第45話
月明かりが窓から差し込み、静寂に包まれた部屋を優しく照らしていた。
木の香りが漂う室内は、森林同盟六州の伝統に則った造りで、壁には細やかな彫刻が施されている。
空人たちは激動の日々の疲れを癒すように、それぞれの方法で休息をとっていた。
ベッドに横たわりながら天井を見つめる者、静かに瞑想をする者、窓辺に腰掛け、夜風を浴びながら遠くの森を見つめる者――彼らは皆、それぞれの思考に耽っていた。
「……もはやマイホームだな」
空人はソファーに横たわりながら呟いた。
「モリコ王国から避難民たちを連れて、ここまで来るのに十日でしたか。避難民達を守りながら戦うのは、ラーテとの戦いとは別の意味で疲れましたね」
「渓谷があったから、敵の動きはある程度制限できたけどさ。キツかったな」
「あたしがいたから、敵を早期発見出来たわ。感謝しなさい」
スワーラがその豊満な胸を張る。
「感謝しているぞ~」
空人は手を振る。
「あら、あたしが離れてもいいのかしら?」
「すまない。あんたにはいて欲しいから、本当に感謝しているわ」
「わかればよろしい」
スワーラはにこりと笑顔を浮かべてみせた。
「やはり労働のあとの休みというのは最高だな」
空人はソファーの上で屈伸する。
その言葉に共感するように、セティヤとスワーラは頷く。
ここは戦場ではない。
追われることも、誰かを追うこともない。ただ穏やかに時が流れる場所。
願わくば、永遠にこの場にいたい。
「だが、そうも言っていられないよな」
空人はソファーから起き上がり、夜風を浴びているネウラのほうをむいた。
「ネウラ。話がある」
ネウラは夜風を浴びながら、考えていた。
自分はもう必要ないのではないかと。
この戦いを通じて、セティヤは見違えるほど強くなった。
『レッドフィンガー』は強力で、多くの敵を撃破出来る。
スワーラもフェアリーテイマーとして、戦場を埋め尽くすほどの妖精を操ることが出来る。
モリコ王国の避難民たちをひとりも犠牲もなく、連れてこられたのはスワーラが常に妖精で索敵して、敵を察知していたからだ。
セティヤとスワーラは王族で、自分とは違うのだと自覚する。
自分の父は亡くなられた国王の弟で、公爵だ。
セティヤとは親戚だが、根本から違うのだろう。
王になれる資質のものとそうでないもの。
もしかしてセティヤがいなければ、自分が『レッドフィンガー』を継承出来たのかもしれないい。
セティヤがいなければ、空人を召喚したのは自分だったかもしれない。
もしそうならば、空人と約束を交わすのは自分だったのではないか?
そんな邪な気持ちを抱き、自嘲する。
自分はセティヤに嫉妬しているみたいではないか。
空人に惚れているみたいではないか。
――ありえないわね。私が誰かに惚れるなんて。セティヤの許嫁に惚れるなんて。
空人は強い。そして優しい。
策も巡らせて、勝利を掴んできた。
顔だって、割合好みだ。
だが間違っても、セティヤを悲しませるようなことはしない。
彼女は大事な主であり、妹でもある。
「ネウラ。話がある」
空人が話しかけてきて、ドキリとした。
だが、空人の声色は重い。
セティヤとネウラも暗い顔をしている。
自分だけ蚊帳の外に置かれているのだと察して、ほんの少し嫌な気持ちになった。
スワーラが資料を手渡してくる。
ネウラは一瞥し、表情が硬くなる。
「ごめんね、ネウラ。スワーラから情報を手渡されたのですが、ラーテとの戦いに集中するために黙っていました」
「ハッ……姫さまの判断は正しいと思います。もしこの情報を知らされていれば、私はラーテとの戦いに集中出来ませんでした。モリコ王国から避難民たちを連れていくときにも、集中を欠いていたのは間違いありません」
自分の声が動揺しているのがわかった。
セティヤの判断はこの世界を救うものとして正しい。
目の前で大切な人達を殺されても、悲しみに暮れることなく戦い続けている。
だから教えてくれなくて、当然だった。
「私の妹たちが生きていたこと、教えてほしかったです……セティヤ」
「ごめんなさい」
「あなたが謝ることじゃないのはわかっている。悪いのは役に立たない私なんだから。セティヤはちゃんと考えてくれたんだよね」
仮面が剥がれる。
セティヤとの主従関係ではなく、ふたりだけの状態になってしまう。
ここには空人とスワーラがいるのに、仮面がかぶれない。
「少し散歩してくる」
ネウラは俯きながら、貴賓室を出た。
いまの自分はセティヤの護衛として、失格だ。
この顔を誰にも見られたくはなかった。
十五分後、ネウラは貴賓室に戻った。
いつものように仮面を被っている自覚はある。
「姫さま。先ほどは失礼しました」
ネウラは恭しく頭を下げた。
「俺はいいと思ったけどな。セティヤとネウラ、ふたりは付き合いは長いと聞いていたけど、ふたりだけだとあんな感じなんだな」
「空人殿。あまりからかわないでいただきたい」
「それは失礼した」
空人は肩をすくめてみせる。
どうにも調子が狂う男だと、ネウラは思った。
妙に馴れ馴れしいというか、距離感が近い。
少々キザな言動をするが、きちんと結果を出すからあまり文句も言えない。
セティヤは惹かれているのは間違いないのだから、彼女だけを見ていてほしい。
そうでないと自分は――
「姫さま。断言しておきますが、妹たちの救出は後回しにしていただいて構いません。妹たちは皆、騎士として国家の忠誠を誓っている身です。その忠誠は生涯変わることはありません」
