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逆行復讐劇と思いきや相手も逆行し始めた

作者: ミツリ

「もう疲れましたわ」

「そうね、うんざりだわ」


 とある夜会にて。喧噪を避けるように、二人の少女がテラスにて向かい合っていた。

 一人は、一目でやんごとなき血統のご令嬢だろうと立ち姿から理解させられるほどの、圧倒的な気品と美貌の少女。どれほど上等な血を掛け合わせ続ければこれほどまでに見事な芸術品が生まれるのかと、誰もが溜息を吐くだろう存在感だった。

 一方、もう一人の少女。こちらは目の前の少女に比べれば美しさでは一段劣るも、代わりに場の空気を一瞬で集めるだろう不思議な華やかさがあった。目の覚めるようなエメラルドの瞳が彩るファニーフェイスは、誰の心にもするりと入り込んでしまう愛嬌を持っている。


 本日、()()()()()()()を果たした少女たちは、揃って倦み疲れた表情で佇んでいた。


 美貌の少女、アダリナ。愛嬌の少女、ピラル。彼女たちには三度、人生をやり直した記憶があった。


 双方にとって一度目の人生。この王国の王妃であったアダリナは、国王の公妾となったピラルとの権力闘争に敗れ、廃妃されたうえに一族郎党は爵位と財産を取り上げられ、当人はピラルに毒を盛ったという無実の罪で貴族専用の監獄送りとなった。そして屈辱に耐えかねたアダリナが監獄で自ら命を絶ち――すべては巻き戻っていた。


 二度目の人生。そして一度目の回帰。自決した二十二歳の夜から突如、四年巻き戻って十八歳の朝へと回帰したアダリナは、混乱の末にその日が王妃として戴冠した三日後で、今夜初めて国王と国の主要な貴族たちが訪れる夜会へ参加する日だと気が付いた。

 十三の頃まで戻れたら婚約から白紙にできたのに、と嘆きつつも、これは神様がくださったチャンスだわ、とアダリナは奮起した。まだ憎きピラルとは対面すら果たしていない。あの女がわたくしたちを追い落とそうと画策し始めるのはまだ先の話。その前に、わたくしたちの方が自衛してうまく立ち回ればあの女の陰謀を白日の下に晒せるかもしれない。

 そう決意したアダリナは、あまりの高貴さから遠巻きにされ誤解され誰一人味方がいなくなってしまった一度目を反省し、なるべく他者と関わりを持つようにした。女は触れるなと教えられていた政治や経済のことも眉を顰められつつも勉強し、一族の危険を察知できるよう努力した。

 その結果、国王の寵愛がアダリナに移ることを危惧したピラルの策謀は一度経験したこともあってほとんどを凌ぎ切り、ついに彼女を公妾から追い落とすことに成功した。

 王妃を陥れんとした罪で、アダリナと違い元の出生を辿れば豪商の娘という平民でしかなかったピラルは全てを取り上げられ、幽閉ではなくそのまま処刑される運びとなった。

 しかしピラルは、ただで殺される女ではなかった。看守を篭絡し牢獄から抜け出すとこれまた仲の良い近衛兵から聞き出していた王宮の隠し通路を使ってアダリナと国王の寝室を訪れ、その寝首を狙った。

 指揮官として戦場に立ったこともあった国王は殺気に直ちに反応し襲い掛かるピラルを切り捨てたが、ピラルの凶刃がアダリナの首を掻き切る方が僅かに早かった。


 そして同時に絶命した二人は――また、初対面となる夜会の日の朝を迎えた。


「そう、鈍い箱入りお嬢様が急にあれこれし始めたと思ったら、こういうことだったの」

 今度はたった二年で巻き戻ることになった人生を嘆きながらそれでも前を向こうとしたアダリナだったが、夜会にて再び「初めての」対面をしたはずのピラルに目が合うなりそう微笑まれ、戦慄することとなった。

