第21話 故郷への道のり
「異世界でも風は気持ちいいんだな」
フォーラレを走らせながら、空人は呟いた。
舗装されていない道だが、フォーラレは問題なく進んでいる。
振動もなく、極めて快適だ。
フォーラレの振動を吸収する能力は極めて高い。
「ひとつ聞きたいのですが、そのスーツを着ている状態で風を感じるのですか?」
「気分の問題さ。風は感じないんだが、感じていると思っていたほうが落ち着く」
「そういうものなんですね」
セティヤはサイドカーでふふっ、と笑う。
「異世界でバイクに乗って、しかもサイドカー付きとか。異世界感が薄れるな。まあ戦車や戦闘機がいるんだから、いまさらか」
オーガシェイプと衛星砲を撃破した経験値は、極めて大きかった。
フォーラレにサイドカーをつけられた。
後続の大型バスも、経験値から作成したものだ。
バスは警察が機動隊員を乗せるような、ゴツい装甲を貼り付けたものだ。
不意の襲撃があったとしても、ある程度耐えられるだろう。
そのバスを運転するのはネウラだ。
いきなりバスの運転など出来るのか心配だったが、難なく乗りこなしている。
運転補助機能がついているが、僅か数時間で運転出来るようになったのはネウラのスペックが高いからだろう。
バスのなかには先の戦いで仲間になったオーガ達が乗っている。
オーガ達はその見た目から怖がられるので、戦闘時以外はバスから降りないように取り決めている。
さらにもうひとつ、空人のパワードスーツに武器が追加された。
胸部にガドリングの砲口が左右に二門ずつ、合計四門。
使用時には胸部装甲が左右に分かれて、四門のガドリングの砲口が露わになる。
実戦で使うのが楽しみだ。
「次の目的地まで遠いな」
空人の被っているヘルメットには網膜投射装置があり、ナビゲーション付きの地図が網膜に投射されている。
異世界の地理はさっぱりだが、迷うことなく進むことが出来る。
――モンスターの製造プラント、あれはどういう意味なんだ?
フォーラレを運転しながら、空人はオーガシェイプの言葉を思い出す。
この世界のモンスターが現れたのは、最初の魔王が出現したときだと聞いた。
魔王はどうやってモンスターを用意したのか。
魔王の魔力でモンスターを作ったのだと思い込んでいたが、違うのだろうか。
もし魔王がモンスターを製造する技術を持っていて、モンスターを製造していたとしたら?
そんなことが可能なのだろうか?
そもそも衛星砲なんて、俺のいた世界でも実用段階ではないはずだ。
――色々な時代から呼ばれていると、ケンタロウスシェイプは言っていたな。
未来から召喚されたから衛星砲も製造出来たのか?
どうにも腑に落ちない。
なにかがおかしい。
喉に引っかかる。
「空人?」
セティヤに話しかけられて、空人は思考の海から現実に戻った。
「なにをブツブツ言っておられるのですか?」
「ああ、悪い。口にしていたか」
「製造プラントとか、未来がどうのこうのと。その製造プラントというのがわかりかねますが」
「ちょっとした考えごとさ」
「私では力になれませんか?」
「ああ――そうだな、話してみるか」
ここで話さないのもセティヤを下に見ているようで嫌だ。
「デマルカシオンの技術がどうにもおかしいんだ。俺のいた世界から来たはずなのに、技術力が桁外れに高い」
「デマルカシオンの武器は確かに恐ろしいですね。ゴブリンがあれほどの攻撃力を持つなんて思いもしませんでした」
セティヤは苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる。
ゴブリンがAKを持つことで、前線で戦う騎士たちの被害は増大している。
もしAKがなければ、被害は抑えられただろう。
「ゴブリンとかオーガが、人工的に作られているんじゃないかという気がしたんだ。まさか、と思うけどさ」
「可能性は十二分にありますね」
セティヤは真剣な表情で言った。
