表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/7

視察に行くそうです。え? わたしも?

お気に入り登録、評価などありがとうございます!

本日二回目の更新です!

 ある朝魔王様がおっしゃいました。


「視察に行く」


 起き抜けにそんなことを言われたわたしは、ぼへーっとクラヴィスの素敵な胸筋を見つめながら首をひねる。


 何で目の前に胸筋?


 当り前のようにわたしのベッドに寝転がっている超イケメン魔王様。

 しかもこれまた素敵な筋肉のついている両腕でわたしをがっちりホールディング。


 ……魔王様また勝手にわたしのベッドにもぐりこんで寝ましたね?


 夕食を共にするか一緒に寝るか。この二択を迫られて夕食を選んだはずなのに、クラヴィスはたまにわたしが寝ている隙にわたしのベッドにもぐりこむ。

 まじでわたしの鼻の毛細血管がピンチだから、やめてほしい。

 思わず自分の服に乱れがないか確認してしまうちょっぴり乙女なわたし。


 えーっとそれで、何の話でしたっけ?

 そうそう、視察に行くんですね。


「いってらっしゃい」


 わざわざわたしに断りなんていれなくても勝手に行ってくれてオッケーよ。

 ここでの生活も一か月が過ぎて、当初ほどクラヴィスのことは怖くない。まったく怖くないわけではないけれど、顔を見ただけで「ぴぎゃああああああ」とか悲鳴をあげるほどではなくなった。一応、会話も成立している(と思う)。


 妻の自覚も覚悟も気持ちもまったくないが、一応妻らしく「いってらっしゃい」って言ってあげたのに、魔王様は不満そうに眉を寄せた。


 ……怖いです。眉間に皺を寄せないでください。


 何が不満なんだ。まさか見送りのチューとか言うんじゃないだろうな。無理だから!

 というかこのまま起き抜けにキスされる危険性があると判断したわたしは、身をよじってなんとかクラヴィスの腕から逃れようと試みる。


 クラヴィスにその気がなくても、動悸と息切れと呼吸困難と脈拍異常と高血圧とついでに鼻血の出血多量であの世行きになる危険がありそうなキスは心の底からお断りします!


 わたしが逃げたがっているのに気づいたらしいクラヴィスが、腕の力を弱めてくれる。

 勝手に密着してくるしキスしてくるけど、こういう引き際はいい魔王様である。

 ベッドの端っこまで逃げて、気だるそうな色気を振りまきながら横になったままのクラヴィスに向きなおる。


 くそぅ、イケメン!

 刺激が強すぎるからせめてシャツ着てくれ!


「視察はお前も一緒だ」


 鼻血の心配をしていたわたしは、クラヴィスの聞き捨てならない一言にくわっと目を見開いた。


「一緒!? 」

「明日の朝出発する」


 拒否権なしか!

 もちろん死の危険があるから拒否はしませんけども!


 でも視察?

 視察ってどこ行くの?


 訊いてみたいけど答えが「地獄の一丁目」とかだったらきっとわたしの息が止まるからやめておこう。


「おやつを持って行きたければリュリュに言っておけ」


 ふお! おやつ!


 現金なわたしの機嫌は、急浮上。

 クックッとクラヴィスが笑っている。

 うーん、わたし、クラヴィスの手のひらの上でころころ転がされているような気がしなくも、ない。



     ☆



 おやつよーし。

 お弁当よーし。

 水筒もよーし。

 うん、わたし完璧。


 すっかり遠足気分でバスケットを持っているわたしにクラヴィスが苦笑している。


「準備できたか?」

「ばっちりです!」


 視察に行くのはここから西にある魔物の集落の一つだと言う。結構離れたところにあるらしいが、魔王様の空飛ぶ馬車なら日帰り可能だと言うからすごい。

 ポポの一件があって、わたしが魔物を恐れていないと知ったクラヴィスは、この視察にわたしを同行させることに決めたそうだ。

 城の玄関へ向かうと、玄関扉を開けたところに馬車の準備がされている。馬車につながれているのは羽の生えた馬が四頭。おおっ、ペガサスだよペガサス! いや、角が生えてるからユニコーン? よし、ペガサスとユニコーンを足してペガユニと命名しよう(もちろん勝手に)。


「ご準備はできましたか? 魔王様、花嫁様」


 四頭のペガユニのうちの一頭がそう言いながら顔をこちらへ向けてきた。なんと! お喋りできるお馬さんですか!

