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100億円契約の勇者と復讐の帝国   作者: アンギットゥ
第3章 森林同盟六州編
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第11話 森林同盟六州





 エルフ達はこちらに向かって駆け下りてくる。

 負傷者を次々と背負い、山を登っていく。

 見た目は華奢そうに見えるが、その足取りは軽い。


「セティヤ、彼らは?」


 空人はセティヤの隣に止まり、尋ねる。

  

「森林同盟六州の戦士達です。救援に来てもらえました」


 セティヤが安堵の顔を浮かべる。


「手練れ揃いって感じだな」

「これくらいはエルフにとっては、大したことありませんよ」


 エルフの男が近づいてくる。

 若く整った顔立ちをしているが、エルフだから何百歳も生きているかもしれない。


「私は森林同盟六州、カリウス家のコスケンパロ・カリウスです。セティヤ・フェッテ閣下」


 コスケンパロはセティヤに向かい、恭しく頭を下げる。


「セティヤ・フェッテです。お久しぶりです、コスケンパロ殿」


 セティヤも知り合いということは、それなりの地位なのだろう。


「空人殿。カリウス家は森林同盟六州の名家のひとつで、武闘派として知られている方々です」


 ネウラが耳打ちしてくる。

 名家のひとつが駆けつけてくれたのはありがたい。

 難民は面倒な存在だ。エルフの事情は知らないが、空人がいた世界では厄介者の視線を浴びる。だから後ろ盾はそれなりの地位があるもののほうが心強い。


 ひとつ文句があるとすれば、到着が遅かったことだろうか。


「救援に来ていただき、感謝します。ですが我が国はデマルカシオンの侵攻開始時に、援軍要請をしました。逃亡しているから、救援の使者も送りました。些か到着が遅かったのではないでしょうか?」


 セティヤはコスケンパロに厳しい目線を向ける。

 助けに来てもらった相手に、こういうことをいうのは厚かましいようにも思える。

 カリウス家は血も流した。

 だがこういうときに毅然とした対応を取るのも、政治の一環だったか。

 

「存じていますよ、閣下」


 コスケンパロは悪びれなくいった。


「しかしこちらとしても、意見が割れていました。森林同盟六州はフィウーネ王国を救援すべきか、見捨てるべきか。派兵派と反対派に分かれていました」

「それはデマルカシオンの虚偽の情報に騙されていると?」

「ハハッ、虚偽かどうかはわかっていますよ。尤もあなたの立場上、いち家長に過ぎない私にはそういうしかないでしょうが。こう見えても二千歳を超えているので、最初に勇者が現れたときから戦っています」


 やはりエルフは見た目からはわからない。

 一歩も引かず、冷静に対応するその姿は手強さを感じさせる。

 デマルカシオンがほんとうのことを言っているのも、長生きしているだけあり知っているのだろう。


「すぐに救援の軍を派遣してもらいたかった」

「反対派は時間稼ぎを狙っていたようです」

「デマルカシオンを迎撃する準備のための時間稼ぎですか?」

「そうです」

「派兵派が独自に派兵してもよかったのでは?」

「森林同盟六州の法としては、各家が私兵を国外に派遣することは禁止されています。私も懲罰を覚悟して、勝手に救援に来たのですよ」


 セティヤは手を震わせている。


 救援に来れるならば、もっと早く来て欲しい。

 そうすれば、犠牲者は少なかったはずだ。

 自決した騎士たちも、死なずに済んだかもしれない。


 そうセティヤは考えているんだろうな、と空人は考えた。


「デマルカシオンは我々の常識を越える兵器を有しているとの情報は、あなたたちフィウーネ王室からもたらされたものです。慎重になるのは仕方ないことではありませんか?」

「そうかもしれませんね。ですが――」

「あなたにとっては不服でしょう。ですが我々エルフはフィウーネ王室の派遣要請に従い、幾度となく兵を派遣しました。いまの森林同盟の総人口に匹敵する犠牲者を出しています。今回のことは残念ですが、仕方ないと理解していただきたい」