「ネウラ。あなたも妹たちも大事なフィウーネ王国の国民です」
「しかし我々は騎士です! 散っていった部下達も民を守るため、自らの命を投げ出したのです! フィウーネ王国から森林同盟六州へ来るときに何人が命を落としたのか」
ネウラの部下達は家族のことを心配し、避難民達を守るために命を散らしていった。
フィウーネ王国で騎士になるには一般家庭から志願するものと、貴族の次男、三男、といった家を継げないものがなるふたつのパターンがある。
ネウラの部下達はデマルカシオンが侵攻する前から従っていたものたちと、避難途中で合流した騎士たちのふたつに分かれる。
合流した騎士たちは一般家庭出身が多く、家族の生存は絶望的と思われる領地の出身が多かった。
それでも懸命に戦ったのは、民を守るという使命感を強く抱いていたからだ。
「ネウラは真面目だね。でも、そんなに真面目だと欲しいものは手に入らないわよ」
スワーラは呆れながらに言った。
「あなたと違って、騎士の誇りを抱いて生きているのです」
「あたしも王族としての使命感は持っているわよ。故郷を取り戻すのが一番の目的。そのための情報収集したから、あなたの妹たちが生きているのもわかったわ」
「そのことには感謝していますし、迷惑とも思っています。姫さまは残りの勇者の子孫を仲間に引き入れるという使命があります」
騎士として、優先順位を間違えるつもりはない。
森林同盟六州の長であるキビセルカは、勇者の子孫を集めること――より正確に言えば、勇者の子孫は歴代の勇者の武器を使えるから、集めるように言われた。
モリコ王国を救ったのも、そこにスワーラがいるという情報を手に入れたからだ。
「オーランド王国は知っているわね?」
「ハッ、東部諸国のなかでも北西に位置し、デマルカシオンと隣接している国です。良質な鉄などの鉱物資源が取れる国として、輸出が盛んです。また霧が発生することでも知られています」
「そのオーランド王国は五年も前から支配されていたのよ」
「まさか。そんなことがあるはずが――」
「オーランド王国を支配しているのは、コカトリスシェイプ。精神操作で人々を操ることに長けたシェイプシフターよ。霧の発生に合わせて、採掘した資源を移動させていたらしいわ」
デマルカシオンに五年も前に支配されていたことにも驚いたが、スワーラの情報収集能力にも舌を巻く。
自分は必要ないのではないかという気持ちがますます強くなり、ネウラは軽くため息を吐いた。
スワーラは貴賓室のテーブルに、オーランド王国の地図を置いた。
「ネウラ、ここを見て」
スワーラが地図上の一角を指さし、冷静な口調で話し始めた。
「あなたの妹たちはオーランド王国の地下施設に捕らえられているわ。この場所ね」
ネウラは息を飲み、スワーラの示した地点を見つめた。
自分にはもういないと思っていた家族。
森林同盟六州にいなかったから、助からなかったと諦めていた。
いつかその記憶すら薄れてしまうのではないかと思っていた妹たちが、ここにいるかもしれない――その事実は、喜びと同時に不安を彼女の胸に刻み込んだ。
「本当に……妹たちは生きているのですか?」
震える声で尋ねるネウラに、スワーラは力強く頷いた。
「ええ。情報は確かよ。でも、急ぐ必要があるわね。ここは実験施設らしいのよ」
「……なんの実験施設なのですか?」
ネウラは喉が渇くのを感じた。
答えを聞きたくはない。だが、聞かなければいけない。
「不明ね」
「そうですか――では、後回しにしていいです。はやく他の勇者の子孫に接触し、仲間になってもらいましょう」
これまでのデマルカシオンとの戦いから、妹たちがどんな状態になっているかは想像がつく。
少しでも早く苦しみから解放したいが、優先すべきは自分の家族ではない。
「駄目ですよ、ネウラ」
セティヤがネウラの手を優しく握った。
「助けて、と言っていいんです。言ってください」
「ですが姫さま……」
「ネウラお姉様。あなたは口にしていいんですよ」
「セティヤ……」
ネウラは自分の仮面が剥がれているのを感じた。
仮面をつけたばかりなのに、もう外れてしまった。
「助けて……私の妹たちを助けて……」
「わかりました。みんなで助けに行きましょう」
空人とスワーラが力強く頷く。
ネウラの頬から一筋の涙がこぼれ落ちた。
セティヤの、空人とスワーラの優しさが胸に染みる。
大泣きしたい気分だが、それは我慢する。
自分はセティヤの護衛の騎士だ。
こんなところで泣き出すようなことはプライドが許さない。
「ネウラ。あんたは誤解しているようだが、オーランド王国の攻略は意味があるんだぜ。オーランド王国はレアアースやレアメタルが採れる。レアアースやレアメタルというのは、デマルカシオンの戦車や戦闘ヘリを製造するうえでは欠かせない材料だ」
「つまり、そのレアアースやレアメタルがないと、デマルカシオンの戦力が大幅に落ちると言うことでしょうか?」
「そういうことだ。シェイプシフターは強力だが、戦車や戦闘ヘリがいなければ、デマルカシオンの戦力はがた落ちだ」
ネウラは頷く。
デマルカシオンの兵器群には苦汁をなめさせられてきた。
あの兵器群がいないだけで、戦いはずっと楽になる。
「わかりました。ありがとうございます」
ネウラはお礼をいう。
「どういたしまして。美人の笑顔をいただいて、礼を言うのはこっちかもしれないな」
空人はキザなことをいう。
だが、それは自分を気遣って言ってくれたとわかっているから、とても嬉しかった。




