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持つべきものならここにあるから(2)

「休憩いただきました〜」


「石切さんおかえりーっ。ねぇ、聞いて聞いてー! 貴船さんの旦那さんって高校の先輩で、3年前に偶然再会して結婚したんだって〜♪」


「そりゃまたドラマティックと言うか、素敵な話っすね〜」


 

 18時の直前に休憩から上がると、貴船さんと浅間さんはお喋りに夢中になっていた。瞳を輝かせて報告してくる辺り、他人の恋バナが大好物の浅間さんらしい。さすがの元気ハツラツ若奥様も、若干引き気味なご様子。

 しかし遠慮のない興味津々女子は、まだまだ空腹感が満たされんと言わんばかりに食らいつく。

 


愛華(まなか)さん! ズバリ、旦那様と入籍した決め手はなんだったのでしょうか!??」


「あはは……う〜〜ん、なんだろうねぇ〜」


 

 空笑いで回答を濁す貴船さん。俺はその際、左の目尻にある彼女のチャームポイント(泣きぼくろ)が、引き攣ったような持ち上がり方に見えた。作ってるにしても、日頃拝んでいる笑顔とは明らかに違う。そう感じた瞬間には手を伸ばしており、意識を逸らす為の対抗策に打って出る。

 


「浅間さん、君も早めに休憩行かないと、このまま退勤までぶっ通しになっちゃうよ?」


「はっ、それは困る! ご飯食べに行ってきまーす!」


「食べに行くって、ここで買うんでしょーが」

 


 小腹が空いたらパンや菓子程度は摘むけど、彼女の場合は弁当とデザートをガッツリ食うから、僅かな時間も削りたくないはず。制服を脱いできた浅間さんは、業務中に吟味してた夕飯をレジへと運び、ササッと会計を済ませてバックルームに閉じ籠もった。

 客も少ないし、今のうちに掃除でもやっておくか。時間の有効活用を試みた矢先、貴船さんが真横にいたことに気がつく。全く気配が無かったけど、本職は裏稼業だったりしないよな? 俺が鈍感過ぎるだけ? 

 恐る恐る距離を取ろうとしたら、バッチリと目を合わせて話しかけられた。

 


「さっきの、浅間さんを止めてくれたの?」


「ん? まぁ、良い悪いに関わらず、言いたくないことって誰にでもあると思いますから」


「キミって意外と鋭いとこあるよね〜♪」

 


 今の微笑みはすごく自然。ついでに三日月形になった目元が、とんでもなく可愛かった。

 これはいかん。見た目も仕草も魅力的だけど、可愛いとか思ってる場合じゃないだろ。相手は既婚者で人妻。そして俺はもう落ち込んでない。次に何かが起こってしまえば、励ましだとか思えなくなる。誤魔化すようにレジ周りの清掃を頼み、俺はモップを握り締めて店内を駆けずり回った。

 ウロウロしてると、ちょっとした売り場の乱れや商品の過小が目に留まり、それらを修正してる間に一時間が経過。休憩を終えた浅間さんが戻ってきて、貴船さんは退勤時間を迎える。ほっとしてしまう自分に歯がゆい。

 


「はぁ〜。こっから石切さんと二人かぁ〜」


「なんかごめんね、よりにもよって相手が俺なんかで」


「あっ、全然そーゆー意味じゃないから。混んできたら品出しとかしんどいな〜って、そんだけだよ」


「たぶんそれは平気。一旦リセットできてるし」


「えっ? ってあれぇ!? よく見たら店内ピッカピカじゃん! 清掃も全部やっちゃったの?」


「考え事してたら無意識にね。でもこっちの方は貴船さんがやってくれたんだよ」


「ほへぇー。これお客さん来なかったら、暇すぎて逆にしんどいな」


「ガチでごめん」


「いや、全然そーゆー——って、繰り返すのメンドイから謝るなーっ」


 

 浅間さんにツッコミ入れられてる頃、帰り支度を済ませた貴船さんが出てきた。店内をぶらついた後、コーヒー二本とアイスを持ってレジへとやって来る。本当にアイス好きなんだろう。会計を横目で眺めていると、二人は和気あいあいと喋っていた。

 だが出入口に向かう間際、挨拶を交わす貴船さんの様子に、俺は妙な胸騒ぎを覚える。

 


「気をつけて帰ってね〜!♪」


「うん、浅間さんお疲れさまー。石切くんもまたねー」


「はい、また——ん? 貴船さん、もしかして帰りたくないんですか?」


「えっ……?」

 


 一瞬、彼女の表情が苦痛に歪んだ気がして、頭を過った根拠の無い理由を言い放ってしまった。

 ところが彼女は足を止めると、背を向けた状態で数秒間立ち尽くす。ようやくこちらに振り返るも、面持ちはぼやけたような曖昧な微笑である。

 心境が読み取れない。何を考え、どう伝えている姿なのか、まるで分からない。

 ただ直後に発せられた声は透き通っていた。

 


「そんなことないよ。お疲れさま、石切くん♪」


「そう……ですか。お疲れさまでした」


 

 本人がそう主張するのであれば、納得するしかない。モヤモヤした感情を飲みながら、貴船さんの後ろ姿を見送った。

 なぜあんなことを口走ったのか、なぜそう思ったのか、自分自身にすら説明が不可能。そんなふうに見えたってだけに過ぎない。言ってはいけないことを口にしたのかも。

 呆然とガラスの向こうを眺める俺に対し、浅間さんが問いかけた。

 


「ねぇ石切さん、貴船さんとどういう関係なの?」


「どうって言われても、普通のバイト仲間としか——」


「そんなわけないよね? 私が感じなかった異変を察したり、彼女もあなたを気遣って無理してるみたいだったよ」


「察したのはホントにたまたま。仮に言い当てたとして、俺にできることなんて何も無いのにさ」


「もしかして、今度は貴船さんに惚れちゃった?」


「そういう見方はしたことないよ。そりゃあ見た目も性格も太陽みたいに眩しいから、憧れたりはするけどね」


「ふーん……その割にはなんか悔しそ〜」


 

 悔しいという表現は、自分の中でもしっくりくる。貴船さんには大きな借りがあるのに、ついさっき苦しそうだった彼女を見て見ぬふりしたのだから。

 煮えきらずに顔色を覗いてくる浅間さんに、先日の出来事を打ち明けた。

 


「なるほどね〜。あの貴船さんが小悪魔的なイタズラするなんて、イマイチ想像できないやー」


「未遂だから、深く考えてないよ」


「どーかなぁ。割とガチめにちょうどいい甘え先として、石切さんを選んだ可能性あると思うよ?」


「え、俺が甘えられてんの?」


「うん。例えば夫婦喧嘩してて憂鬱だなぁって時、優しくてフリーになったばかりの年下男子が懐いてくれたら、結構な癒しになると思うんだよね〜」


「マジかぁ。俺が癒されてしまったぁ〜! 術中にハマってんじゃん!」


「まぁまぁ、例え話なんで慌てなさんな。でも石切さん超素直だから、狙い目だけどね☆」

 

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