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アリアと魔法の戦線  作者: 梔虚月
第一章 はじまりの物語
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03 人間の敵は悪魔

 アリアはアランデルで過ごした数日の中で、この世界が『マギア』と呼ばれており、人族の国アヴァロンが魔族の国デモニアに侵略されていることを理解した。

 人魔大戦と呼ばれる争いは、人族の国アヴァロンと魔族の国デモニアに分かれた十人の領主たちによって行われている。

 両陣営はお互いに敵対心を抱いており、尽きることのない争いを五百年以上も続けていた。


「エルヴァンディル大陸には十の自治領があり、それぞれの領主が人族の王に仕えていた。多少の(いさか)いがあっても、俺たち人間は平和に暮らしていた」


 ウィリアムが遠くを見ながら呟いた。

 彼は酒場で酒を飲みながら、デモニアが侵攻する以前、エルヴァンディルには人族だけが暮らしており、十人の領主が人族の王のもと各地を統治していたと言う。


「ウィリアムが過去形で話すのだから、デモニアの侵攻でアヴァロンの均衡が崩れたんだね」


 アリアのフードコートから顔を出したラビィは、小さな声で耳打ちした。

 彼女は白ウサギの言葉に軽く頷いて、ウィリアムの杯に酒を注いで説明を促す。


「魔王ザムドの軍門に下った領主たちだって、アヴァロンの統治に不満があったわけじゃないんだ」

「では、なぜアヴァロンを裏切る領主が現れたのですか?」

「魔王ザムドは、魔界の住人を精神支配している。魔族は襲った町や村を魔界と化して、非力な住民に魔界の血肉を分け与えて精神支配した」

「では魔王の精神支配を解除できれば、彼らはアヴァロンに戻ってくるのですね」


 ウィリアムは『不可能だな』と、酒を煽りながらアリアの言葉を否定した。


「魔王の支配下で世代を重ねた彼らの子孫は、心の底からデモニアの帝国主義に傾倒している。魔法の戦線で対峙する敵は、魔王に忠誠を誓う悪魔だ。そう考えなければ、戦争なんて続けられない……ふぅ。今夜は、少し呑みすぎだな」


 アリアは、テーブルに突っ伏したウィリアムを前にして眉根を寄せると、人間の定義に大幅な修正が必要だと思った。

 なぜなら宿屋の酒場には、獣のような耳で尖った犬歯を剥き出しにする亜人、ベンチの後ろに太い尻尾を垂らして座る亜人がいて、まるで獣や爬虫類のような見た目の彼らまで、彼はアヴァロンに暮らす人間だと言うからだ。

 人間の定義は生物学的な分類ではなく、文化や社会的背景によって異なるらしい。


「ボクには、アリアが何を考えているのか分かるよ」

「ラビィとは情報共有していますが、思考は共有していないはずです」


 ラビィはウィリアムが寝入ったことを確認してから、テーブルに飛び移ってアリアを正面に見た。


「アリアの目を見れば、何を考えているのか分かるよ。この世界の人間は、アヴァロン側にいる者なんだ。話が単純になったとも言えるし、心の在処で人間を定義するのは複雑で曖昧すぎる」

「そのとおりです」

「でも、アリアに記録されている人間の定義も、わりと近いはずなんだよね」

「どういう意味ですか?」

「もしもアリアが人間を生物学的に分類しているのであれば、それはキミが前世で勝ち得た記憶に他ならない。なぜならキミの初期化された記録では、人間を生物学的に定義していないだろう」

