花嫁には「いけにえ」というルビがつく?
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魔王様のご尊名はクラヴィス様とおっしゃるそうです。
クラヴィスの放った奥義「死の接吻(勝手に命名)」から生還したわたしは、ベッドに仰向けになったまま、金縛りにあったように動けなくなっていた。
別に麻痺しているとか、本当に金縛りにあっているとか言うわけではない。
なんというか、熊を前にして死んだふりをするような心境である。
クラヴィスはわたしが気絶している間に、用事があるからと部屋を出て行ったらしい。
かわりにわたしの監視(?)によこされたのは、外見は同じ年くらいの可愛らしい女の子だった。
うん、ただ人間ではない。
だって人間の女の子が、頭に狐のような真っ白い耳をはやしていたり、おしりにふさふさの尻尾をはやしていたりするはずがないからである。
十中八九、彼女は魔物だ。
魔物にもいろいろいて、動物のような見た目もいたら、魔王クラヴィスのように人と同じような見た目をしている人もいる。彼女はさしずめ、その中間といったところか。
「花嫁様はご病気なんですか?」
わたしが目を覚ましてことに気づいたらしい女の子は、ベッドの縁によじ上って、わたしの顔を覗き込みながら言った。
「あんまりよく倒れられるので、魔王様が心配なさっていましたよ」
茶色い髪と瞳。可愛らしい耳と尻尾を生やした彼女の名前はリュリュというそうだ。わたしの世話係だという。
……世話係?
なぜわたしに世話係が用意されるのだろうか。
それに今、何やらよくわからない単語が聞こえたような……。
「……花嫁様って言った?」
「言いましたー」
「花嫁様って、わたし?」
「はい。魔王様の花嫁様でございます」
ラスボスの花嫁様⁉
わたしはくわっと目を見開いた。
ちょっとまって理解不能!
いつの間にわたしはラスボスの花嫁にされたのか!
茫然とするわたしに、リュリュはくすくすと笑い出す。
「覚えていませんか? 瀕死の重傷を負ってぼろぼろになった花嫁様を魔王様が助けてここに連れてきたんですよ」
覚えてません。
たぶん意識がなかった時のことでしょう。
記憶は曖昧だが、どうやらわたしは国家反逆罪で追い回されて死にかけていたようである。
そんなわたしを魔王様が拾って(拉致ともいう?)帰って、傷を治して、ここ(なんと魔王様の寝室!)に寝かしたらしい。
だが、なぜに花嫁?
あれですか?
花嫁と言う単語に「いけにえ」というルビが振られるやつでしょうか?
ひぎゃああああああ!
ぴしっと凍りついたわたしが再び泣き出しそうになっているのに気づかないのか、リュリュは能天気な様子で「ご体調悪そうなのでご飯はパン粥にしてもらいましょうねー」とか言っている。
「じゃあわたしは花嫁様のご飯を用意してきますから、ちょっと待っていてくださいねー」
ご飯と言われてお腹がすいていることに気づいたけれど、これはきっと罠だ。わたしを太らせて食らうつもりに決まっている。魔王が!
……逃げなきゃヤバイ。
わたしはあわあわしながらベッドから降りた。
騎士に追われていたわたしはぼろぼろの服を身に着けていたはずだが、どうやら着替えさせられたのか、可愛らしい白いワンピース姿だった。パジャマにしては豪華だが、生地が柔らかいのでパジャマだろうか?
「靴……はない」
窓の外には森が見える。裸足で歩き回るのは危ない気がするが、致し方ない。
ここが魔王城ならば、北の大陸のはずだ。
北の大陸は全部魔王のものなので、逃げるにしても大陸から抜け出す必要があるが――
一瞬「無謀」の二文字が脳裏の中をダンシングしたけれど、わたしはその単語を頭を振ることで追い出した。
無謀だろうと何だろうと、ここで食われるのを待つよりましなはず。
そーっと部屋の扉を開けて、廊下を窺う。
誰もいない。
人の世界と違って、魔王様は護衛とか置かないんだと思う。だって一番強いから。
抜き足差し足忍び足……
まるで泥棒にでもなった気分で、静かに廊下に出たわたしは、もう一度周囲を見渡して、そして一気に駆けだした。
逃げろー!
とりあえず城から脱出だ!
つーか階段はどこ⁉
玄関はどこー⁉
廊下が長すぎるー‼
魔王様の居城は、人の王様が住んでいるお城の何倍もの大きさがあるご様子です!
