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100億円契約の勇者と復讐の帝国   作者: アンギットゥ
第5章 陸上巡洋艦ラーテを迎撃せよ
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第30話 






 門の内側は活気が溢れた街が広がっていた。

 煉瓦造りの背の高い建物が建ち並び、キャパオーバーと思えるくらいの数の人々が行き交っている。


「セティヤ。人気のないところに行こう」


 空人とセティヤは人気のない路地裏に入り込み、インビジブルを解除する。

 人を探すときには姿が見えたいほうが都合はいい。

 それにこの人混みの多さだと、自分たちは目立たないだろう。

 

「すごい人出だな」

「東部諸国中からひとが逃げてきましたからね。許容範囲を超えているのでしょう」

「この国がデマルカシオンの次の標的か」


 空人は険しい表情でつぶやく。


 デマルカシオンの本格的な攻撃が始まれば、この人たちはここも追われることになる。

 流浪の民として、厳しい生活をするのだろう。

 森林同盟六州にたどり着けるのはどれくらいか。

 

「目的のスワーラは、どこにいるかね」


 これだけの人が密集していると、探すのも一苦労だ。

 とりあえず、路地裏に向かう。

 インビジブルを解除した。

  

 見えない状態では、こちらとしても探しづらい。


「やっほー、久しぶり。セティヤちゃん。聞こえる?」


 セティヤの肩に、何者かが手を掛けた。


「スワーラ?」

「久しぶりっ。元気だった?」

「どうしてあなたは、私がここにいるとわかったのですか?」

「堅いよ、セティヤちゃん。町娘に扮していたときは、町娘っぽい話し方をしていたじゃない」

「いまは町娘ではないので」

「そうだね。相変わらず、とびきり綺麗だもんね。あたし並みにだけど」


 スワーラと名乗った女性はふふっと蠱惑的な笑みを浮かべてみせた。


 その容姿は自分に自信があることを示していた。


 透き通るような白い肌は陶磁器のように滑らかで、ほのかに薔薇色の血色が宿っている。


 身体のラインを引き立てるタイトなデザインの黒いドレスを身に纏い、胸元には精緻な刺繍が施されている。


 そのドレスの裾からは、軽やかに揺れる薄い紗布が流れ落ち、彼女が動くたびに優雅な光の反射していた。


「そろそろあなたたちが来ると思っていたから、こっそりと妖精を街のあちこちに飛ばしていたんだよ」


 スワーラは蠱惑的な笑みを浮かべてみせた。


「あら、視線を感じるんだけど。あたしに見惚れている?」


 スワーラはしなやかで流れるような長い銀髪を揺らしてみせた。


「否定はしないさ」

「正直な男は好きだよ」

 

 スワーラは空人のバイザーを覗き込んでくる。 

 その瞳は深い紫色で見る者を吸い込むような神秘的な輝きが放たれていた。


「要件はわかっているよ。あたしを迎えに来たんだろう?」

「話が早いな」

「セティヤちゃんたちが大活躍しているのは聞いているからね。でも、セティヤちゃんと勇者だけでデマルカシオンを倒すことは不可能。だから勇者の子孫を探している。違うかな?」

「そこまで情報が伝わっているならば、話は早いな。協力してくれないか?」

「協力したいのはやぶさかなんだけど。無理なんだよね」


 スワーラは肩をすくめてみせた。


「どうしてですか?」

「あたしとしては、放っとけないというか。もう見捨てたくないんだよね。いまはモリコ王国でデマルカシオンの侵攻を抑えているけど、いずれは耐えられなくなる。そのときにあたしの力は必ず必要になる。


 だからあたしはそのときに備えて、ここにいたいのよ」

「それはたったひとりでデマルカシオンを撃破する自信があるということですか?」

「あたしたちのご先祖様が残した勇者の武器は、それだけ強力ということだよ。強力無比すぎて、かつての魔王軍をたったひとりで撃滅出来る能力があるくらいだからね」


 スワーラは言葉を切り、息を吐く。

 

「あたしはシュライバー王族のたったひとりの生き残りで、民を見捨てて逃げた負い目があるんだ。セティヤちゃんもわからない?」

「理解出来ます。故郷に戻ったのですが、大勢の人たちが生きていました。民を家族が生きていないという甘い願望で、大勢の大切なひとたちを見捨てたも当然です」


 セティヤの顔に後悔が浮かぶ。

 先祖の勇者が使った武具を手に入れるために戻ったフィウーネ王国で、セティヤは大切なものを失った。そのことは後悔してもしきれないだろう。


「ところであたしは外の情報を結構手に入れているんだ。例えば勇者が召喚されて、大活躍しているとかさ。その理由、わかる?」

「妖精を使っているからでしょうか?」

「残念ながら、妖精は限定的な範囲でしか使えなくてね。最も決められた範囲の妖精はかき集められるから強いんだけど」

「お手上げです」


 セティヤは両手を挙げてみせた。


「正解はカジノよ」

「カジノですか?」

「百聞は一見にしかず。実際に行ってみれば、わかるわ」


 空人たちはスワーラに案内され、人混みのなかを離されないようについていく。

 あまりにも人が多すぎて、ついていくだけでも大変だ。

 十数分歩いただろうか。

 