「わかりました」


 セティヤは言葉を飲み込む。

 森林同盟六州も慎重になるのは仕方ない。

 デマルカシオンは強大だ。

 森林同盟六州もいたずらに兵士を派遣して、失うわけにもいかないだろう。

 

「ご挨拶が遅れたが、あのフェアリーテイマーとの戦いは見事だった。あれを倒さなければ、我々も全滅していただろう」


 コスケンパロが空人のほうを向いて、感謝の言葉を告げてくる。


「あんたらの救援がなければ、あいつと一対一の状況に持ち込めなかった。こちらこそありがとう」

「期待しているよ、新たな勇者よ」


 コスケンパロが手を差し伸べてきた。

 空人は握り返す。


 空人は自分がパワードスーツを着ているのを思い出して、大丈夫かと心配になった。コスケンパロはまったく平気という顔をしている。手を握りつぶさなくて良かったと、ほっととした。

 



 

 空人はなにげなく眼下を見下ろした。

 フェアリーテイマーと戦い、すぐに話し合いになったから、自分が山頂にいることも忘れていた。


「こいつは……」

 

 空人は息を飲む。

 見下ろせる景色は、一言でいえば別世界。

 異世界に来ていう言葉ではないが、全くの別物だった。 


 山ひとつ隔てただけで、ここまで植生が変わるのか。

 100メートルを超えるだろう巨大な木々が、地平線の彼方まで生い茂っていた。


「まるで森の海だな」

「ハハッ、言い得て妙だな」


 コスケンパロは笑い声をあげた。


「森林同盟六州の大地は特別だ。正直、細かい理由はわからないが、森林同盟六州は植物の育ちがいい。山をひとつ越えただけでここまで植生が変わる理由は、長い間生きていてもわからない。


 一説には地下に強力な魔力を込めた魔石が、豊富に眠っているとか。まあ、我々は大地を掘り返すことはしないので、本当のところはわからないがね」

「これだけの森が生い茂っていれば、防衛には役立つだろうな」


 元の世界で最強だった米軍も、森が生い茂るベトナムでは勝てなかった。

 生い茂った車両の移動を困難にし、伏兵には最適だ。

 罠を仕掛ければ、気づかずに命を落とす兵士が続出する。


 最終的には枯れ葉剤を使い、森を枯らしたのを思い出す。


「なあ、森は枯れていないか?」

「枯れ葉剤だったかな。あんなもので、この森は枯れぬよ。昨日、怪しげなものを撒かれたが、まったく平気だ。過去の魔王軍には大陸ひとつを枯らすほどの毒使いはいたが、この森は枯れなかった。この大陸といったほうが正しいか」


 コスケンパロはハハッと笑う。


「なぜ枯れ葉剤のことを知っている?」

「五人目の勇者から、聞かされていた」

「この大陸は枯れ葉剤が通じないということか?」

「地下に眠る魔石の影響らしい。先ほどもいったが、細かいことは不明だ」

 

