騒々しくも晴れ渡る幕開け(1)
「正面のマンションより手前の、黒い車を停めてるとこ、あれが俺の実家です」
「えっ、あの白いお家?? すごく立派なお宅だねー!」
「橘家に比べれば半分くらいっすけど、家族七人でも充分な広さだったんで、結構なもんですね。まぁ、警視庁勤めのキャリア組は比較対象として悪い上に、娘があれじゃ父親の出世も危ぶまれるけど」
「あはは、橘さんのこと根に持ってたんだね〜」
「昨日の事実はさすがに……もう引っ掻き回さないでほしいし、余罪が無いと願いたいっす」
「ん〜、ちゅーしよっか♡」
前方に小さく石切家が映る中、周囲に人目がないか確認した愛華さんは、苛立つ俺に優しくキスをした。それだけで強張った表情筋が緩むのだから、自分の単純さも大概である。
今朝8時にホテルをチェックアウトし、このまま向かうと多少早い為、街並みをのんびり散策しながら行くことにした。GWにも帰省したので、4ヶ月足らずでは懐かしさもあまり感じないけど、隣で浮かれる彼女を見れば新鮮味はある。
数日間浅間家に閉じ込めるしかなかったから、解放できてこちらまで晴れ晴れした気分。昨夜に引き続き天気も爽やかで、青空がとても広く感じた。
「あ、蒼葉くん、もっ、もうすぐだねっ!」
「あれ? 今になって緊張してます? 目の前だから実感湧いたとか?」
「うん……きっと大丈夫だって分かってるんだけど……」
「ここらで深呼吸しときましょっか——って、あそこにいるのは……」
自家用車の脇から小さな頭部を覗かせた後、短い手脚を小刻みに動かして駆けてくる少年。見覚えのある半袖短パン姿だし間違いない。
「蒼にぃーーっ!」
「おーう、ただいまチビ助〜」
「チビすけじゃねぇっ!!」
「痛っ! 悪かったって楓樹。でも的確にスネ蹴ってくんのは可愛げないぞ」
「蒼にぃが悪いんだろー?」
「へいへい、ごめんごめん。それより遊びにでも行くのか?」
「ちがーう。えっとー、お菓子?」
「お茶菓子が切れてたから、おつかい頼まれたんでしょ。ニワトリかお前は」
更に奥から出てきたのは、黒髪を下の方で二つに編んだおさげ髪の少女。俺よりもつり目で生意気そうな表情は、昔からほとんど変わらない。
「オレニワトリじゃねーし!」
「あっそ、じゃーおサルさんかもねー。おかえり〜兄貴」
「おう、ただいま陽葵。おつかいってことは、母ちゃんなんかやってんの?」
「掃除中〜。例に漏れず、やりだしたら止まらなくなってる」
「なるほど、相変わらずだな。愛華さん、紹介します。妹の陽葵と三男の楓樹です」
「あっ、はじめまして、明月愛華です! しばらくの間お世話になります!」
「はじめましてー、石切陽葵です。至らない兄をお引き受けくださり、本当にありがとうございます」
「おい、なんで俺が厄介者みたいに言われてんの?」
基本的に媚びたりせず、誰と接するときも平然と対応する陽葵は、落ち着いた姿勢で頭を下げていた。一方愛華さんはと言えば少々テンパり気味で、しどろもどろな様子が幼可愛く見える。そんな和やかさの中、今年7歳になったばかりのちびっ子が、斜め上に向けて人差し指を立てた。
「蒼にぃ、この人だれ?」
「まずは挨拶をしろっ!」
「いって〜。なんで殴るんだよねぇね!」
「日本語通じるよなぁ〜クソガキ?」
陽葵の拳骨をモロに食らった楓樹は、頭頂部の痛みを堪えながら俺の腰にへばり付き、姉に向かって負け惜しみに舌を出している。末っ子らしい気質だからか、懲りるということを知らない。このまま喧嘩に発展すればこっちが気まずいので、小さな弟を両手で抱き上げ、隣で苦笑する彼女の方に体を回した。
「ほれ楓樹、愛華お姉さんにはじめましてしような〜」
「愛華お姉さん? この人、新しいねぇねになんの?」
「うん? んーー、そうなったらいいな」
「うん! 陽葵ねぇねと交換したい!」
「バカお前、そういう意味じゃねぇよ!」
「じゃあどーゆー意味だよ?」
小1の純粋な疑問を解消する前に、妹の顔色を確認するのが優先である。目線を移した先の女子高生は殺気立ってるかと思いきや、意外なことに無表情でこちらを見つめてるだけだった。と言うよりも、会ったばかりの麗しの美女に興味津々らしい。ホッとしてる間に愛華さんから遠慮気味に声をかけ、どうにかイタズラ小僧ともやり取りを交わせていた。
「それじゃ兄貴、私はフウと買い物行ってくるから。明月さん、後でゆっくりお話ししましょうね」
「あっ、はい! ぜひぜひ!」
陽葵から距離を縮めにいくなんて珍しい。礼儀はあるけどそんなに気遣いするタイプではないから、純粋に気に入る部分があったのかもしれないな。対する俺の彼女は妹にもガチガチだったけど、どうやってほぐそうか。
「えっと、陽葵はちょっと乱暴なとこもありますが、男兄弟に囲まれて逞しくなっただけなんで、基本的には大人しい奴ですよ」
「うん。若いのにしっかりしてて、変に固くなっちゃった。妹さん、高校生だったよね?」
「はい。高3なんで、杉本さんと同い年ですね」
「なんかお店の子達より大人だったなぁ。ちょっと美里ちゃんに似てるタイプかも♪」
個人的には浅間さんと結び付かないものの、その感覚で交流すれば恐らく上手くいくので、あえて否定せずに話を合わせた。
駐車場の横を通って奥の門を開けば、小さな庭の先に玄関がある。鍵がかかってた為インターホンを鳴らすと、ドタバタと階段を駆け下りる足音が鳴り響いて、扉が勢いよく開かれた。
「あれ? なんだ、陽葵じゃなくて兄ちゃんじゃん」
「よう湊斗、久しぶりだな。陽葵の前で呼び捨てしたら怒られるぞ」
「分かってんならチクんなきゃいいじゃん——って、えぇっ!?」
「あぁ、紹介するよ。明月愛華さんだ。愛華さん、こいつは次男の湊斗です」
「はじめまして、明月愛——」
「ウ、ウソだ! なんでこんな………あ、蒼葉のクセにぃいーーっ!!」
愛華さんが自己紹介してる途中で大声を上げ、玄関から廊下を跨いで階段を猛ダッシュしていく湊斗。なぜか小6の弟に呼び捨てされたが、上の階ではお叱りが轟いていた。
「母ちゃん、あれ絶対おかしい!! 蒼葉のやつ、騙されてるか金払ってんだよ!」
「お客様に向かって失礼なこと言うんじゃない!!」
「いってぇ!! だってあいつ、恋人連れてくるって話だったろ!? なのに変なんだって!」