 馬車なのに御者がいないなあと思えば、魔物であるペガユニたちは知能も高く意思疎通は普通にできるため、御者がいらないようだ。


 黒塗りの馬車に乗り込むと、深紅の座面はふっかふかだった。

 わたしが座面のふかふか具合を堪能していると、クラヴィスがわたしの隣に座る。


 馬車の扉がひとりでに閉まり、静かに走り出した。しばらく助走をつけて、ふわりと宙に浮く。

 窓から下を眺めていると、ぐんぐん地上が遠くなる。この浮遊感は飛行機に乗った時を思い出すけれど、飛行機と違って外がはっきり見えるのが面白い。高度も飛行機よりは低く、雲の上まで上がらないので視界を遮られないし。


「しっかり座っていないと、稀に揺れるぞ」


 クラヴィスがそう言いながら、実にさりげなくわたしの腰を引き寄せた。

 ドキーンと心臓が跳ねて、恐怖なのか緊張なのかなんなのかわからないが、ドッドッドッドッと鼓動が太鼓のように大きく速くなる。

 クラヴィスがわたしの腰に腕を回したのは、馬車が揺れたときにわたしが座面から転がり落ちないようにするためだろうけど、わたしは非常に落ち着かない。これなら座席から落っこちた方がなんぼかましだ。


「一時間半ほどでつくだろう。弁当を用意させたようだが、昼食はここで取るつもりか?」

「そのつもりです」


 一時間半なら、昼には少し早いが、せっかくお弁当があるからここで食べたい。視察がはじまると食べる暇がないかもしれないからね。わかんないけど。


 ……てか、一時間半ももしかしてこの体勢なのだろうか。わたし、一時間半後生きてるかな? 脈拍異常でぽっくり逝ってないかな?


「はあ、ポポ連れて来ればよかった」


 心の安寧のために。

 ふわふわもふもふのポポをなでなでしていたら、緊張とか恐怖とかを忘れられそうなのに。

 ポポはわたしにもふもふされるのが嫌な様子で、わたしの姿を見たら脱兎のごとく逃げ回るけど、そこがまた可愛い。騎士たちから逃げ回ってきたわたしの脚力で追い回して追い詰めて、捕まえて思う存分もふもふするときのあの快感ときたら、おやつタイムにも勝る至上の時間ですよ。


「……ラフィはポポがお気に入りだな」


 心なしかクラヴィスの声が低い。

 しかしポポをもふもふしているときを思い出してうっとりしているわたしはそれに気づかなかった。


「なでなでしたら気持ちいいですから」

「撫でるなとは言わんが、ポポはオスだぞ」

「みたいですねえ」


 でもだから何だと言うのだろう。わんこの愛らしさにオスやメスの区別はない。


「それに、あれでも一応五十を超えている」


 わお、外見子犬のくせして五十過ぎのおっさんですか。そりゃぁなでなでしようとしたら逃げるよね。だからと言ってやめる気はないけど。それに、性別と同じくわんこの可愛さに年齢は関係ない。


「あれには妻も子もいる」


 なんと! それはもふもふパラダイス⁉ ぜひぜひ奥さんと子供にも会いたいんですけど! そしてモフりたいんですけど!


「それは素敵ですねー」


 もういっそ、一家そろってわたしの部屋にお引越ししてこないだろうか。いつでもウェルカムなんだけど。


「もうすぐ孫も生まれるはずだ」


 何それもう天国ですか⁉

 いったい何匹(何人?)のもふもふが……はぅ!


