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100億円契約の勇者と復讐の帝国   作者: アンギットゥ
第3章 森林同盟六州編
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第12話 君は世界を照らすだろう


 人間を超える長寿の種族であるエルフ族。

 そのエルフの城はどんなものか、興味はあった。

 だが、コスケンパロに案内された城は珍しさは特に感じなかった。


 ヨーロッパのありふれた城壁に囲まれ、城壁のうえの通路には衛兵達が見回りをしている。櫓もあり、異常があれば城の内部に伝わる仕組みになっているのだろう。


 堀は見えないが、必要ないのかもしれない。

 百メートルを超えた巨木という城壁に囲まれた森林同盟六州で、ここまで辿り着けるものはどれだけいるのか? 


 城門が開き、数百メートル先に建物が見えた。

 二階建て程度の高さだ。だが、ヨーロッパの宮殿のような豪華な作りをした外見は、王の暮らす建物といった趣がある。小ぶりな宮殿といえばいいのか。

 

 その小ぶりな宮殿に向かい、空人達は歩いて行く。

 門番がいる門を通り、建物のなかに入った。


 廊下には豪奢な装飾で彩られたレッドカーペットが敷かれていた。

 天井を支える柱には蔦をもした装飾が施され、森に根ざすエルフらしさが感じられた。


 廊下には衛兵が間隔を置いて立ち並ぶ。

 その立ち姿は、インテリアの一部のようだ。


「さっきから思っていたんだが、衛兵は人間なんだな」


 空人はぽつりと呟いた。

 城を警備する衛兵達には、エルフはひとりもいない。

 

「雇用対策ですよ。東部諸国で衛兵をしていたものたちを配置しているのです。普段はこの宮殿に衛兵は詰めていません。侵入者が現れても、従者がいれば対処は出来ますから」


 そっとセティヤが教えてくれた。


「エルフは強いんだな」

「五度目の魔王軍の侵攻以降に生まれた世代は違いますが、それ以前の世代は従軍経験があります。エルフは戦闘に長けた種族ですから」

「肝に銘じておくさ」


 怒らせるつもりはないが、無用な衝突は避けたほうがいいだろう。

 そんなことを考えている間に、謁見の間に到着。

 衛兵が扉を開ける。

 小さな体育館ほどの空間が広がり、壁には豪華絢爛な装飾が施されている。

 床に敷き詰められているのは先ほどの赤いカーペットと違い、緑色だ。

 奥には男がひとり腰掛けている。


 ただし、気配は二十人ほどあった。

 

 魔法で姿形を消しているのだろう。

 先ほどのセティヤの話では、従者であっても危険だ。

 会談の内容次第では自分たちを殺すつもりなのかもしれない。

 

 ――大人しくやられるつもりはないが、注意はしていたほうがいいだろうな。

 

 空人は腰に刀に視線を落とす。

 




「よく来たな。セティヤ姫」


 コスケンパロよりは年齢を重ねて見える。

 中年の壮健そうな男が口を開く。

 セティヤのようなオーラを纏っている。

 この男が森林同盟六州の長だろう。

 

