第19話 衛星砲を破壊せよ
オーガシェイプは自身の肉体の強さを呪った。
首を切り飛ばされて、地面を転がってもオーガの肉体は意識を保てるらしい。
おかげで仇討ちに燃える弟子達が無惨に命を散らすのを、ただ黙ってみていることしか出来ない。
『衛星砲が起動します。目標は森林同盟六州。付近のシェイプシフターは退避してください』
「なんだ……それは……」
声の主はデマルカシオンの技術開発局長、天狗シェイプだ。
デマルカシオンの兵器の生産ラインを整えた、技術屋集団のまとめ役だ。
この世界でしかない新兵器も開発しているはずだが、オーガシェイプは興味がなかった。
『衛星砲は技術開発局が密かに開発していた試作兵器です。あの方達からご提供いただいた技術と、この世界で使われるセキレイ粒子を使い、文字通りのビームを発射する兵器です。一瞬で殺してしまうので長く苦しませることは出来ない。まだ、使うつもりはなかったのですが』
「なん……だとっ……」
まだ弟子達がいるのに、弟子達ごと殲滅するつもりか。
『オーガシェイプ、あなたの野心は見抜いていました』
「俺たちごと葬るつもり……か……よっ……」
『そうです。仙石空人はいまのうちに潰していたほうがいいでしょう。ついでにあなたの弟子達も危険なので、潰させていただきます』
「やめ……弟子達……は……やくにた……つ……」
『はい。仙石を釘付けにする囮として、大変役に立ちます。仙石はこちらの衛星砲を撃ち落とす手段を持つ可能性があります。しかしあなたの生き残った弟子達を相手にすれば、そちらに注意を向けなければいけない』
「外道が……ッ」
『お互い様ですよ。ちなみに失われたオーガ達は製造プラントで補充するので、ご心配なく』
「製造プラント? なんだ……それは……」
そこで通信は途切れた。
天狗シェイプは気になることを言っていた。
何者かに技術の提供を受けているということ、製造プラントという言葉も引っかかる。
だがそのことを悠長に考えている暇はない。
空人のほうに視線を向ければ、散っていく弟子達がみえた。
心が痛む。どうして心がこんなの痛むのか? 自分は首だけしかないのに、と考えて、心というのは心臓ではなくて、脳が感じるのだと納得する。
――俺があの化け物どもを心配するとは。これが師になるということか。
師匠達の顔が浮かび、彼らも同じ気持ちだったのだろうかと考えた。
師として、鍛え上げた弟子達がこれ以上死ぬのを見ていたくはない。
衛星砲で殲滅されるなど、あってはならないことだ。
「てめえら! 戦いを止めろ! ここは衛星砲で吹き飛ぶ! いますぐこの国から逃げろ!」
オーガシェイプはありったけの声で叫んだ。
首から下がないのに、よくこれだけの声が出せると自分でも驚いた。
「衛星砲、だと?」
空人はオーガシェイプのほうを向く。
首だけになり、叫べるのは驚いたが。
衛星砲という単語にはもっと驚いた。
「オーガシェイプ、その衛星砲ってのは成層圏の向こう側からビームでも撃つのか?」
「そう……だ……もう……意識が消えそ……うなんだ……! 逃げ……ろ!」
「わかった、どうにかする」
デマルカシオンは戦闘ヘリや枯れ葉剤まで使う。技術力は高いが、自分と同じ時代のレベルだと思っていた。
まさか衛星砲を持っているとは想定外だ。
どうやって持った?
この世界の技術を融合して、作ったのか?
余計な思考はあとだ。
「ハナ。衛星砲を落としたい」
『経験値は十分です。新しい武器、スナイパーライフルを使いますか?』
「それで撃ち落とせるんだよな?」
『空人さまの腕次第です』
「飛太刀二刀流は砲術も含まれてはいるし、同門の間では上手いほうだが――衛星砲を撃ち落とす術なんて習ってないぞ!」
空人はヘルメットのしたで苦笑する。
しかしやるしかない。
空人の右手に巨大なスナイパーライフルが形成される。
成層圏を撃ち抜いた某スナイパーが愛用したライフルに似ているが、イメージを具現化するらしいから似たものが出たのだろう。
オーガ達が自分の狙撃を邪魔する様子はない。
それどころか、四方に散って全力で逃げ出している。
「オーガシェイプ、あんたの弟子達はあんたに忠実だな」
「師弟の……信……頼…か…だ……」
「その状態のあんたが叫ぶくらいだからな。ヤベえのはわかるか」
「つたえ……技術を……提供……モンスター……製造……プラン……ト……」
「技術の提供? 製造プラント? なにを言っているんだ?」
オーガに聞き返したが、答えない。
いや、答えられないのだろう。
首を斬られて、意識があるだけでも驚きだ。
それにいまは衛星砲をどうすべきか、最優先事項だ。
オーガの邪魔がなければ、どうにかいけるか?
