夜空の月に魅せられていく
「でぇ〜〜? 愛華さんは蒼ちゃんとどーなりたいのさぁ〜?」
「美里ちゃん、目が据わってるよ? ペース落とした方がいいって」
「はぐらかさないでください〜。私はこのくらいへっちゃらなんですからねぇ〜?」
「あはは……完全に絡み酒だねこれは。いつもこうなの?」
「いえ、酒に呑まれてる浅間さんなんて俺も初めてで、ガチで驚いてますよ」
先にシフトを終えた浅間さんは、俺と愛華さんが上がるタイミングで店に舞い戻った。バンギャらしい黒ベースにお得意のピンク色を散りばめた、派手な装備を身に纏って。
近所の居酒屋に入った途端、強めの酒をリズミカルに飲み干していく様は、まさにライブで熱唱するボーカリスト。呆気に取られる愛華さんへの質問にも、全く遠慮がない。
「私は二人の友達として言ってるんですぅ。このままはよくないって、分かってるでしょー!?」
「うん、解ってるよ。あたしのワガママに、蒼葉くんを付き合わせてるだけだってことも」
「それじゃあどーするんですかぁー? 蒼ちゃんと旦那さん、どっちを選ぶんですかぁっ!?」
「………もう少し待って。必ずケジメはつけるから」
「ふぅ〜〜ん。なんだかんだ本気だったんですねぇ。でもグズグズしてたら、橘さんに取られちゃいますよぉー?」
「それはちょっと………困るかな」
核心を突く指摘にも、浅間さんに対してはちゃんと答えてる。そして回答の中に、俺の存在が友達だけではないのだと、ハッキリ意思表示されているではないか。
二人のやり取りを眺めてるだけで、涙腺が崩壊しそうだった。愛華さんの気持ちはもちろん嬉しいし、浅間さんが真剣に考えてくれてることにも感激してしまう。
瞼を擦りながら聞いてた俺は、円卓の右側に座る女子に肩をポンポンと叩かれた。
「だってさ。よかったね〜蒼ちゃん♪」
「浅間さん……。なんでそんなに、俺なんかの為に……?」
「なんかとか言うなよぉー。ずぅーっと協力してきた仲間同士っしょー?」
「……そうだね。君が困ったときは、必ず俺も力になるよ」
「まずは自分が報われなさいな……。ちぃっと飲みすぎちまったし、私はお先に失礼しやすー」
「えっ、もう?? まだ19時半だよ?」
「明日のボイトレ早いのら。二人はゆっくりしてけろー」
合計金額の三分の一をテーブルに残し、さっさと立ち去る浅間さん。奇抜な服装とは裏腹に、彼女の背中がなんだか儚げに思えて、言い様のない胸騒ぎに囚われる。その直後、左の方から悲しそうな声が鼓膜に響いた。
「あたしのせいだ……自分勝手に蒼葉くんを独り占めして、色んな人を傷つけてる……」
「そんなこと言わないでください。少なくとも俺は、愛華さんに救われてるんですから」
「……うん、ごめん。落ち込んでる暇があったら、自分のやるべきことをやらなきゃだよね!」
「それでこそ愛華さんっすよ!」
「ねぇ蒼葉くん、率直な意見を訊きたいんだけど、今はあたしのこと、どう思ってる?」
「なんすか急に? まだ飲み足りなそうとか、そういう話じゃないっすよね?」
「うん、もっと感情的な部分で」
「あなたの幸せが最優先になるくらいには、大好きです。金銭面で離婚できないなら就活するし、婚姻関係を続けたい理由があるなら、友達のままで構いません」
本音を直接伝えたのは初めてかもしれない。だけど彼女の瞳があまりにも純粋で、世間体を考慮した建前など不要であると物語っていた。だからこの想いが最大限伝わるよう、なるべくまとまった言葉で表現したかったのだ。
目を合わせていた愛華さんは黙って下を向き、しばらく声すら出そうとしない。前髪の隙間から微かに読み取れる表情は、喜びと険しさが入り交じったような複雑なもの。
ようやく浮上した凛々しい顔は、強い決意を帯びていた。
「あたしはまだ、キミに伝えてないことがたくさんある。準備ができてなくて、すぐには言えないことばかりなの。だから先に一つだけでもいい?」
「はい。聞いていいことであれば、聞かせてもらいたいです」
「あたしの旧姓はね、明月って言うんだよ。蒼葉くんには覚えておいてほしいなーって☆」
「明月愛華さん……とても優美な名前で、なんかピッタリですね」
「ありがとう♪ 自分でもすごく気に入ってたんだよ〜♡」
「月かぁ。愛華さんは太陽みたいな人って思ってたけど、月の方がしっくりくるかも」
「そう思ってくれたら嬉しいな♪」
今の笑顔は月明かりのように優しくて、彼女の透き通った心に包まれた気がした。
その後30分ほど他愛のない雑談をしてお開きとなり、てっきり家に呼ばれるのかと思えば、今夜は見送りも要らないらしい。チャリを拾いに立ち寄った職場から徒歩5分とは言え、普段の愛華さんなら決して独りでは帰りたがらないのに。
多少なりとも不安を抱きはしたが、すぐに無用な取り越し苦労だったと痛感させられる。
「本当にここまでで大丈夫ですか?」
「うん。これ以上甘えたら、歯止めが利かなくなっちゃうから……」
「無理したりしてませんよね?」
「………これまでのは、言ってみればただの不倫なんだよ。周りに良い印象を持たれるはずがないし、キミにも罪悪感を植え付けてしまう。これからはキミの気持ちに堂々と応えたいの」
「ってことは、もしかして——」
言いかけた俺の唇は、愛華さんの人差し指で鎮められた。自信に満ちた眼差しを見れば、吹っ切れた心境が手に取るように伝わってくる。綺麗で頼もしい、憧れだった年上の女性。守りたくなる可憐さよりも、母性的な強さを匂わせるこの姿の方が、彼女らしく思える。
口に当てた指先をそっと外した彼女は、柔らかく微笑んでから言葉を紡いだ。
「蒼葉くんと出逢わなければ、今頃あたしはこの世にいなかったかもしれない……。いくら感謝してもしきれないのに、キミはまだ与えてくれるんだもん。ホント困っちゃうよ♪」
「そんな大袈裟なことをした覚えはないけど、追い詰められてた時期があったんすね。だったら俺は、絶対にあなたを独りにはしません。約束します」
「その約束は、全部伝えた後に取っておいて。でもキミが望むなら、あたしの身も心も予約済みにしておくよ?♡」
「ちょっと、前触れもなく惑わせないでくださいよ!」
「忘れないで。何があっても蒼葉くんだけは裏切らない。あと、キミをドキッとさせるのはあたしの役目だってことも♡」
「端っから疑ってませんよ。お手柔らかにお願いしますね」