「お久しぶりにございます、キビセルカ陛下。セティヤ・フェッテでございます」


 セティヤは綺麗な所作で頭を下げる。

 一国の姫らしい姫の仕草に、空人は心のなかで感嘆の声をあげた。


「ご家族についてはお悔やみ申し上げる。すぐに援軍を出せればよかったのだが」

「お心遣いいただき感謝します。コスケンパロ殿から、意見が割れていたと聞きました」

「申し訳ない。セティヤ姫」


 キビセルカ王は頭を下げた。

 一国の長が素直に認めたということだ。


「ただフィウーネ王国の民、十数万人は保護している。フィウーネ王国の南部の住人が多いが、都市部からの避難民もそれなりに保護できた」

「それはなんとお礼を申していいのか。感謝してもしきれません」


 セティヤの顔に涙が浮かぶ。

 数百人しか連れてこられなかったと思っていたのに、十数万人も助けてもらった。それがどれだけ大変か。身をもってわかっている。


「コスケンパロ殿のように、自発的に救援に来てくださったのですか?」

「そうだ。いくつもの部族長が、独断で動いた。我が国の法律では私兵の派遣は禁止されているが、この際目をつぶるとしよう」

「それがよろしいかと。信賞必罰は必要ですが、森林同盟六州の戦力が削がれるのは先のことを考えれば避けたほうがよろしいですから」

「そうだな。戦力は保持していた方がいいだろう」


 キビセルカは鷹揚に頷く。


「陛下。こちらが私が召喚した勇者、仙石空人です」


 セティヤは隣に立つ空人を紹介する。


「お初お目に掛かる。仙石空人というものだ」


 空人は頭を下げた。


「これはご丁寧に。私は森林同盟六州の長を務めるキビセルカだ。召喚に応じていただき、感謝の極みだ」

「勝手に召喚されただけだけどさ」

「フハハッ、だろうな。しかし歴代の勇者達は、皆役目を果たしてくれた。実にありがたい」

「俺はそこまでお人好しではないぜ」

「金銭でも要求したか?」

「年の功って奴かい?」


 セティヤに「空人っ」と強めの口調で窘められ、一礼する。


「陛下、申し訳ありません。些か礼儀知らずでして」

「なに、構わぬ。気の強さは自信の表れだ。森林同盟六州まで数百人の難民を連れてこられたのも、この男がいたからだろう」

「はい。腕は確かです」

「勇者に相応しい風格を備えている」


 キビセルカは楽しそうに笑った。


「コスケンパロ殿から、昨日から攻撃を受けていると聞きました」

「事実だ。鉄の乗り物――戦車だったか。他にも空飛ぶ兵器を送り込んできている。しかし奴らの兵器は森に動きを制限され、樹上で待ち構えたエルフに狩られている。


 森を枯らせる薬品や森を燃やす攻撃もあったが、なんの意味もなさん」

「地下に眠る魔石の効果でしょうか?」

「左様。我らの森はデマルカシオン程度の攻撃で、どうこうできるものではない。エルデの技術を流用しているらしいが、我らの森を侵すことなど何人であろうと不可能だ」


 キビセルカは淡々という。

 デマルカシオンは枯れ葉剤だけではなく、ナパーム弾なども使ったようだ。空人のいた世界では有効な手だったが、森林同盟六州の森には通じないという。


 戦車は森のなかでも移動は出来る。

 しかし乱雑な木々の間を縫いながら動かなければいけないので、動きは制限される。特に森林同盟六州の森は百メートルを超える巨木だらけだ。視界も悪いだろう。


 そんな状況下で、戦車の弱点である頭上から攻撃を受ければ、スクラップになるのは道理か。


「戦況は悪くない。偉大な森は敵の侵攻を抑える天然の要塞として機能している。避難民を受け入れ、軍人は戦力として、その他は足りないところへの労働力として手配は済んでいる」

「さすがは手慣れていますね」

「勇者を召喚しなければいけない事態になったのは、今回で六度目だ。我々は長寿ゆえに何度も危機に遭遇し、乗り越えてきた経験がある。この程度のことは可能だ」


 キビセルカはふっと笑う。


「シェイプシフターの最長の寿命は知っているか? 僅か百五十年だ。デマルカシオンが建国されて、十五年。残り百三十五年膠着状態を維持できれば、我らの勝ちだ」

「そう上手くことが運ぶでしょうか」

「百三十五年間、守り切ればいいだけだ。我らエルフにとって、百三十五年はそれほど長いときではない」


 キビセルカは自信たっぷりにいった。

 現状、デマルカシオンからの侵攻は防いでいる。

 この森の特殊性から考えても、守りは堅い。 

 デマルカシオンが空人の世界の軍事兵器レベルならば、百三十五年間は守り切れるだろう。


「おっしゃるとおりかもしれません。森林同盟六州の森は天然の要害で、軍の強さも圧倒的です。ですがいまこの瞬間も、多くのひとが命を落としているのです! あなたたちは黙ってみていると?」

「そうだ」

「それは人の道を踏み外した行いではないのですか?」

「我らは五度にわたる魔王軍の侵攻で、多くの命を失った。我らは長寿ゆえに、私の世代で大切なものを戦乱で失っていないものはいない」


 セティヤは息を飲む。


「しかしっ!」

「十二分に犠牲を出し、尽くしてきたはずだ。そなたはご自分の立場を理解していないのではないか? 亡国の姫君よ」

「…………」


 セティヤは押し黙る。


「感情で我らを突き動かそうとしても無駄だ。座して惨禍を逃れられるならば、それに越したことはない」


 キビセルカの言葉は正しい。

 派兵するのは、自分たちに利益があるからだ。

 森林同盟六州はいままで十二分に血を流してきた。

 これ以上、血を流さなくて済むならばその方がいいのかもしれない。


 ――さて、どうするかね。


 空人はセティヤを見つめる。

 説得出来ないようならば、助け船を出すのも手だ。

 しかしセティヤがキビセルカを説得させる姿も見てみたい。


「利益はあります」

「ほぉ、それはなにか?」

「安全です」

「ハハッ、異な事を申す。我らは守りを固めればいいだけだ。逃げてくるものは受け入れよう。ただし、こちらから積極的に助けることはしない。その方針のなにが悪い?」

「難民達に恨まれますよ」

「反乱を起こせば、そのときに制圧すればいいだけだ」

「エルフの出生率と人間の出生率を考えれば、後者の方が圧倒的に多いんです」

「森林同盟六州がエルフ以外に乗っ取られると?」

「はいっ」

「フハハッ、それは無理だろうな」


 キビセルカは膝を叩いて笑った。


「我らからすれば、他種族はあまりにも寿命が短い。だが、それ故に数の力は圧倒的だ。その短き命だから、燃え尽きるロウソクのように輝く。勇者達も短い命だからこそ、大事を成せるのだろうな」