「どうしてそう思うんだ?」
「不自然なんです。モンスターはこの世界の生態系のなかでいきなり現れた異物なんです。我々の世界でも、過去の勇者がもたらした知識は膨大にあります。そのなかには進化論というのがあるのですが、進化の系譜から見ると明らかにモンスターはおかしいんです」
「驚いたな。この世界にも進化論があるなんて」
「馬鹿にしないでください。我々が銃火器や戦車、戦闘機という存在を知ったのも過去の召喚した勇者の方々から知識として知っていたからです。再現することは出来ませんでしたけどね」
銃火器などの兵器を作るには高い技術力が必要だ。
人類史のなかで銃が登場したのは、つい最近なことを考えれば如何に作るのが難しいかがわかる。
しかしまさか進化論も伝わっていたとは、意外だっだ。
「この世界の生物の進化の系譜から外れた存在、なによりモンスターたちは従順です。それどころか、命を失うことも恐れない。野生生物を飼い慣らすのは大変なのに、モンスターたちはあまりにも理想的な兵士過ぎるんです」
その言い方がいかにも王族らしいなと思った。
戦いで兵士は恐怖を抱く。
戦況が不利になれば、逃げ出すものも出てくる。だから脱走した兵士はその場で殺される。
モンスターたちは明らかに自分たちが不利な状況になっても、逃げない。
「ゴブリンの色が複数あるのも、気づいていますか?」
「銃を持ったゴブリンは緑だが、戦闘ヘリを操縦するゴブリンは白いな」
「あれは知能の差を表しています。緑のゴブリンは最も知能が低く、歩兵になります。白いゴブリンは戦闘ヘリでしたか、あれを操縦しています。ちなみに諜報員の話では、兵器を整備しているゴブリンは黄色です」
「前々から疑問には思っていたが、そんな違いがあるんだな」
色の違いで役目が分かれるのは、モンスターたちは作られた存在だからか。
「空人。その製造プラントというのは、工場という意味でしょうか?」
「ああ、話が早いな」
前々から思っていたが、セティヤは頭が回る。
おかげで話がスムーズに進む。
「私の推測ですが、デマルカシオンの使役するモンスターは二種類に分けられると思っています。ひとつは製造プラントで作られているモンスター。そしてモンスター同士の交配や人間に産ませたモンスターです。
後者の利点は製造プラントを使わずに、数を増やすことが出来る点にあります。戦いは数が多いほうが有利なので、製造プラントを使わなくても増えるのは理に適っています」
「その仮説が正しければ、デマルカシオンの戦力はどれくらいいるかわからないな」
空人は天を仰ぐ。
もしかして、無謀な戦いの挑んでしまったのかもしれない。
いまさら諦めるつもりはないが、無限に沸いてくる戦力を持つ敵を相手に勝てるのだろうか?
「逆に言えば、その製造プラントを発見して破壊すれば、数は増えませんよ」
「前向きだな」
「そう思わなければ、戦えませんからね」
セティヤは肩をすくめた。
森を抜け、草原が広がる。
レンガで舗装された道があったので、そこに乗り入れた。
「意外に近代的なんだな」
「空人はもっと原始的なイメージを抱いていたのですか?」
「まあぶっちゃけて言えば、俺の世界の中世ヨーロッパ的なところがあるからな。森林同盟六州の街並みは一昔前って感じだ。ただ、俺の世界でもローマは道路は整備されていたのを考えれば、整備されていて当然とも思う」
すべての道はローマに通ず、という言葉もあるように、交通の便は国家運営に欠かせない。
「フィウーネ王国はこの大陸で、最もインフラが整備された国と言われています。いえ、だったと言うべきでしょうか」
セティヤの声は暗い。
「また取り戻せばいいさ」
「ですが死者は蘇りません。可能な限り国民は脱出させました。ですがデマルカシオンの侵攻速度は早く、殆どの民が犠牲になりました」
森林同盟六州への避難民を連れて行ったことを思い出す。