 わたしがうっとりしていると、わたしの腰を抱くクラヴィスの手に力がこもった。


「お前はああいうのが好きなのか?」

「当り前じゃないですかー」


 あの可愛い生き物が嫌いとかいう人間がいたら見てみたいね。

 孫が生まれたら一人わたしの養子にくれないかなあ。一生もふもふして可愛がってあげるよ?

 わたしがへそ天で「きゃわーん」とか言ってるポポを想像して悶えていたら、急に隣から冷気が漂ってきた。


 寒っ!


 びっくりして隣のクラヴィスを見上げると、ちょっぴり青みがかっている銀色の瞳をすーっと細めて、凄みのある笑みを浮かべている。


 ひええええええええ!

 笑っているのに目が全然笑っていませんことよ⁉


 背筋にひやーっと冷たい汗が流れて、わたしはがくがくぷるぷると震えた。


 もしかしなくてもわたしこのまま氷漬けにされてあの世行き⁉


 久しぶりに号泣しそうなほどにパニックになっていると、不意にわたしの唇が塞がれる。


 むむむむむ!


 キスされたのはわかったけど、長い。長いです!

 パニックになっているところに向けて口が塞がれたわたしは、以前指摘された「呼吸」の二文字をすっかり忘れて――

 はい、久しぶりに、気絶しました。






 目が覚めると魔王様に膝枕されていた。

 意識を失っている間、遠くに三途の川が見えたよ。

 マジで死ぬかと思った(息を止めてたのはお前だと言うツッコミは聞かない)。

 わたしの頭をなでなでしていたクラヴィスが、わたしが意識を取り戻したことに気づいて顔を覗き込んでくる。


「大丈夫か?」


 大丈夫か大丈夫でないかで言えば大丈夫じゃないです!

 イケメンに膝枕とかわたしの血圧が急上昇してそのうち血管の耐久を上回って全身内出血で死に至りますですはい(ちょっと自分でもなにが言いたいのかわからない)。


「すまない、少し我を忘れていたようだ」

「はあ」


 いったいどうして魔王様が我を忘れることになったのかはわからないが、我を忘れるとチュー(しかも長い)攻撃を仕掛けるのだろうか?

 あれ? じゃあ今までのキス攻撃もクラヴィスが我を忘れた結果なのかな。

 そうかー、キス魔って無意識のうちにキスするんだなー。

 わたしの心臓が持たないから、お願いだからできるだけ自我を保っていてほしいなあ。


「あと十分ほどでつくから、まだ横になっていろ」


 なんと、わたしは一時間以上気を失っていたらしい。


 ……ん? ちょっと待って?

 残り十分?


 はうぁ!

 お弁当‼


 暢気にイケメン膝枕で鼻の毛細血管と格闘している場合ではない。


 わたしのお弁当! バスケットの中にはおいしそうなサンドイッチが詰まってるのー!

 かくなる上は十分で猛ダッシュランチだよ!


 わたしは勢いよく飛び起きると、対面の座席の上に置いていたバスケットに手を伸ばす。

 その瞬間、馬車がぐらりと揺れて、落っこちそうになったわたしを、クラヴィスが咄嗟に受け止めた。


「危ないと言っただろう」

「……お弁当」


 クラヴィスに抱きしめられているからわたしの腕の長さではバスケットまで届かない。

 クラヴィスがちょっぴりあきれ顔でバスケットを取ってくれた。

 バスケットの蓋を開けてにまにま笑うわたしに、彼が「お前は本当によく食べるな」といつぞやと同じことを言った。

 サンドイッチは一個ずつ個包装されている。

 わたしはその中から分厚いハムが挟んであるハムサンドを二つ手に取った。一つをクラヴィスに差し出す。

 サンドイッチを渡されてクラヴィスは若干戸惑ったようだが、わたしが気にせず食べはじめると、笑ってサンドイッチの包装をはがした。


 優雅にサンドイッチを食べるクラヴィスの横で、猛然とサンドイッチを胃に流し込んでいたわたしは、全種類を制覇したところでお腹をさする。

 はー、満足。

 わたしが全部食べる間にクラヴィスは二個しか食べていないが、そろそろ時間のようだ。

 ペガユニの「もうすぐ到着です」と言う声が聞こえてくる。

 馬車がゆっくりと地上に向けて降下しはじめて、クラヴィスがわたしが座席から落っこちないように抱き寄せる。

 