「空人。衛星砲とは?」
セティヤが近寄ってくる。
オーガ達が逃げ出したが、警戒は緩めていない。
「簡単に言えば、はるか上空から地上に特大のビームを撃ち込むってことだ。その威力はこの国をまるごと消滅させる威力があるみたいだぜ」
「まさかそんなものが……」
「そこまでヤベえものがいるとは俺も想定外だがな。やるしかない!」
セティヤとネウラ、そして自分の命。
どれも失うわけにはいかない。
「ハナ。衛星砲はどこにいるんだ?」
『上空、二百五十キロにいます。モニターに表示します』
網膜に衛星砲と思われるものが投影された。
そのシルエットは写真で見たことがある人工衛星の真ん中に、筒のようなものが追加されている。
その筒の真ん中は光っていて、エネルギーを充填しているのがわかった。
「ハハッ、こいつを撃ち落とせってか。どうするんだよ?」
『寝そべってください』
空人は仰向けになる。
スナイパーライフルを構えた。
『銃口を三度下げてください。ターゲットリングと重なりました。引き金を引いてください』
空人は引き金を引いた。
人間の胴ほどもありそうな太いビームが、銃口から発射された。
ビームがこれだけの強いものだと反動があるらしい。
銃身がぶれる。
『外れました。ビームを発射した反動でずれました』
「どうしろってんだ」
『反動を抑えてください』
「無茶言うなよ……どうしろってんだよ」
空人の体に影が出来る。
数体のオーガに取り囲まれていた。
狙撃をする間は無防備だ。
この瞬間を狙い、集団で攻撃しようとしているのだろう。
「――師の仇ってことか。忠誠心が厚いね!」
空人はとっさに起きようとする。
一体のオーガが手で制する。
「反動を抑えればいいのだろう?」
一体のオーガが、話しかけてきた。
「どういうつもりだ?」
「オーガシェイプ様ならば、貴様に手を貸せと命ぜられる。あの方は我らには誇り高く死ね、と常々仰っていた。助かる術が見つかったのにみすみす消滅するのは、誇り高い死ではない」
「へえ、やるじゃねえか。あんた、弟子の育成も大したもんなんだな」
空人はオーガシェイプのほうに視線を向けた。
オーガシェイプは満足げに笑っていた。
笑って動かなかった。
「ふんっ、逝っちまったか」
死に抗おうとする弟子達の成長を見て、満足した。
そう思っておこう。
空人はヘルメットのしたでそっと目を閉じ、冥福を祈る。
「これでいいか?」
四体のオーガが空人の体をがっちりと固める。
「試し撃ちをする」
ビームを放つ。
結果は外れ。
微調節が必要だ。
だが、反動はない。
さすがはオーガだ。
反動をガッチリと抑え込んでいる。
『空人さま。残り一発です』
「ラスト一発かよっ」
『大丈夫ですか?』
空人はヘルメットのしたでほくそ笑む。
「誰が外すかよ! ここまで来て外したら末代までの恥だ!」
「衛星砲が破壊されましたか」
デマルカシオンの兵器開発研究所のモニターを見ながら、天狗シェイプはぼそりと呟いた。
「やはり空人は我らの最大の障害ですね。早急に排除を……いや、あの力を研究し、私が使えれば」
天狗シェイプはほくそ笑む。
天狗シェイプは元の世界ではマッドサイエンティストと言われていた。
その猟奇的で人道を無視した数々の人体実験のため、逮捕は時間の問題だった。
そんなとき、この世界に召喚された。
最初は肉体を失ったことへの怒りがあった。
だが、デマルカシオンには人権意識が欠片もない。
好き放題に研究が出来るこの世界をいつの間にか、愛していた。
天狗シェイプにとって、仲間のシェイプシフターも実験台でしかない。
「他のシェイプシフターをぶつけ、空人の性能を調べ上げる。そうして私があの力を使えれば、最強ではないですか」
天狗シェイプは笑い声をあげた。
これは僥倖だ。
自分がシェイプシフターを実験台としか思っていないように、他のシェイプシフターも自分を道具としか見ていないだろう。
所詮、利害関係の一致しただけの仲だ。
なにより天狗シェイプは、『無尽の戦乱』には興味がなかった。
元の世界に戻り、復讐する。
それが天狗シェイプの野望だ。
「幾人もの勇者が、元の世界に戻ったと聞く。私も元の世界に戻ってみせましょう! そして復讐するのです! 私をマッドサイエンティストとあざ笑った連中に、地獄の苦しみを与えてあげましょう!」