第32話
「どうしてあんたはこの世界を滅ぼしたいんだ?」
空人はベルグに話しかけた。
ただ待つのもつまらないし、情報を引き出せるからだ。
「誤解しないでいただきたい。私はこの世界を滅ぼしたくはない。元の世界に戻り、復讐を果たしたいだけだ」
「元の世界に戻って復讐か」
シェイプシフターたちは必ずしても、この世界への復讐だけが目的ではない。
一枚岩でないのはわかっていたが、復讐の対象も違うのは意外だった。
「私の父はナチスの技術者だった。ドイツの敗戦後、南米に逃れ、私は生まれた。幸せだったが、父はナチスの一員ということで私の目の前で逮捕されたよ。ちょうど私の誕生日だったな」
「そいつはなんというか、まぁ」
「あの日のことは忘れない。父が買ってきてくれた誕生日ケーキは、捜査官に踏み潰された」
ベルグの瞳に哀愁と怒りが混じった。
トラウマなのは間違いないだろう。
「勝者は虐殺が許され、敗者は裁かれる。それがこの世の理なのは理解している。ならば、私が勝者となり虐殺しても許されるはずではないか? あの日、父が買ってくれたケーキを踏み潰したように、私が元の世界を踏み潰してもいいのではないか?」
ベルグの瞳に宿る狂気が鈍い輝きを増す。
「あんたの理屈はわからなくもない。だが、間違っている」
「ほぉ、どう間違っている? 君は日本人だろう? 君の故国は空襲を受け、随分と人命が失われたと聞いたが。空襲を命令したものたちは裁かれたのか?」
「裁かれちゃいないし、俺も気に入らないとは思っている」
日本への空襲は明らかに国際法違反だ。
どんな大義名分を掲げてもそのことは間違っているし、許されることではない。
だが、過ぎた過去に囚われては前に進めない。
「私の母は日系人だ。君と四分の一は同じ民族なのだよ。その私でも随分と怒りを抱くのだが、純粋な日本人の君がその程度とは」
「民族とかそんなことはどうでもいいだろう!」
「人は民族に捕らわれる生き物だ。まあ、私はそんなものはさほど気にしないがな」
ベルグは苦笑する。
「デマルカシオンのなかには、私のように元の世界に戻りたいと思うものは多い。私のように世界に復讐したいと願うものもいれば、家族と再会したいものもいる。動機は様々だが、必ずしもこの世界への復讐だけが目的ではないのだ」
「意外だな。あんたのような奴がいるとはさ」
「召喚された勇者のなかには、元の世界に戻されたものがいるという話を知ったからだ。その話を知らなければ、私もそう考えなかっただろう」
「俺と同じかよ」
空人も元の世界に戻れるから戦っている。
同じ目的だとわかると、どうしても親近感を抱いてしまう。
「私はこの世界を支配し、元の世界に戻ってみせる。地獄に墜とすことではない」
「そいつはマシなのかね。地獄に落とされるよりはさ」
「そう思うならば、貴様の認識は甘いといわざるを得ないな」
ベルグは嘲笑した。
「元の世界を蹂躙するための戦力を送るためには、どれだけの魔力が必要だと思う? 私は元の世界を文字通り踏み潰す。その力はこの世界で手に入れた」
「踏み潰すというが、どうするつもりなんだ」
ベルグは誕生日ケーキを踏みつけられたのがトラウマなのはわかる。
もし自分が同じ経験をしたら、同じように苦しむだろう。
だが、本当に踏みつけるわけにはいかない。
この男が世界を踏みつけられるとしたら、どんな方法がある?