 だからイケメンの抱っこは心臓に――

 

 とか思っている間に、馬車は無事地上に降り立った。






 魔王が治めている北の大陸には、魔物が暮らす集落(町とか村みたいなものらしいけど、それぞれ名前はついていないらしい)が無数に存在していると言う。


 ただ、人の国と違って税金の取り立てとかはないんだって。

 なんか、お金の概念自体がそもそもないらしくて、北の大陸に住んでいる魔物たちは、献上品という形で、自分たちの住む場所で取れた農作物とか、海の近くなら魚介類とか、手先が器用で機織りとか鋳物とか陶芸とかをしている魔物ならその商品とかを魔王城に届けているという。そして自分たちは、基本は物々交換だそうだ。

 魔物と聞くとこう、力で相手をねじ伏せてやる的な何かがあるのかと思っていたけど、みんな意外と平和な生活を送っているという。


 今日視察に訪れる集落は、ほかの大陸からの移民が多いところらしい。

 馬車から降りると周囲は森に囲まれていたけれど、少し歩けば文化祭の手作り看板のようなものが見えてきた。見たこともない文字で何か書いてある。どうやらここが集落の入口みたいだ。


 集落は森を切り開いて作られていて、森の中に突如として現れた広い空間に、手作り感のある家がたくさん並んでいた。

 水も引いているのか、浅い小川が蛇行しながら集落の中を流れている。


 魔物と言うより小人が住んでいそうなのどかな雰囲気に圧倒されていると、わたしとクラヴィスの周りにわらわらと魔物たちが集まってきた。

 ウサギや猫や犬っぽいもふもふから、リュリュのような半獣人のような姿の魔物。それから、ゲームの中に登場しそうなスライムっぽい魔物までいろいろだ。


 ふわー、おもしろーい。


 人間の暮らす国にももちろん魔物は存在していて、わたしは騎士たちに討伐されそうになった魔物をせっせと逃がしていたから、魔物自体は見たことがあるが、人間の国に現れる魔物は、いかにもっていう魔物ばかりだった。そう、ここにいるスライムっぽい魔物のような。だから、歓声をあげて飛びつきたくなるようなもふもふパラダイスな魔物たちは、人間の国では見たことがない。


 ……ああ、抱きつきたい。


 うっとりしていると、魔物たちの中から半獣人な見た目のおじいちゃんが杖を突きながら現れた。背丈はわたしの腰ほどまでしかない。


「ようこそおいでくださいました、魔王様。それから聖女様」


 おじいちゃんの呼びかけにわたしはちょっと驚いた。

 魔王様の大陸に来てから、わたしを「聖女」と呼ぶ人にはじめて会ったからだ。


 聖女は魔王や魔物たちにとって、敵とみなされる存在だと思う。わたしの持つ力を魔物たちに使うと、下手をすれば彼らは死んでしまうからね。人には癒しだったり不浄を浄化する力でも、魔物にとっては毒そのものだ。

 だから魔王の「嫁」ではなく、「聖女」と呼ばれて歓迎されていると言うのは不思議な感じだった。


 わたしが戸惑っていると、おじいちゃんが自分の家に案内してくれると言う。おじいちゃんはここの集落の長老さんらしい。

 長老さんのあとをついて、わたしとクラヴィスが歩けば、わたしたちの周りを魔物たちがわらわらとついてくる。……ふわ、たまらん。

 長老さんの家につくと、もふもふたちは残念そうな顔をして離れて行ってしまうけれど、もういっそ中に入ってわたしにくっついてくれてかまいませんけど?


