こうして朝日は夢路の果てを照らす
「蒼葉くーん、起きてーっ。朝だよー?」
「うぅ〜〜ん、もぅ少し……ねむ………」
「もぉ〜。起きないとちゅーするよー?」
「ん〜……んふっ、まなかひゃんとちゅう♡」
完全に寝ぼけ状態で条件反射的に受け答えしてたら、ムニッとした柔らかさに包まれて目を見開いた。意識がハッキリして分かったのは、唇だけではなく、左の鎖骨辺りもあたたかかったこと。愛華さんが上から被さってるから、おっぱいまでしっかり密着してたのである。
「お、おはようございます」
「うん、おはよぉー♡」
「目覚まし代わりのこれって——」
「おはようのちゅー♡」
「ですよねぇ〜」
自分でもニヤけ面になってるのが分かった。なにせ見下ろしてくる浴衣姿の彼女が、愛嬌ある眩しい笑顔で嬉しそうにしてるのだから。この幸福感に酔いしれたまま、あと10分二度寝したい。
昨夜は風呂から出た後、二人とも割とすぐに睡魔に見舞われ、軽く飲んだだけで即爆睡。激動の2日間だった為、本人達が体感してる以上に、疲れが溜まっていたのだろう。
きっちり隣り合わせに敷かれていた、二組の白い布団に意味は無く、こちらに潜り込んだ愛華さんの抱き枕役に従事した。
差し込む日差しにようやく目が慣れてきた頃、俺を起こした彼女は未だに真上から覗いてる。影になって程よい明るさを纏う微笑みに、昂る感情が抑えられない。すると先程触れ合った唇が小さく輪を描き、甘美な声で囁かれた。
「夢から覚めてもここにいるでしょ?♡」
「じゃあ俺、ホントはまだ寝てるのかな」
「そんなこと言ってるならぁー、いっぱいイタズラしちゃうからね〜?」
「なにされるんすか俺?」
「んー? こーゆーことされるんだよ?♡」
徐に顔を寄せてきた愛華さんは、首筋をなぞるように舌を這わせてくる。手で触られても弱いのに、ねっとりとして吸い付くような感触と、吹きかかる吐息のこそばゆさに堪えられるはずがない。自分の喉から奇妙な声が漏れるし、撫で回す舌使いは激しくなる一方で、足先まで悶えてしまった。
言葉でやんわりと制止するも、反応を楽しんでる彼女の行動は更にエスカレートする。浴衣の胸の位置に手を滑り込ませ、広くはだけさせたかと思えば、頭から飛び込んできた。その状態で顔を押し付けられた直後、右胸の皮膚にビリッと強めの刺激が走る。
「いでっ! ちょっと愛華さん!? 今度はなにしてんの!?」
「……ふぅ〜。キスマ付けたった♡ あたしのってマーキング♡」
「うぉ、赤くなってら」
「夢じゃなかったでしょ☆」
「紛うことなき現実っすね」
「認めたならよし! お風呂入ろー?♡」
「う、うぅ〜ん……大浴場行きません?」
「それも思ったんだけど、やっぱり……離れたくないから」
「あー、そうっすよね」
エロいニヤニヤから満足げな表情になり、途端にしゅんとなって寂しそうにされると、もうこちらに選択権など無い。臨界点に達しかけてる下腹部のコイツが冷めるまで、なんとか間を持たせないとヤバいんだけど。
布団から出られない大元を読まれたのか、彼女は苦笑する俺の頬に手を添えて、諭すような視線でじっと目を見つめてくる。
「キミが求めてくれるなら、なんだって応えるのに」
「そうしたいのは山々なんすけど、その……あとで動けなくなったりしないんすかね?」
「あ〜、ちょっと二人でまったりしてたくなったり、人によってはバテちゃうかも」
「じゃあ今はやめときます。できれば今夜中に荷物を運びたいし、運転も長時間になるんで、体力温存しとこうかと」
「……蒼葉くんは真面目でお利口さんだなぁ〜。イジメてごめんね♡」
「寝起きから驚きましたが、いつも通りの愛華さんで安心しました」
「うん♪ 今夜は寝かせないぞ♡」
「え、そんなに私物多いんすか?」
「一晩かけて引っ越しするって意味じゃないよー!」
当然理解してるけど、せっかく落ち着いてきた欲求が再燃するから、あまり想像させないでくれ。
バルコニーの露天風呂へと先に行ってもらい、その間に俺は洗面台に向かう。これから風呂入ろうって時に顔洗っても仕方ないが、一応髪型や口腔ケアくらいは気になる。ひと通り済ませてお茶を一杯飲んでるうちに、興奮もほぼほぼ収束され、腰にタオルを巻いていざ出陣。
ガラス扉をスライドして一歩踏み出した矢先、不意に映った綺麗なうなじに息を呑んだ。
「遅かったね〜。寝癖直してきたの?」
「え、えぇ。よくあんなボサボサ頭を誘惑してきましたよね」
「どんなキミでも可愛いし、大好きだもん♡」
手桶で掬ったお湯を浴び、彼女の右側に静かに浸かると、清々しい朝日に雑念が浄化されていく。昨日よりも冴え渡る青空は、絶好の観光日和を予感させた。きっと柵の手前から見張らせば、雄大な景色が広がるのだろう。もう少し温まったら眺めてみようかな。
ふと左側に意識が移り、目線が二箇所の傷痕を往復した。
「首は多少薄まりましたね。手首のアザはくっきり残ってますが、痛みませんか?」
「うん、押したりしなければ平気だよー。蒼葉くんの胸にもくっきり痕が付いたね♡」
「えぇ、出来立てホヤホヤなんすよ、誰かさんのおかげで。どっちみち大浴場行けなかったな」
「イヤだった?」
「全然。むしろ服の下ならいくらでも。そう言えば今朝は浴衣着てましたね」
「あははー、実は下着つけてなかったから、起きたらほぼ全裸でキミにくっついてたの。さすがに恥ずかしくって着たよね〜」
「あっぶねぇ……先に起きなくてよかったぁ。俺が失血死するんで気をつけてくださいよー」
ニッコリ笑った愛華さんは、たぶん反省してない。瞳から小悪魔感が漂っている。
話題は自然に離婚の件に移行し、明後日旦那が戻るまでに何ができるかを考えた。奴が帰る時間を把握できない上、その日の俺は日勤で愛華さんが朝勤。ひと足早く上がる彼女の安全を確保する為にも、明日までに可能な限り準備をする必要がある。それに加えて、俺は弁護士との相談内容を詳しく知らない。
次に彼女から出た発言は、想定外且つ疑念を抱かざるを得ないものであった。
「実は昨日のうちに、貴船のご両親にメッセしておいたの。少し前に返事が届いてたんだ」
「えっ!? ちょっと待ってください、そんなことしたら本人にも伝わるじゃないですか!」
「大丈夫だと思う。義理の両親はあたしに良くしてくれたし、あの人達を悲しませたくなくて、旦那のことを相談できなかったりもしたの」
「マジかぁ、不安しかない……」