わたしは右も左もわからずに、ただ一心不乱にイノシシよろしく真っ直ぐに駆け抜ける。
そしてようやく曲がり角に到着し、よし! と左に曲がったその時。
「ぶぶっ」
どんっ、と何かにぶつかった。
衝撃で後ろにひっくり返りそうになるわたしの腰を、誰かがぐっと引き寄せる。
鼻をしこたま打ったわたしは、涙目になって顔をあげ、そしてピキッと凍りついた。
ひぎゃああああああ‼ 魔王――――――‼
わたしが思いっきりぶつかった相手は、なんと魔王クラヴィスだった。
詰襟の黒服に黒いマントを羽織っているクラヴィスは、不思議そうな顔でわたしを見下ろしている。
「何をしているんだ、ラフィ?」
「な、ななななななな何もしていませんですはい」
「だが走っていただろう。怪我は直したが、まだ安静にしていた方がいい」
「安静? 安静、安静安静……」
つまり生贄は部屋でおとなしくしていろよこの馬鹿が――! とおっしゃいたいんですねはい!
ひええええええっと内心震えあがっていると、クラヴィスがわたしの体をひょいと抱え上げる。
今度はお姫様抱っこだが、これはこれでクラヴィスとの顔の距離が近くで心臓が止まりそうだ。
ふおっイケメン!
じゃない!
いくらイケメンでも魔王様である。わたしを生贄にしようとしている超怖い存在なのだ。
わたしを抱えたまますたすたと歩きだしたクラヴィスに、わたしは絶望した。
逃亡失敗。
きっと今度は逃げられないように鉄格子のはまった部屋とかに監禁されるんだ!
「だから何故泣く」
ぶわっと涙が溢れて、えぐえぐと泣き出したわたしに、クラヴィスが途方に暮れている。
わたしがさっきまでいた魔王様の寝室に戻ると、わたしを抱っこしたまま、クラヴィスはベッドの縁に腰を下ろした。
大きな手が、わたしの頭をよしよしと撫でる。
それでも泣き止まないわたしに、クラヴィスは考えるように顎に手を当て、それからふいにわたしに顔を近づける。
……ぴぎゃああ! 死の接吻‼
思わずぴしっと凍りつき息を止めたわたしの唇に、かすめるような口づけが落ちる。
しかし今度はすぐに離れて、クラヴィスが笑った。
「リュリュが言ったとおり、これは泣き止ますのに効果があるな。長いと気絶するが短いと大丈夫なようだ」
そう言いながら、クラヴィスがわたしの目尻の涙を払う。
……言っている意味がわかりません。
びっくりして涙は止まったが、わたしの頭の中は「?」で一杯になる。
魔王様はいったいなにがしたいんでしょうか?
なんか笑ってるし。
イケメンが笑うと心臓がぎゅってなるし。
でもやっぱり怖いものは怖いし!
お膝抱っこされてる理由もわからないし!
クラヴィスの膝の上でカチンコチンに固まったまま動けないでいると、わたしのご飯を持ってリュリュが戻ってきた。
「あれ? 魔王様お戻りですか?」
「ああ。食事か? 貸せ」
リュリュが手に持っているパン粥の入った皿をクラヴィスに手渡す。
くんくん。ミルクと蜂蜜のいい香り。
ぐううううううう。
わたしのお腹が食欲に負けて自己主張する。
咄嗟にお腹を押さえたけれど、お膝抱っこで密着している魔王様にはしっかり聞かれてしまったご様子。
恥ずかしい。
でもお腹すいた。
魔王様はわたしを太らせて食べるつもりかもしれないけど、何も食べずにこのまま餓死するのは苦しいよね。
クラヴィスが持っているパン粥の皿をちらちら見ながら、わたしは葛藤する。
するとクラヴィスはパンが湯をスプーンですくって、わたしの口元に近づけてきた。
「食べられそうか?」
食べたいです。
でもでも――
「やめておくか?」
ああ、スプーンを遠ざけないで!
せっかくの食事が下げられそうだと危険を感じたわたしは、葛藤も躊躇もかなぐりすてて、目の前のスプーンにかぷりと食らいついた。
もぐもぐ。パン粥うまぁ!
わたしが口に入れたパン粥をごくんと嚥下すると、魔王様が次を口に運んでくれる。
魔王に給餌されてるとか意味わかんないけどもうこの際どうだっていい。空腹の方が問題だ!
一皿分のパン粥を全部平らげてお腹が満たされたわたしは、ようやくそこで我に返った。
わたしなんで魔王様にご飯食べさせてもらってたの⁉
リュリュが皿を持って部屋を出て行く。
魔王様と二人きり!
途端にぶわわわわっと恐怖が全身を駆け巡る。
クラヴィスはわたしの体をひょいと抱え上げ、ベッドの上に寝かせる。
「走り回れたんだから大丈夫だと思うが、念のためもう少し安静にしていろ」
そう言って落とされる死の接吻!
唇はすぐに離れて行って、わたしは気絶しなかったが、わけがわからなくなったわたしはそのまましばらく思考を放棄した。