 家の入ると、長老さんの奥さんがお茶をいれてくれた。家も、子供のために作られた家みたいに小さめで可愛い。背の高いクラヴィスは少し窮屈そうだけどね。

 お茶を飲むわたしを、長老さんはにこにこと微笑みながら見ている。


「今日ラフィを連れてきたのは、長老をはじめ、ここに住んでいる者たちがお前に会いたがっていたからだ」

「会いたがっていた?」


 クラヴィスに言われて、わたしはきょとんと首をひねった。魔物たちがわたしに会いたがる理由がわからなかったからだ。

 長老さんとその奥さんは、笑顔で大きく頷く。


「ここに住んでいる者たちには、聖女様に助けていただいた者がたくさんいるんですよ」


 わたしは知らなかったんだけど、魔物たちの集落は、たいてい一つか二つの種族が集まって作られているらしい。しかしこの集落は、わけあってたくさんの種族が集まる珍しい集落だという。

 というのも、ここは十数年前に魔王様が人間の国で暮らしていた魔物たちを保護するために作った集落なのだそうだ。


 わたしは、人間が支配している地域に住む魔物は、この地から人間の住む地に移って瘴気を振りまいているのだと思っていたのだが(それが人間の国の常識である)、どうも違ったらしい。


 ずーっと昔にさかのぼると、人間や魔物たちはそこが人間の支配国であろうとなかろうと、共存関係にあったと言う。

 しかし人間たちは彼らでは持ちえない強い力と、それから異なる外見を持った魔物たちを嫌悪し、恐れるようになっていった。

 そして魔物たちは住む場所を追われ、この北の大陸に住処を移したという。


 けれども、全部が全部、魔物たちが移り住んだわけではない。

 そんな人の支配地域に残っている魔物たちを、魔王様は配下の魔物を遣わして保護して回っているらしい。その保護した魔物たちを住まわせているのがこの集落だそうだ。


「ラフィは、人間の国で殺されそうになっていた魔物を逃がしていただろう? そんな魔物たちが、ここには多く生活している。ここに住んでいる者たちは、お前に深く感謝しているんだ」


 わたしはパチパチと目をしばたたいた。

 まさか、逃がした魔物に感謝されているとは思わなかったからだ。

 それに、感謝と言われても……正直、どうしていいのかわからない。

 だって、わたしが魔物たちを逃がしていた理由なんて、自分勝手以外に何もないものだからだ。


 ……魔物を殺せば魔王が怒ってわたしを殺しに来る。だから魔物を殺さず逃がせば、魔王もわたしを殺さないだろう。


 そんな単純で身勝手な理由。

 決して、殺されそうな魔物たちが可哀そうだと思ってしたことではない。

 助けたいと思ってしたことではない。

 そんなわたしの行動に感謝の意を示されても、戸惑うばかりだ。


「わたしは別に……」


 魔物を助けた理由は、慈悲でも同情でも博愛精神でもなんでもない。褒められるような理由なんてどこにも存在しないのに。

 わたしが俯くと、クラヴィスがわたしの頭にぽんっと手を置いた。


「結果として騎士たちに追い回されることになったお前には複雑かもしれないが、お前が逃がしたから、生きてここで穏やかに暮らせている魔物たちが大勢いるのは事実だ」


 違う。騎士たちに追い回されたから複雑なんじゃない。

 利己的な自分が嫌になっただけ。


「聖女様が人間の国で騎士たちに追われていると聞いた時は焦りました。無事で何よりです」


 長老さんが、わたしの手をぎゅっと握る。


 ……もしかしてだけど、クラヴィスが死にかけのわたしを拾って連れ帰ったのは、わたしが魔物たちを逃がしたからなのかな。


 配下の魔物たちを助けた善人だとか、そんな勘違いして連れ帰ったのかな。

 違うのに……。


「ラフィ。みんなお前と話したがっている。集落を見て回ろう」

「はい……」


 クラヴィスに差し出された手を取って立ち上がる。

 歓迎されてるんだから、笑わなきゃ。

 そう言って作った顔が、きちんと笑顔になっているかどうかは、わたしにはわからなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