コンビニエンスストア狂想曲
23:17
高速高架下
コンビニエンスストア
駅から離れた店で若い女の店員がひとり
ハロウィンの飾りが店内に見える
客はいない
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
客としては不自然な挨拶をしてしまったが
プレートにナカムラとある女の表情は変わらなかった
「トイレ借ります」
「どうぞ」
狭いが 掃除が行き届いたトイレ
便座のフタを開けずその上に座る
脂汗
スーツの上着を脱ごうとしたが激痛で諦める
ワイシャツをまくり上げ左の脇腹を見る
思ったより腫れていない
店内に戻る
「痛み止めとか 置いてませんか?」
「薬は置いてません」
店内を見まわす
「おでこに貼る熱冷ましみたいなものは?」
とりあえず脇腹を冷やしたい
「それなら そちらの棚に」
棚に手を伸ばした
痛みで座り込む
23:32
飲食コーナーのイスに座る
ナカムラという店員は店の控室から救急箱を持ってきてくれた
ショートカットで
大きな瞳は子供っぽく見えなくもないが
力強い眼のひかり
湿布を左脇腹に貼ってくれる
「すみません」
喋ると痛む
「病院に行った方がいいですよ」
「大丈夫です」
救急車を呼ばれると困る
「最悪 死にますよ?」
「え?」
「たぶん肋骨が折れて肺に刺さってる」
「君は医学生?」
「違います」
必要最低限の受け答えしか彼女はしない
「なんでわかるの?肋骨が折れてるって」
「喋ると痛みますよね?」
実は息をするのも辛い
「少し前 私も試合で同じような
怪我をしました だからわかります」
説得力があって怖くなってくる
「喧嘩ですよね?」
ご名答
「うん・・・医者もわかるかな?」
「私でもわかるくらいですから」
「警察に通報されるかな?」
「たぶん」
いま会社に知られたら困る
人員整理を計画している会社には好都合なリストラ対象者だ
妻と娘になんと言おう
「絶望的だな・・・」
思わず呟く
「どうしますか?救急車 呼びますか?」
答えられない
「ご自分で決めてください」
無茶苦茶な考えが頭に浮かぶ
「君がやったことにしてくれないかな?」
無茶を言ってしまった
混乱した頭と痛み
「さっき 試合って言ってたよね?格闘技やってるの?」
「キックボクシングです」
「君とふざけていたら こうなったと」
彼女は無表情だ
わたしは 「冗談だよ」と言うタイミングを見計らっている
23:45
彼女は携帯を取り出す
警察?救急車?
「・・じょうだ・・・」
「会長 夜分すみません お願いがあります」
会長?
「今日 ジムでスパーリングをしているときに男性が怪我をした
ことにしてもらえませんか?」
わたしは呆然としている
23:58
わたしはタクシーで自宅に向かっている
着替えてから病院に向かう
あの後彼女は
「いくらなんでもふざけてたら怪我した は無理があります
あなたは今日 ジムに体験入門に来て怪我をした 帰宅しても
痛みが引かないので病院にきた と嘘をついてください」
唖然として無言のわたしに彼女はジムの名前と場所を伝え 「わかりましたか?」と念を押してタクシーを呼んだ
彼女がなぜ助けてくれたのかよくわからない
タクシーに乗り込むわたしを彼女は外に出て見送りもしなかった
すっかり寒くなったある夜
怪我も治り会社もリストラされずに済んだわたしは
あのコンビニへ向かった
23:02
彼女に礼を言ってなんで助けてくれたのか聞いてみる
「忘れました」と彼女は無表情で言った
彼女は本当に忘れているようだった