなんだ」
「その割には女関係で面倒なことになっているみたいだけど?」
「なんのことだ?」
スワーラは盛大にため息を吐いた。
「ネウラの気持ち、気づいていないみたいね」
「おいおい、なんの話だ? 俺とネウラはただの戦友だぜ」
「あんたが鈍感だってことはわかったわよ」
スワーラは再びため息を吐いた。
「あんたの惚れ惚れする剣技は、剣士ではないあたしから見ても見とれるわよ」
「そうかね。剣技だけで惚れるならば、俺のうえはいくらでもいるぜ。いままで戦ってきたシェイプシフターどもは俺に勝るとも劣らない強敵だらけだ」
勝てたのは飛太刀二刀流の技が知られていない。初見殺しなのは大きい。
つまり運が良かった。
「ううん――それだけとは思わないけど。あんた、ネウラを何度も助けたでしょう」
「仲間だからな」
「他になにかない? 気の利いた台詞を吐いたとか。あんた、結構キザなこと言うし」
「スワーラ。はっきり言うぜ。あんたの出した条件全て、俺以外にも当てはまると思うぞ。ネウラはあれだけの美貌の持ち主だ。他の男が放っておかないだろう」
スワーラはなにを言っているのだろうか。
多分、勘違いだろう。
戦いが終わったあとに、ネウラもつれていくとは約束している。
だが、それはセティヤの付き添いだ。
あのふたりの深い絆ならば、互いに離れたくはないと思うのも理解出来る。
「あの子がデューサ家でなければ、縁談で持ちきりだったわよ」
「それはどういう意味だ?」
「ネウラの家は全員が娘で、騎士になっている。騎士は平時でも命を落とす危険があるわ。家の存続を考えていないのよ」
「この世界でも家の存続は大事なんじゃないのか?」
「大事よ。でも、デューサ家は特別なのよね」
スワーラは歯切れ悪くいう。
躊躇っているようだ。
武装したゴブリンが背後から来る気配を感じ、空人は背後を振り向きながらガドリングシールドを構えた。
「それよりもいまは戦いに集中するぞ」