 ひときわ豪華な建物が見えた。

 スワーラが「あそこだよ」と指差し、慣れた足つきで向かっていく。

 建物の入り口には金と宝石が飾られ、うえには「フォーチュンパレス」というでかい看板が張られている。


 仕立てのいい服を着込んだボーイが立ち、スワーラを見ると恭しく頭を下げた。

 スワーラはボーイに話しかけ、「どうぞ入ってきて」と空人たちに促す。

 このカジノでスワーラは上得意様だとわかる。

 

 スワーラの案内で内部に入る。


「こいつはまた」


 空人は息を呑んだ。

 隣でセティヤの息も飲む音が聞こえたので、彼女も馴染みがないのだろう。


 そこは欲望と歓声が渦巻く空間だった。

 

 大理石の床が月光のような輝きを放ち、シャンデリアのきらめきが天井一面を照らしている。

 ルーレットやカードテーブルが並び、思い思いにゲームを楽しむプレイヤーたちがいた。

 彼らの笑い声や歓声が溶け合い、空人はなんとなく嫌な気持ちになった。


「当てられちゃったかな?」

「カジノなんて来るのははじめてだからさ」

「あたしは毎日通っているわよ。無敗の女王様なんていわれて、慕われているんだから」

「それは追い出されないのか? カジノって勝ちすぎる相手は嫌うものだが」

「ご心配なく。あたしという妖艶な花に引き寄せられて、客が押し寄せてくるのだからむしろ儲かっているのよ。カジノは幾つもあるけど、あたしのおかげでナンバーワンになれているのだから」


 道理で入り口のボーイが丁寧で敵意がまるでなかったわけだ。

 

 スワーラは歩く。

 ルーレットやポーカー台を素通りし、奥へと続く廊下を歩いて行く。

 重厚な扉があり、二人組にボーイが控えている。


 特別な客のみが入れる場所だと暗に示していた。


 スワーラは立ち止まり、空人とセティヤに振り向いた。


「ここから先は、驚くのは厳禁よ。顔には出さないでね」


 空人とセティヤは頷く。

 スワーラが近寄ると、ボーイが慣れた手つきで重厚な扉を音を立てて開ける。


 扉の奥に広がるのは、カジノの中でも特別な「王の間」だった。金と黒を基調とした空間は、豪奢でありながら不思議な緊張感を漂わせている。中央に配置された巨大なカードテーブルの上には、奇妙な模様が浮かび上がる魔法のオーラが渦巻いていた。


「ここは、モリコ王国でも特別なものしか入れない場所。VIPルームよ」

 

 スワーラは振り返り、空人とセティヤを一瞥する。

 その瞳はどこか楽しげだ。


 空人はVIPルームを見渡す。

 腰の刀に手を伸ばした。

 スワーラはごく自然な動作で、空人の手に触れて制止する。


「驚かないでといったでしょう。もちろん暴力沙汰も厳禁よ」


 スワーラが空人の耳にそっと耳打ちしてくる。

 

 空人は右手を上げて、手首を振るう。

 戦う意思はないという意思表示だ。

 

 制止したスワーラへのアピールだけではない。

 VIPルームの部屋の影に紛れて、こちらを見ている警備員たちへのアピールも含まれていた。


 警備員たちのレベルは高いが、空人が倒せない相手ではない。

 だが、無駄に血を流せばVIPルームに案内したスワーラの顔に泥を塗ることになる。

 もしそうなれば、スワーラを仲間に入れることは難しくなるだろう。


 空人はセティヤのほうを向いた。

 セティヤは冷静だ。

 ただ、ぽつりと呟いた。


「これは……デマルカシオンの将校でしょうか?」


 VIPルームでは、紫色のゴブリンやオーガ、魔族などが思い思いに楽しんでいる。

 表のフロアで彼らを遊ばせるわけにはいかない。


 それ以外の人間たちも、ゴブリンやオーガ、魔族とゲームを講じていることから、この部屋では普通のことらしい。


「正解っ。デマルカシオンはシェイプシフターが仕切っている独裁国家で、兵隊となって働くモンスターたちは命令に従順になるように調整されているんだ。でもシェイプシフターだけで、デマルカシオン全体を指揮するには数が足りない。


 命令に従うだけのモンスターは、臨機応変な戦場には対応出来ない。デマルカシオンが優れた兵器群を持っていたとしても、判断力のあるものは必要なんだよ」

「その判断力のある奴らが、ここでお忍びで来ているってわけか」

「そういうこと。柔軟な判断力があるってことは、人間と同じだね。シェイプシフターたちの無茶な命令にストレスを溜め込んでいて、発散したいんだよ」

「さっき正門でデマルカシオンのゴブリンや魔族を見たが、こんな理由があったとはね」

 

 想定もしていなかった答えに、空人は破顔する。

 だが、理由は納得出来る。



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