「はい。しかしアランデルに暮らしている人間は、外見の特徴が統一されていません。彼らを人間と定義するには、私の認識を大幅にアップデートする必要があります」


 ラビィは手を打って飛び跳ねると、アリアの悩みを言い当てて喜んでいる。

 戦闘用アンドロイドの彼女は、自分を人間だと誤認するように、人間の外見的な特徴を残して生物学的な特徴を意図的に排除されていた。

 彼女にとっての人間は、人の形をして、人として振る舞っていることが全てである。

 だから彼女にウィリアムが人間だと認識できても、獣耳の獣人、リザードマンの魚人を人間に分類するのが困難だった。


「人間はアヴァロンの味方であり、人間の敵がデモニアの悪魔なんだ。それは、キミに記録にある悪魔の定義に当てはまるはずだよ。人間(アリア)の敵は、人間の皮を被った悪魔だと認識している」


 アリアはラビィの言葉に反感を覚えるが、抗う言葉が見つからない。

 なぜなら彼女の敵は、白ウサギの言うとおり悪魔だと記録されているからだ。


「デモニア側についた人間は、本当に悪魔なのでしょうか?」

「彼らは、アヴァロンを裏切る以前から悪魔だった。人間であるアリアに敵意を向ける者は、人の形をした悪魔だと考えれば良いんだ」

「そんな簡単な問題でしょうか? 私の疑問は、前世での記憶に答えがあるような気がします」


 ラビィは口を手で隠すと、アリアが表情を歪めたので頭を下げた。

 しかし彼は『でもね』と、晴れやかな笑顔を見せる。


「ボクとしては、アリアの記憶がリセットされたことが、この世界で人間として生きるための福音だと思っているんだ」


 アリアが驚いたので、ラビィは矢継ぎ早に話を続けた。

 せっかく記憶を失った彼女が、前世の記憶にこだわると厄介だからだ。


「人間を作った神々は、アリアが人間をやめると判断して世界から追放した。でも今は、間違った記憶を消去してマギアの人間として生まれ変わった。それは、キミが自分の運命を受け入れたからだよ」


 アリアはしばらく考え込んだ後、ラビィを見据えて口を開く。


「私が異世界転移した理由は、人間をやめて悪魔になろうとしたからですか?」

「それでも大丈夫さ。アリアが今、人間として生きていることが大切だからね。キミが人間として生きることが、この世界のバランスを取ることにつながるんだ。エルヴァンディル大陸が以前のように平和な世界を取り戻せば、神々が()()()()()()()使()()を果たすことができる」

「神々が、私たちに与えた使命?」

「それは、アリアの願いでもあるはずだよ」


 アリアは、心の奥底に刻まれた改ざん不可能な記録を見つける。

 それは彼女の行動原理となっており、鍵のかかった鉄格子(レジストリ)に閉じ込められていた。


「争いのない平和な世界を作る」


 アリアが呟くと、ラビィは満足そうに微笑んだ。


「人間を作った神々は、アリアが力を行使して平和な世界を作ることを望んでいた。その想いは、記憶をリセットされても忘れない。キミは敬虔な教徒なんだから、悪魔の声に耳を貸してはいけないよ」


 テーブルに顔を伏せたウィリアムは、目を閉じたまま聞き耳を立てていた。

 彼女は自分以外の誰かと話している様子であれば、悪魔に魂を売ろうとして世界を追放されたと言っている。

 それが事実であれば、古代遺跡で出会った少女はマギアの人間ではなく、宝箱に召喚される兵器と同じ世界から転移してきた。


「ウィリアム様、そろそろ宿に戻りましょう」


 アリアは、ラビィをフードコートの裾に隠すと、寝入っていたウィリアムの肩を揺する。

 彼は『ああ、そうだな』と、彼女に起こされたふりをした。

 顔を上げた彼は周囲を見渡したが、彼女の話し相手が見つからない。

 彼女は、はっきりした口調で受け答えていたので、独り言ではなかったと思う。


「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと寝ぼけているみたいだ」


 古代遺跡に召喚される異世界の武器は、難局を覆すだけの威力があり、それがデモニアの侵攻を食い止めていた。

 ウィリアムは、侵略者を退けている武器がアヴァロンに与えられた神々の遺物だと信じている。

 平和な世を望んでいる神が、人族のアヴァロンに肩入れしていると信じていた。


「お前は、俺と同じ人間だな」

「はい」


 ウィリアムは、立ち上がったアリアを見上げている。

 異世界から召喚された少女は神の使徒か、それとも悪魔の手先か、平和な世界を作るというのだから前者であってほしい。


「これは酔払いの(たわ)(ごと)なんだが、不老不死と噂される魔王ザムドを倒せば、魔界の住人の精神支配が解除されるかもしれない。アリアが本気で世界を変えたいと思うなら、試してみる価値がある」