ほんの数日前なのに、あまりにも遠く感じる。
デマルカシオンの執拗な攻撃に、多くの避難民が殺された。
街が見えてきた。
煉瓦造りの家々は、ヨーロッパみたいだ。
破壊された建物と腐乱し始めた死体がそこら中に転がっている。
空人は死体に向かって、右手で拝む。
「その動作はなんの意味があるのですか?」
「俺の国での風習で、死者の冥福を祈るって意味だな」
「剣で十字を切るのも同じ意味でしたよね」
「まあうちは色々な国の風習がごちゃ混ぜになっているのが特徴でさ。手を拝むのは俺の国にある古くからの習慣かな」
あまり詳しくはないが、確かそうだったはずだ。
「私も真似をしたほうがいいでしょうか?」
「あんたの国の作法でいいんじゃないのか? そのほうが犠牲になった方々も喜ぶと思うぜ」
それでは、とセティヤは手を組み頭を垂れた。
そうして顔を上げ、前を向く。
「もういいのか?」
「この国の神に死者を丁重に扱うようにお願いしたので、これ以上は必要ありません。あまり死者に意識を向けてもいられません」
ドライだな、とは思ったがその通りだ。
デマルカシオンの侵攻は続いている。
いま自分たちがすべきことはひとりでも多くを助けることだ。
「水路が多いんだな」
街のあちらこちらに、水路が散見された。
「フィウーネ王国は水の国と呼ばれています。水資源が豊かで、ひとや物資も船で運ぶことが多いのです。夏は涼しく、冬も凍らない。水不足で悩まされることもありませんでした。豊かでとても美しい国でした」
セティヤに哀愁の表情が浮かぶ。
「取り戻そうぜ、デマルカシオンからさ。デマルカシオンから最初に取り返すのが、あんたの故郷だ」
「はいっ」
セティヤは力強く頷いた。
その姿を見て、空人は思う。
この子を自分の世界には連れて行けないな、と。
ケンタロウスシェイプはセティヤの居場所はこの世界にないといっていた。
しかし違うと思う。
彼女を慕っているものは大勢いる。
きっといくつもの失敗を積み重ねながらも、大勢の人を幸せにする王様になれるだろう。
「空人」
「なんだ?」
「空人の住んでいた世界、ますます興味が沸きました。生き残らないといけませんね」
「そうだな。生き残ろうぜ」
ふと思う。
セティヤは王としての人生を全うして、はたして幸せなのだろうか?
ほんとうはひとりの人間として、生きて死ぬのが幸せではないか?
様々な権力者がいて、人生を全う出来たものもいれば、不幸に命を落としたものたちもいた。セティヤにそんな人生を送って欲しくない、と思うのは俺の傲慢なのか?
「セティヤ。気づいているか?」
「こちらの動きが察知されているのでしょうか?」
「多分、衛星だろうな。宇宙から監視されている」
衛星砲があるくらいだ。
宇宙空間から衛星でこちらの動きを把握することは容易い。
空人はフォーラレのアクセルを開いた。
ほんの一瞬前までいた場所に、数多の銃弾が叩き込まれる。
破壊された建物の影から、武装したゴブリンの部隊が飛びだしてきた。
AKの引き金を引く。
セティヤがサイドカーから飛び降りる。
銃弾の隙間を縫うように動き、ゴブリンたちに急接近。
華麗な動きで次々とゴブリンを倒していく。
空人はフォーラレを急加速し、ゴブリンたちに向かう。
そこでふと思い立つ。
「試し撃ちだ」
胸部に武器が内蔵されたとハナは言っていた。
意識すれば、それだけで攻撃出来るのはミサイルと変わらない。
空人は自分の胸部に意識を向ける。
胸部の装甲が左右に分かれた。
左右にそれぞれふたつずつ、ガドリングの砲口が露わになる。
そのガドリングガンが高速で回転しながら、ビームを発射していく。
ゴブリン達を瞬く間に殲滅していく。
「こいつは便利だな。エネルギー消費が激しいことを除けば」
残り十体で、エネルギーが切れた。
空人はフォーラレを飛び降り、ゴブリン達に向かう。
クレセントムーンがゴブリンの体を両断した。
「パーティーの始まりだ!」