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ニューフェイスなもふもふ

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 んんん?


 庭を散歩していた途中、わたしは茂みの中にくるんと丸まったふわふわな何かを発見し、足を止めた。

 魔王城に連れてこられて三週間。

 城の中で迷子になりまくっていた残念なわたしも、少しは進化していた。


 そう、部屋から庭に下りる方法を手に入れたのである!

 部屋から玄関までの廊下の壁に、矢印を描いた紙を張ってもらったのだ!


 わたしが頻繁に庭を散歩したがるのに気づいた彼が、迷子になって泣くわたしを哀れに思ったのか、迷路の出口を教えるかの如く張ってくれたのである。


 ふへへ、これで一人でお庭のお散歩ができるってもんよ。


 これまでは、迷子になる→泣く→クラヴィスが探しに来る→クラヴィスと一緒にお散歩するの図式だったが、今度からはこのすべての無駄工程がなくなった。


 そんなわけで、意気揚々と庭に下りたわたしがずんずんと庭を歩き回っていたときのことだった。

 庭のあちこちには灌木があるのだが、その一つから、ぴょこんとふわふわな何かが飛び出している。


 ……怪しい。


 掃除道具とはまた違う。

 これはいったい何だろうか。

 微妙に左右に揺れているふわふわは、まるでわたしに触ってくださいと誘っているようではあるまいか?

 つーか、何か気持ちよさそうだから触ってみたい!


 そーっと茂みに近づいたわたしは、小刻みにふりふり揺れているふわふわに手を伸ばす。


 もふっ


 ふお!

 これはやばい!

 すっごいふわふわ! もふもふ! なんだこれ! 気持ちいい!

 これは部屋に持って帰るべきだ!


 正体不明のふわふわな物体に対して、単純思考の働いたわたしは、とくに警戒もせずむんずっとそれをつかんで引っ張った。直後。


「きゃわああああああんっ」


 甲高い悲鳴のようなものがふわふわから聞こえてきて、わたしは思わず万歳のポーズで手をあげた。


 驚くわたしの目の前で、茂みからぴょこんと顔をのぞかせたのは……ふおっ、子犬⁉


 突然姿を現した柴犬っぽい子犬に、わたしの心臓がきゅーんと締め付けられる。


 めっちゃかわいい!


 もちろんわたしは迷わず手を伸ばし、茂みから顔を出した柴犬を抱き上げる。

 うんうんやっぱり柴犬だよ。この世界にも柴犬っているんだね。

 もふもふの感触。つぶらな瞳。小さな耳。……たまらん。


「……よし」


 連れて帰ろう。

 柴犬を抱きしめたまま、捨て犬を拾った気分でくるりと踵を返す。


「名前は何かな。ポチかな?」

「ポチじゃありません、ポポです」

「へえ、ポポ……。……ふわ⁉ 喋った‼」


 わたしが文字通り飛び上がると、腕の中の柴犬――ポポというらしい――が、じっとこちらを見上げてくる。


 え? 柴犬って喋ったっけ⁉

 どういうこと⁉


 愕然と目を見開いてポポを見下ろすと、ポポはわたしの手を前足でぽすぽすと叩いた。


「あの、花嫁様、僕を下に降ろしてください。花嫁様に抱っこされているのを見られたら、魔王様がお怒りになります」


 なんですと?

 魔王様が怒る⁉

 やばい首ちょんぱの危機‼


 わたしが慌ててポポを地面の上に降ろすと、犬らしくふるふると体を小刻みに震わせる。そしてわたしの目の前で後ろ足で立ち上がると、器用にもぺこりと頭を下げた。……わお、芸達者な柴犬だこと。


「改めまして、お初にお目にかかります花嫁様。僕はポポと言います。見ての通り魔物です」


 いや、見てのとおりだったら柴犬だよ。

 だがなるほど、魔物なのかー。魔物だからおしゃべりするのかな。ま、魔物だろうと犬だろうとどうでもいいや。可愛いければ。

 わたしはその場にしゃがみこむとポポと目線を近くする。


「はじめましてラフィーリアです。人間です」


 ご挨拶されたらご挨拶を返さなければと頭を下げる。自分で自分のことを「人間です」と言うのはなんかちょっと違和感あるなぁ。

 ていうか、撫でていいかな。めっちゃなでなでしたいんだけど。

 うずうずしながら、手をワキワキさせていると、ポポは危険な何かを感じたのか、わたしからそーっと距離を取りはじめた。


 あぅ、避けられてる⁉

 このままでは逃げられ総予感がするので、わたしは一生懸命脳をフル回転させて話題を探した。

 話題―、話題―、よし!


「このお城で魔物を見たのはリュリュ以外にはじめてなんだけど、ここにはあんまり魔物は住んでいないのかな?」

「そんなことはありません。たくさん住んでいます」


 え、でも会ったことないけど?