 キビセルカは懐かしそうな顔をした。

 その目に映るのは、勇者達と乗り越えた困難の日々か。


「なぜ、我らが最強といわれるか。わかるか? 数多のときを生き、ひとりひとりが多くの経験と技術を蓄積するからだ。人間が五十年の時を掛けて気づいた技術を、我らは全員取得済みだ。


 私のように初代勇者が召喚されたときから、戦い続けたものたちは大勢いる。人間の兵士とは質が違う」


 この城のエルフは従者しかいないといっていたのを思い出す。

 衛兵達は雇用のために雇ったお飾りだと。


 仮に人間達が怨みから反乱を起こしたとしても、制圧されるのがオチだ。


「残念ながら、それはありえません」

「ほぉ」


 キビセルカは眼を細める。

 余裕綽々とした態度だったが、僅かな動揺が走っていた。


「今回のデマルカシオンの侵攻で、この世界は良くも悪くも変わります。あなたが口にされた燃え尽きるロウソクのような人生で、人々はデカルカシオンがもたらした新しい技術を使うでしょう」

「デマルカシオンは我らの森の前に、手も足も出ないと聞いているが」

「あなたは直接、目にしていないから実感が沸かないのかもしれません。たかがゴブリンが新たな武器を手にし、魔法障壁を突き破る衝撃。これは始まりに過ぎません」

「ふむ。人間達がゴブリンと同じ武器を持ち、我らを制圧すると?」

「必ずします」


 セティヤは力強く言った。


「この森林同盟六州以外が滅びたあとで、念入りに技術を破壊させてもらう」

「無理ですね。人々は目にしたのです。新しい可能性を。答えを見れば、必ずそこに到達するのが人間です。


 そしてひとは答えの先に到達出来ます。武器は運用の方法だけで、結果が変わるのはご存じかと」

「ふむ」


 キビセルカは両腕を組み、しばし思案した。


「進んだ歯車は巻き戻せぬか」

「そもそも座して待つなど、出来ないのは陛下自身が一番わかっていらっしゃるのでは? その命令を下されて、全てのエルフは従わない。


 コスケンパロ殿が自らの判断で我々を助けに来たことのように、他のエルフも助けに向かうものは出てきます」


 セティヤはナイフを取りだし、軽く腕を切った。

 血がぽたぽたと垂れ落ち、緑のカーペットにシミとなる。

  

「私のなかに流れるこの血には、あなたのものも混じっているのはご存じのはず」

「左様。なんの因果か、ひとと交わったエルフは数多いる。エルフと交わっても、その長寿はほとんど受け継がれぬ。しかし紡がれる子孫には、かつて愛したものの面影が残っているものだ。


 ちょうどお前にも残っているな」


 キビセルカは朗らかに笑う。


「我らがフィウーネ王室の支配下に置かれていたとき、政略結婚だった。愛などなかったはずだが――はかなき命を愛おしいと思ったのは、我が人生で過ちだったのかもしれない」

「陛下。いいえ、ご先祖様。あなたのその愛は、この世界を救うことになるのです」

「フハハッ、まったくその豪毅な口の利き方は、あのものにそっくりだ!」


 キビセルカは大声を上げて笑った。


「理で説き、最後には情で訴える。気に入った! この戦、我らが戦うのに必要な材料は揃ったといえる。家臣達も異論はないみたいだ」


 二十名の男女が無音で姿を現した。

 鎧ではなく、仕立てがいい服を着ている。

 キビセルカに仕える家臣達だろう。


「みな、異論はないな?」

 

 家臣達は一斉に頷く。


「では、我らはこの戦いに参戦することとする! 各自、配下のものたちに参戦の準備をさせよ!」


 家臣達は一斉に動き始める。

 王の謁見の間から飛びだしていった。

 長寿ゆえにのんびりとしているのがエルフらしいが、こういうときは素早いようだ。


 ――セティヤはエルフの血も流れているといっていたが、こういうことだったんだな。


 キビセルカの子孫であり、血脈に連なるゆえに亡国の姫君でも謁見してくれたのだろう。


 そして血族ゆえに情で訴え、説得させた。

 否、ほんとうはエルフたちは救いたかったのかもしれない。

 自分たちの子孫達を守りたいと思うのは、生き物として当然だろう。


 だが、全てのエルフがひとと交わってはいない。

 ひとと関係がないエルフには座して待てば過ぎる嵐に、進んで飛び込む理由はない。


 そんなエルフ達には、自分たちの将来が危ういと説けばいい。

 

 ――ケンタロウスシェイプにみせてやりたいな。


 セティヤを保護するために、空人の世界に連れて行くと約束した。

 その約束は破ってもいいかもしれない。

 彼女は指導者として、輝きを見せ始めている。

 

 まだ宝石の原石の段階かもしれないが――いずれは荒廃したこの世界を燦然と輝かせる宝石となるだろう。


 連れて帰るわけにはいかないな、と空人は思った。




 


 

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