 そこからは、泥沼だった。

 圧倒的な後ろ盾となる公爵家という実家があり、回帰によって箱入りのままではいけないという自覚、狙われているという警戒心を得たアダリナ。

 生まれは卑しくも生来の頭の回転の速さと、誰からも好かれやすい愛嬌を持ち自身の権威を守るためならばどんな努力も手段も厭わないピラル。

 そんな二人が、「これからこの国には何が起こるのか」「自分たちはどのような権謀術数を巡らせたことがあるのか」を記憶している状態で再び巻き戻ったのだ。

 国王の寵愛を奪い合うのみならず、二人の争いは王宮中を巻き込み、ついにはこれを好機と見た隣国との開戦すら招く事態となってしまった。

 そして二人の存在が国に混乱をもたらしたのだと判断したとある貴族によって、二人は戦乱に乗じて暗殺された。


 そして、今夜。

 二人は、四度目の初対面を果たした。


 アダリナには、回帰三度分、四年と二年と五年の実に十一年分の記憶が。ピラルには最初の分のみを除いた、七年分の過去の記憶があった。


「片方が死ねばその片方だけが、ほぼ同時に死ねば両方が記憶を引き継ぐのかしらね」

「試したくはありませんので確証は持てませんが、おそらく」


 夜会の最中、アイコンタクトでまたもやお互いに記憶があることを理解した二人は、人目を忍んでテラスへと落ち合っていた。

 闘争に疲れ果てた二人は、視線を合わせると揃って溜息を吐く。


「楽になりたい」

「わたくしたちではなく他の誰かがこの奪い合っている座に着けば丸く収まるのでは?」

「もっと前に巻き戻れればその手も使えるでしょうけど、もう私たちがこの場で出会ってしまった以上は難しいでしょうね。私たちが望む望むまないに関わらず、勝手に派閥ができて受動的に対立させられるわ」


 私は今までは能動的に対立していたけれどね、と笑いながらピラルは手すりに貴婦人あるまじきだらしなさで寄り掛かった。

 その当意即妙さを誉めそやされてきた彼女だったが、今はその地頭の良さによって自分たちがとんでもない袋小路にいる現実をただただ目の当たりにするしかなく、とてもではないが真っ直ぐに立つ気力すら保つことができなかった。


「とにもかくにも、疲れたわ」

「正直、憎しみは全然燃え盛ってますけれど……それにしても確かに、疲れましたわね」


 だらけているピラルに対し、骨の髄まで気品を叩き込まれているアダリナは姿勢こそ崩さないものの、さすがに表情に十八歳らしからぬ疲弊と諦観、絶望を覗かせる。


「私は七年、あなたは十一年? さすがに気が狂いそうになる話ね。これ、何が嫌ってこれからどうにか対立を緩和しておてて繋いで仲良ぉく宮廷で暮らしてうまぁく平和に老衰で死んだとして、それで巻き戻らない保障がどこにもないってとこよ」

「考えるだけでぞっとしますわ……」

「私も人生全否定されるのは嫌だし、別に陰謀巡らせるの嫌いじゃないけど何度も同じ前提でやらされるのはつまらないわ」


 こ、この女……という目でアダリナがピラルを見るも、彼女は意に介さず逆にじろりとアダリナを睨み上げた。


「戻り始めたのはあなたが先なんでしょ。黒魔術かなんかしたんじゃないの?」

「それで済むならあんな面倒な権力闘争繰り広げずにさくっとあなたを呪い殺してますわ」

「ま、そりゃそうか」


 一部の貴族がずぶずぶに嵌っているという黒魔術だが、この場にいる二人は欠片もその効果を信じていなかった。錬金術も黒魔術も、それで戦いに勝てるならぜひ教えを請いたいものだ。

 できやしなかろうと、元から不死にも不老にも興味のない二人は心の中で鼻で笑う。


「とりあえず、休戦しつつお互いの人脈を使ってこの状況について調べるってことでいいかしら?」

「ええ。あなたがまた喧嘩を吹っかけてこなければ、喜んで」

「ふふ、さすがに七年もやり合って最後に血の雨を降らせたんだから、少しは飽きてるわよ。安心しなさい」

「懲りてるわけじゃないところが全く信用できないんですのよね……」


 そして。休戦協定を結んだ二人は、それまでの三度の人生では知らなかったお互いについて少しずつ知っていくことになる。

 箱入りで血統財力権力教養が揃い非の打ち所がないはずのアダリナが、少し抜けていたり、不自由ない生活を送ってきたが故の寛容と鷹揚さ、民の幸せを真に願う心を持ち合わせていること。

 豪商の元に生まれたものの、父の後妻と彼女が連れてきた娘によって居場所を奪われた過去があるピラルが、その後も自分を守るためには知性と愛嬌を武器に戦ってくるしかなかったこと。


「悪い人は隅々まで悪い人でいてくださらない!? 同情を引くなんて卑怯でしてよ!!」

「いやあなたが勝手にしてるんでしょ。私はあなたのシンパみたいに『なんとお優しい……っ』とか感動なんてしないわよハァ~~高貴なる者の寛大なるお心片腹痛いわぁ~~」


 そんな二人だったが、その後、自分たち以外の国王の寵愛を得られるような女性を探してみたり。

 剣も魔法もなかったはずの世界で古代のなんやかんやを見付けてしまったり。

 そんなこんな、てんやわんやしていくことになるのだった。

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