 わたしが疑いのまなざしを向けると、ポポは慌てたように前足を振った。何そのダンス! 可愛いんですけど!


「本当です、いっぱいいます! そしてみんなお仕事してます!」

「えー? もしかして、魔物って透明になれるの?」

「なれる魔物もいますけどほとんどの魔物は無理です!」


 まじで? 透明になれる魔物とかいるの? すごーい!


 冗談で言ってみたのに、予想外な答えが返ってきて、わたしは思わず感心してしまった。

 透明人間ならぬ透明魔物。いいなぁ。もしわたしが透明になれたら、わたしを殺そうと追い回しまくってくれた騎士たちの頭の毛を残らずむしってやるのにな。朝起きて毛根が一つもなくなっていたらさぞびっくりすることだろう。ふへっ。


 でも、全員が全員透明になれないなら、なぜわたしはほかの魔物と遭遇しないんだろう?


 不思議だなあと思っていると、ポポが左右をきょろきょろと見渡しながら、声を落として言った。


「魔王様が、花嫁様が怖がるかもしれないから姿を現さないようにとご命令になったのです。僕が花嫁様に会ったってばれたらお叱りを受けます。なので内緒にしてください!」


 なんと、クラヴィスがそんな命令を?

 こんな気持ちよさそうなモフモフを、わたしから遠ざけただと⁉

 そして魔王がそんな命令を出しているってことは、ポポも今を逃せばわたしの前に現れなくなる?


 ……よし、やっぱり連れて帰ろう。


 せっかく見つけた可愛いモフモフを手放してなるものか。


「あー!」


 わたしは空を指さして突然大声を上げた。


「え?」


 ポポが驚いたように空を見上げる。


 よし今だ‼


「きゃわーんっ」


 がしっと両腕でポポを抱きしめて問答無用で抱え上げると、ポポが子犬のような悲鳴を上げる。

 じったばったと暴れながら、「花嫁様離してくださいー」とか言っているけど離したら絶対逃げるから絶対に意地でも離さない。


 はあ、モフモフ。

 可愛いなあもう。


 わたしの腕の中でキャンキャン鳴いているポポ。ふはははは、わたしに見つかったが運の尽きだと諦めたまえ。

 ポポを抱っこしたまま上機嫌で城へ戻ると、ポポの悲鳴を聞きつけたのか、玄関にクラヴィスが現れた。

 そして、にまにま笑っているわたしと、わたしに捕まったポポを見比べて、整った眉をぐーっと寄せる。


「何をしているんだ」


 相変わらずの美声だが、いつもより少し声が低い。怖いです。でもポポは渡したくありません。なので逃げ出したいのを我慢してがんばります。


「魔王様! 花嫁様が離してくれません!」

「……ラフィ、ポポをどうする気だ?」

「部屋に連れて帰って撫でまわしてモフモフします」

「きゃう⁉」


 ポポが愕然と目を見開く。

 クラヴィスが額を押さえた。


「……可哀そうだから離してやれ」


 えー。


「それに、ポポは姿は小さいが有能な庭師だ。連れていかれると困る」


 わお、柴犬のくせに庭師とはなかなかやりおる。

 でもモフモフしたい。


「ポポを構いたいなら庭に出たときだけにしてくれ」


 つまりは庭でならモフモフし放題オッケーよってこと?


「魔王様⁉」


 わたしは欲望に忠実なので、ポポの抗議はもちろん無視だ。

 仕方ない。庭に散歩に出たときだけのお楽しみにするか。


 わたしがポポを床に降ろすと、ポポが一目散に玄関扉から外に飛び出して行った。

 ああ、モフモフ。気持ちよかったのになあ。

 しょんぼりしていると、クラヴィスが戸惑ったような顔でわたしを見た。


「ラフィは、魔物が怖くいないのか?」

「怖くないですよ?」


 あんな可愛いモフモフの何を恐れろと言うのか。


「だが、お前はよく泣き叫ぶだろう」


 あー、もしかしてクラヴィス、わたしが彼を見て泣き叫ぶのを「魔物が怖い」と勘違いしているということかしら?

 いやいや、わたしが怖いのはあなた(魔王様)だけですよ。でもこんなことを口にしたら最後、怒ったクラヴィスにプチッて殺されそうだから決して言わないけどね。


 わたしとクラヴィスの間に微妙な空気が流れる。

 クラヴィスはしばらくじっとわたしを見つめていたが、「そうか」と頷く。


 何が「そうか」?

 よくわからないけど納得してもらったのかな?



 ――そして次の日から、わたしはお城の中でもたくさんの魔物さんたちを見かけるようになりましたとさ。ちゃんちゃん。







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