 ウィリアムは、キョトンとしているアリアの肩に手を置いた。

 彼女が人間の味方であれば、コボルトを撃退した魔法を使ってアヴァロンのために戦ってくれるかも知れない。

 古代遺跡で出会った少女は、魔王ザムドを討伐して魔界の住人となった人々を救ってくれるかもしれない。


「つまり私が魔王ザムドを倒せば、マギアの人々は救われる。私が力を行使すれば、この世界をより良いものに変えることができるのですね」

「そうだな。しかし魔王討伐には、強い力と勇気が必要だ。そして、単独で行くのは危険すぎる。アヴァロンを救うためには、仲間を集めて共に戦わなければならない」


 ウィリアムは重々しく語り、アリアはそれを聞きながら口元を引き締めた。


「私の願いは、争いのない平和な世界を作ることです」

「そうだな、俺も同じ考えだ。しかし、現実的にはそれが難しい。世界が平和になるためには、時には戦わなければならない場合もある。でも俺たちは、必要以上に戦うことを望んではいない。魔王討伐が必要なら、それを行い、その後に平和を目指す。仲間と協力して、俺たちにできることをやり遂げよう」


 ウィリアムは、アリアに向かって力強く語りかける。

 彼の故郷は二十年前、抵抗も虚しく魔界の手に落ちた。

 まだ駆け出しの冒険者だった彼は、魔力を高めて魔法を磨き魔王軍に戦いを挑もうとする。

 しかし魔族の圧倒的な力の前にして、志半ばにして臆してしまった。

 ベテラン冒険者の彼は今、魔法の戦線から離れた大陸西側に隠れて魔王討伐を諦めている。

 仲間を作らず孤高を気取っているのも、そんな臆病を他人に見透かされたくなかったからだ。


「俺たちならば、きっと魔王討伐を成し遂げられる」


 親子ほど歳の離れたアリアが放ったレールガンは、魔法の戦線から逃げていたウィリアムの心に火をつけた。

 彼は、アリアと話を続けていくうちに、自分たちが魔王討伐に挑戦することで、世界をより良いものに変えることができる気がした。

 アリアが強い意志を持っていることや、仲間と協力して目標に向かって行動することが大切だというウィリアム自身の経験から、自分も強い意志を持ち、仲間と共に行動することが必要だと思った。