 枯れ葉剤が役に立たないのはありがたい。

 あれは生態系に多大な悪影響を与える代物だ。

 デマルカシオンが使わないならば、それに越したことはない。


「戦車だったか。森に遮られて、侵入することは出来ない。戦闘ヘリも森のなかに潜んだエルフ達の攻撃で撃墜できている」

「この森を現代兵器で攻略するのは、厳しいだろうな」

「楽観視は出来ないがね。昨日から、森林同盟六州の東部に攻撃を受けている。東部諸国がほぼ陥落し、そちらに前線基地を設置された」


 コスケンパロはため息を吐いた。


「これ以上の雑談は、山を下りながら話そうか」


 空人は頷く。

 ひとまずの安全は確保されたが、いつ襲ってくるかもしれない。

 気は抜けない。


 空人とコスケンパロが先頭を歩く。

 敵はいないと思うが、警戒は怠らない。


「森林同盟の東部戦線の戦況はどうなっていますか?」


 セティヤが尋ねる。


「こちらが優勢ですね。我が国の東部方面軍だけで、耐えられると思います」

「西部はどうですか?」

「西部諸国連合が耐えていますから、西部方面軍は暇を持て余しています。西部諸国の軍事同盟が上手く機能しているようです。しばらくは安泰でしょう」


 西部諸国というのは軍事同盟があり、東部諸国にはなかったらしい。

 有事の準備が大事というのがよくわかる。


「お話はこれくらいで」


 コスケンパロがなにか操作をした。

 十数メートルの巨大な光る門が現れた。


「転移ゲートです。どうぞこちらへ」


 避難民達は足を止める。

 ざわめきが聞こえた。


「転移ゲートを見るのははじめてのようですね。森林同盟六州にしかないので、無理もないのですが」

「勇者は召喚出来るのに、転移魔法はないんだな」


 セティヤは頷いた。


「転移ゲートは森林同盟六州でしか使えません。地下にある魔石の影響だと言われています」

「デマルカシオンはゴブリンを召喚しているが、あれは転移魔法の一種ではないのか?」

「シェイプシフターが投げる黒い箱が、魔石の可能性はありますね。魔石は貴重であり、発見した場合も採掘は禁止されています」

「そいつはどうしてだ?」

「地面にある魔石を動かすと、環境に悪影響を与える可能性があるからです。しかしデマルカシオンは気にしていないのでしょう」


 セティヤは苦笑した。


「森林同盟六州は森が多く、六つの都市以外はあちこちに集落が分散している状態です。交通網も発達していないため、こうして転移ゲートで各都市間を移動するようになっているのです」

「なるほど」


 合理的な理由だ。

 

「皆さん、怖がっているようですね」

 

 コスケンパロは肩をすくめた。

 避難民達ははじめて見る転移ゲートが怖いらしい。

 得体の知れないものを見る恐怖心で、足が竦んでいた。


「私が行きましょう」


 セティヤが率先して、転移ゲートに足を踏み入れる。

 セティヤの姿が消えた。

 再びざわめきが起きる。

 

 セティヤが姿を現して、避難民に告げる。


「フィウーネの民よ、安心しなさい。私はこのゲートをくぐり、あちらにあるゲートから再び戻ってきました。私の体は五体満足です。なんの問題もありません。安心しなさい」


 そうセティヤは告げて、再びゲートをくぐる。

 ネウラも躊躇いもなく、あとに続いた。


「あたしは行くよ。姫さんのことはよく知っているんだ。あたし達を騙すようなことはしないさ!」


 ふくよかな中年女性——アータルは大声をあげながら、ゲートをくぐった。

 

「アータル、待ってくれよ!」


 中年の男性がアータルのあとを追った。

 アータルの家族だろうか。


「相変わらずだな、ベレットは」

「昔から女房の尻に敷かれているからな」


 笑い声が聞こえてくる。

 どうやら中年男性はアータルの夫らしい。


「いまさら姫さまが俺たちを殺すわけがないんだ」

「そうだそうだっ!」

「俺たちを命を掛けて守ってくれた姫さまが、大丈夫だっていっているんだ! 俺たちが信じなくてどうする!」


 避難民達は自分たちを鼓舞し、ゲートに向かっていった。

 もしセティヤが避難民達を命を掛けて守り切らなければ、ゲートをくぐらなかったかもしれない。ひとははじめて見るものに警戒するものだ。森林同盟六州でしか使われていないない珍しい技術で、姿が完全に消えてしまうならば視覚的にも怖いだろう。

 

 ——俺自身、実はちょっと怖いしな。


 異世界召喚されることに比べれば、転移ゲートは大したことはないはずだ。

 デマルカシオンもゴブリンを召喚しているが、あれもこの技術を応用しているのだろう。


 そう考えれば大丈夫なはずだが、何故か本能的に少し怖い。

 しかし自分が躊躇えば、避難民達は転移ゲートをくぐらないだろう。

 それはこの場で立ち往生することになり、いつデマルカシオンが襲ってくるかわからない。


 空人は意を決して、転移ゲートに近づいた。

 ゲートをくぐる。

 光の道を延々と進むのかと思ったが、すぐに別の場所に着いた。

 