「まさか、あんたはあのドイツが計画した――」
ベルグの唇の端が釣り上がる。
それと同時にドアが動く。
VIPルームに客がひとり、入ってきた。
賭けは空人の勝ちになるだろう。
「賭けは守る。私はいまこの瞬間に、東部方面軍の総司令官を辞する」
ベルグは悔しがることもなく、あっさりと認めた。
空人は訝しむ。
この男の狂気は本物で、諦めるとは思わなかった。
ベルグが懐に手を伸ばし、ナイフを取りだしたときに、空人はクレセントムーンに手を伸ばす。
ベルグが一人の魔族の近づいた。
ベルグは賭けを楽しんでいるその魔族の頭頂部に、ナイフを突き立てる。
魔族の頭から血が吹き出し、テーブルに倒れ伏せた。
「この男はモリコ王国侵攻軍の司令官だ。自分に課せられた仕事を怠り、カジノで遊ぶ行為は万死に値する。他のシェイプシフターと話し合い、処分が決定していた。だから死んだ。代わりに、私はモリコ王国侵攻軍の司令官になった」
ベルグは淡々という。
「てめえ、部下をむざむざと!」
「散々、我が部下達を屠ってきたものの言葉とは思えぬな。その両手でどれだけの命を奪った? これから奪うつもりだ?」
「そいつは……」
空人は言葉に詰まる。
命を奪ってきたことは事実で、その行為に違いはない。
ベルグを責める権利は自分にないのかもしれない、そう思ってしまう。
そんな動揺する空人に、セティヤが助け船を出してくれた。
「空人は味方の命を奪うことはしません。敵と味方、命は同じですが、仲間を無惨に奪うものを私は認めません。倫理なきあなたと空人は一緒にしないでください!」
「セティヤ……」
空人は感謝した。
そんな風に言ってくれるとは思わなかったし、自分を認めてくれていたことに胸が熱くなる。
ベルグに複数の警備員が、警棒を取り出して迫る。
荒事禁止のVIPルームで、殺しを行ったベルグを放置することは、カジノの沽券に関わる。
警備員たちが警棒を振るう。
その動きはよく訓練されたもので、元軍人だろうと察せられる。
それも特殊部隊の出身だと思われる。
「遅い!」
ベルグは最小限のみのこなしでかわし、警備員たちの喉を撫でるようにナイフを振るう。
瞬く間に警備員たちの喉から血が吹き出し、その場に倒れた。
VIPルームの床を、警備員たちの血が染めていく。
「ここで仕留めさせてもらうぜっ」
空人はベルグに肉迫し、クレセントムーンを抜き放つ。
激しく金属がぶつかり合う音が響いた。
「やるな、狼男!」
「ウルフシェイプだ」
狼男ことウルフシェイプが、いつの間にか抜いたナイフでクレセントムーンを受け止めていた。短いナイフで受け止められるその技量と膂力に感嘆の念を覚える。
「ベルグの夢は私の夢だ!」
「あんたも似たような境遇かよ!」
「そう思ってもらって構わない」
ウルフシェイプは、空人の腹を蹴ってくる。
空人は空いた左手で受け止め、ウルフシェイプの足を掴む。
持ち上げて体勢を崩そうとしたが、ウルフシェイプはもう片方の足で空人の左手を蹴り、拘束を逃れる。
ウルフシェイプは空中で一回転し、体制を整える。
大した運動神経だ。
一筋なわではいかない。
「ウルフシェイプ、退散するとしよう。目的は達成した」
「はっ」
ベルグは何事もなかったかのようにドアに向かう。
セティヤが立ち塞がった。
「ここで逃がすと思っているのですか?」
「仮に私を殺せば、このカジノは吹き飛ぶがそれでもいいのかね?」
「とどめはカジノの外でつけます。ただ、あなたはここで瀕死の状態にさせてもらいます」
「それは怖いことだ。綺麗なお嬢さんには似合わない台詞だな」
ベルグはわざとらしく肩を震わせてみせた。
「このまま最後なんて、つれないわね。ベルグ」
「おや、スワーラ嬢も私を引き留めてくれるのか。美女ふたりに迫られるとは、これがモテ期という奴かな?」
「冗談を言う余裕があるのかい?」
スワーラの妖精が、いつの間にかベルグの周りを囲んでいる。
「ふむ、これではそこのドアから帰ることはできなさそうだ」
「逃がさないよ、ベルグ」
「ここがVIPルームだと言うことを忘れているらしい」
ベルグが両手を挙げた。
それを合図かのように、VIPルームを煙幕が急速に充満し始める。
「逃がすか!」
セティヤがベルグがいた場所に拳を振るう。
手応えはなかった。
充満した煙幕に、セティヤとスワーラ、他の客たちが咳をし始める。
空人はヘルメットを被っているから平気だが、毒性はないと表示されている。
それがせめてもの救いか。
「では、諸君、失礼させてもらうよ」
ベルグの声が聞こえるが、反射してよくわからない。
煙幕が消えたあと、ベルグの姿はどこにもなかった。
ウルフシェイプや他のデマルカシオンの幹部たちの姿もそっくりと消えていた。