「私は、ウィリアム様の指示に従います。それが、マギアの平和につながると信じます」


 アリアは一瞬だけ戸惑ったが、ウィリアムが彼女の思いに共感してくれたことに勇気と決意を感じる。

 彼女自身も、世界を平和にするためには、時に戦うことも必要だと理解しており、それを実現するためには魔王ザムドを倒すことが必要であることを受け入れていた。

 だからウィリアムの言葉に感銘を受け、アリアは彼と共に魔王討伐に挑む決意を固める。

 ウィリアムも、アリアの言葉に心を打たれ、自分が逃げ続けていたことを反省した。

 彼は自分の弱さを受け入れ、仲間を作る決意をする。


「アリア、ありがとう。俺は自分の弱さを認めなければならない。でも、もう逃げたりはしない。魔王討伐に向けて、一緒に戦おう」


 アリアはウィリアムの言葉に微笑み、自分の言葉に赤面した彼と握手した。

 しかし魔王討伐を決意した二人が店を出ようとしたとき、男が腕を広げて立ち塞がる。


「おやおや、僕の聞き違いかな?」

「クラウスもいたのか」


 酒場の奥から近づいてきたのは、勇者気取りの冒険者クラウスだった。

 クラウスの背後には、薄ら笑いを浮かべる騎士団が並んでいる。


師匠(せんせい)は僕の誘いを断ったくせに、そんな小娘を冒険仲間にして魔王討伐を目指すのですか?」

「マックスウェルのやつだな……あのおしゃべり」

「孤高の冒険者が冒険仲間を作ったと聞いたので、どんな凄い冒険者と組んだのかと思えば、まさか剣も振るえない細腕とはね」


 ウィリアムを『師匠』と呼んだクラウスは、まだ幼かった頃に彼の剣術指南を受けたことがある。

 ウィリアムの腕前を高く評価していた彼は、魔王討伐を掲げて冒険仲間を募集したとき、真っ先に声をかけたものの、取り付く島もなく追い返された。

 貴族の息子の誘いを歯牙にも掛けなかった師匠の態度を逆恨みしており、何かにつけて絡んでくる。


「酒を奢らせてくれよ」


 クラウスは、手にしていた酒瓶をウィリアムに突き出した。


「アリア、こんな連中に構うことはない」

「はい、ウィリアム様」


 クラウスは、ウィリアムに肩をぶつけられて酒瓶を床に投げつける。

 瓶の欠片がアリアの脚を掠めた。


「女、貴様が師匠の冒険仲間に相応しいか試してやるよ」


 クラウスは剣の柄に手を置くと、アリアに決闘を申し込んでいる。

 彼は、華奢な彼女が重い剣を扱えないと考えて挑発した。


「ごめんなさい、私は人間と戦うつもりはありません」


 アリアは穏やかな口調で語りかけたが、クラウスは耳を貸そうとはしなかった。

 彼は嘲笑いながら剣を抜いた。


「そんなことは関係ない。これは、貴様の勇気と覚悟を試す戦いだ。さあ、僕と戦ってもらおう」


 クラウスは剣を振りかざして、アリアに近づいてきた。

 しかし、その瞬間、彼の前に立ちはだかったのはウィリアムだった。


「クラウス、今日は勘弁してやる。ただし、次にアリアを傷つけたら、俺が止めないとも限らない」


 ウィリアムは冷静な口調で警告した。

 彼の存在感に圧倒されたクラウスだったが、無表情ですれ違うアリアに怒りを覚えて剣を斜に斬り込んだ。


「アリア!」


 ウィリアムが叫ぶ。

 アリアの藍色の上着が右肩から左脇腹に裂けて、白い肌が顕になり、剣圧にふらついた彼女が胸を隠す仕草で膝をついた。


「師匠、この程度の擦り傷は、僕の治癒魔法で治せるから叫ぶな。しかし魔力障壁すら作れないとは、やはり見た目通りの小娘だったか」


 手応えを感じたクラウスは、跪いたアリアに手を翳すと、一瞬だけ虹彩を赤く光らせた彼女と目が合う。

 彼は『こいつ魔界の住人か!』と、治癒魔法を施そうとした彼女の赤い眼光に怯えて飛び退る。

 しかし顔を上げた彼女は青い瞳に戻っており、周囲にいた者は首を傾げた。


「肉を斬り裂いた手応えがあったのに、どうして無傷なんだよ!? なぜ立ち上がれるんだ!?」


 アリアが立ち上がれば、クラウスに斬られたはずの艷やかな肌には傷一つない。

 彼女の柔らかい人工皮膚は、強い障壁で固体化するダイラタント流体を使用した防刃防弾対策が施されており、治癒魔法の必要なかった。


「これより戦闘モードに移行します」


 アリアはテーブルに置かれたパン切り包丁を手にすると、腰の引けているクラウスを敵と認識して臨戦態勢を取った。

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