 巨大な街が広がっていた。


 無数の煉瓦造りの民家が建ち並んでいる。

 エルフだから丸太で家を作っている印象があったのだが、地面も煉瓦で舗装されていて人や荷馬車が行き来している。


 ヨーロッパの古代都市を思い浮かべるが、奥の方には百メートルを超える巨木が立ち並んでいる。最初から開いた土地に都市を造ったのかと思ったが、建ち並ぶ巨木は規則正しく並んでいる。


 巨木を切り開いた土地に、都市を作りあげたのだろう。


「ようこそ、フィウーネ王国の皆様。我らが森林同盟六州の首都、レヴォントゥレットです」


 コスケンパロが、避難民達に話しかけた。


「避難民の方々はこちらへ。セティヤ様、ネウラ様、空人様はお城においでください。我らが主がお待ちです」





 コスケンパロを案内人として、街のなかを歩いて行く。

 街のなかは活気に満ちていて、避難民達の疲れ切った様子との差に愕然とする。


 震災の被災地から数時間離れたところで、ごく普通の日常があるとショックを受けると漫画で読んだことがある。

 それと同じ感覚だと思う。


「森を切り開いたのか?」

「左様。必要があれば木々を切り開き、生活圏を拡大させる。代わりに森を守るために命を賭す。それが我らエルフと森との盟約だ」

「盟約ということは、森と話せるのか?」

「これは異な事をいう。意思疎通は言葉だけではあるまい?」

「コミュニケーションはジェスチャーも大事さ。言語はたったの七%だという。だが、俺たちは森と意思疎通は出来ないんだ」

「そうか。異世界人と我らは違うものだ。そういうこともあるだろう」

「私たちも森戸意思疎通は出来ませんけどね」


 この世界の人間は森と意思疎通が出来るのかと感心してたのだが、セティヤは違うらしい。


「あなたたちエルフは特別なのですよ」

「ハハハッ、確かに我らエルフは姫さまのお言葉通りです」


 コスケンパロは笑う。


「ここはエルフの国と聞いたが、色々な種族がいるんだな」


 街を行き交うのはエルフが多いが、獣の耳を付けた獣人と思われるものたちや蜥蜴人間――リザードマンだろう。さっき戦ったばかりの魔族と思われるものも当たり前のように歩いていた。


「森林同盟六州はあらゆる種族に開かれた国だ。我らは来る者は拒まず、去る者は追わずをモットーとしている」


 コスケンパロが自慢気にこたえた。


「そいつは良い国だな」

「森はあらゆるものを受け入れる。変化しないものはない。森も同じだ。そして変化しなければ、生き残れない。我らの森は生き残るために、あらゆるものを受け入れている。


 尤も犯罪者は厳しく処罰しますし、侵略者には死を与える。我らの軍事力の高さは、セティヤ様もご存じかと思いますが」


 セティヤは頷いた。


「空人。このティアーズ大陸は東西南北と中央部にわかれています。何度も魔王軍の攻撃を受け、その度に各国は被害を受けました。国土の荒廃は他国への侵略に繋がりますが、ティアーズ大陸が平和だったのは中央部にある三カ国が睨みをきかせていたからです。


 北側のドラーケス王国、中心のフィウーネ王国、南側の森林同盟六州です」


 中心部にあるふたつの国は陥落し、残るは森林同盟六州だけだ。

 状況的にはよくないだろう。


「三カ国は小国に分類されますが、いずれも強大な軍事力を誇りました。森林同盟六州は三カ国のなかで最強です」

「そいつは意外だな。俺の世界の作品に出てくるエルフは、良くも悪くもマイペースだ」

「戦乱は我らの森に影響を与える。火が燃え広がれば、こちらにも火の粉が飛んでくる。それ故に干渉しているだけだ」


 コスケンパロは飄々とした態度で答えた。

 

「さて、城に到着しますぞ」

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