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「さよなら」さえ言わせてくれない


 厄介事を引き受けた感は否めないが、貴船さんの厚意によって力は(みなぎ)っている。今なら浮気現場に遭遇しても、真っ向から文句が言えそう。

 小さな一歩を踏み出すように社宅の階段を下りて、一目散に自宅アパートへと直行した。最初に(おこな)ったのはメッセージの送信。もちろん相手はりっちゃんである。


『明日はバイト休みだから、君に話しておきたいことがあるんだ。都合の良い時間ってある?』


 この内容で送ると()()()()()で返信が届き、それから途切れないやり取りとなった。

 


『16〜18時、もしくは20時以降でしたらいけます♪(*´∀`*)b』


『了解。じゃあ16時半に迎えに行くよ。いつもの公園で話そ』


『はーい♡ どんなお話ですかー( 'ω')?』


『詳しくは直接教える。大事な内容だから』


『なるほどです。ではまた明日!( ̄^ ̄ゞ』

 


 いつもニコニコ愛想を振り撒く彼女は、文面まで飾りが多い。最後の顔文字だけ妙に怒って見えたのは、俺の気のせいだろうか。だが細かいことはどうでもよくなっており、強い決意を胸に翌日を迎えた。


 この日はどんよりしていて、今にも夕立が来そうな生憎の天気。着慣れたカジュアルだと説得力に欠けると思い、そこそこキレイめの服装で橘家へと出向く。途中にあるバイト先にチャリを停め、そこから歩くこと約5分。予定時刻の10分前にも関わらず、約束の相手は家の外で待っていた。

 


「お待たせ。準備早いね」


「石切さんは毎回早めに来てくれますから、たまにはお待たせしないようにと♪」


「……そっか。君は本来()()()()()子だもんな」


「石切さん……?」

 


 顔を合わせた途端に虚しくなってくる。定番のデートコースでたくさん笑ってくれたこと。初めて手を繋いだ時にお互いモジモジしてたこと。そして運命の別れ道となったあの一件。全てが鮮明に蘇るも、思いのほか悲しみは薄い。もう彼女への期待は失われたからだ。気の利く性格で二股も巧く隠してくれてたら、ただフラれて終了で済んだのに。現実を突き付けるなんて、嫌な役割だ。


 100メートルくらい先の小さな公園に行くと、予想通り人はいない。遊具が無く、林の中にポツンと佇むベンチと花壇があるだけの場所なので、夕方でも子供の遊び場には物足りないのだ。

 俺達は腰を下ろすでもなく黙って空を見上げた後、ぬるい風に流されて目線を互いの方に向け合う。ぼんやりと視界に捉えたのは、彼女の容姿よりも奥の花びら。綺麗な背景に映える明るい髪が舞う度に、表情を曇らせていく俺の好きだった人。ようやく罪悪感が芽生えたのだろうか。しかし小さな口から出た言葉は、こちらの思考に(ことごと)く寄り添わない姿勢を示した。

 


「あの、今日の石切さんはなんだか怖い感じです。私、何か気に障ることをしましたか?」


「………それは良いとこのお嬢様としての振る舞い?」


「え……? そんなに私、偉ぶってます?」


「ううん、なんでもない……。この前さ、駅前で見たんだよね。学校帰りの君のこと」


「駅前………えっ!? 午前中で終わった日ですか!?」


「そう、テスト期間のね」


「……だから連絡も無かったんですね。でも私は、その……あれは違——」


「違うとは言わせないよ! 例え友達だったとしても、あの距離感で異性と触れ合える君を、俺は容認できないんだ!!」


「石切……さん……」


「心の狭い男でごめん。でも、君を想い続けていく自信はもう無い」


「……そうですか」


 

 胸につっかえてたものは消え去った。ハッキリと本音を伝えたし、これが間違いだとも思わない。価値観の違いかもしれないけど、どうしても許せなかったんだから。

 彼女の顔は垂れた前髪で確認できず、文字通り肩を落としている。拒絶されて落胆するなら、なぜ俺を傷つけることをしたんだよ。

 不満を内側に押し留めて眺めていると、持ち上がった表情は酷く苦しそうな笑顔だった。

 


「ごめんなさい。石切さんの言う通りなので、言い訳も思いつきませんでした」


「聞き分けが良くて助かるよ。これ以上感情的になりたくなかったからさ」


「最後まで石切さんらしいですね♪ それで今後についてですが……可能であれば、バイト中は自然に接してほしいのですが……」


「俺もそのつもり。恋人ではなくなったけど、普通のバイト仲間として、気まずくならない程度にやっていこうよ」


「……はい。ありがとうございます♪」


「じゃあ用も済んだし、俺はこれで——」


 

 軽く手を挙げて立ち去ろうとした瞬間、ジャケットの裾を掴まれる。他の誰でもなく、元カノとなった子の手によって。

 彼女は全身を強張らせつつ、震える声を絞り出した。


 

「あなたと過ごした時間、本当に楽しかったです……今までありがとうございました!」

 


 叫ぶように言ったかと思えば、腕をだらんと振り下ろして愛想笑いを浮かべている。困惑したまま背を向けて歩き出すも、公園の外から見返してみれば、地面に崩れ落ちてる少女の姿。


 なんで? なんでだよ。なんで俺が悪者みたいになってんだよ?

 楽しかったって、それは俺も同じだ。ちょっとお堅いところもあったけど、気遣い上手で笑顔の眩しいりっちゃんが、本気で大好きだったんだ。

 この気持ちを踏み(にじ)ったのは君の方だろ?

 至らない彼氏だったかもしれないけど、他の男で紛らわすくらいなら言ってほしかった。俺は馬鹿だから察したりなんてできない。

 あぁもう、なに自分を納得させようとしてるんだアホ。腑に落ちなくていい。彼女は証言を認めたんだ。事実を受け入れたんだ。

 浮気された。二股かけられてた。だから別れる。それ以上もそれ以下もない。必要ない。


 コンビニの駐輪場に到着し、チャリに手を伸ばしてもおぼつかなくて、上手く掴めなかった。意味不明な涙が溢れ出し、薄暗い景色の中で証明の光を反射する。

 早く家に帰りたい。もう帰ってベッドに潜り込みたい。なのに身体が要求に応じない。

 途方に暮れてると自動ドアが開き、馴染みのある声が聞こえた。

 


「石切さんっ!? 何があったの!?」


「浅間さん、俺、見たままを伝えてきたよ。そしたらなんで……なんでこんなに胸が締め付けられてんの?」


「直接言ったんだ……すごいね石切さんは。私なら一方的に文字だけ送り付けて、独りで泣いてスッキリしちゃうよ」


「なに書けばいいか分かんなくて……」


「そっかぁ〜。頑張ったね、お疲れさま♪」

 


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