5-34 強奪
「おそらく、ノームです。この事態の、全ての元凶は」
「ノーム?」
「……あれの性質をご存知でしょうか」
唐突な問い。
「ご存知ないわよ、記憶がないのだもの。ノームが何かも、よくわからない」
軽口で返して、ウンディーネは口を押さえた。曽良の調子が移ってしまったらしい、とウンディーネは内省する。
サラマンダーやシルフ、ノームの存在はなんとなくわかるが、その力まではわからない。
記憶は断片的で、
時おり歯痒くもなるが、これまで10以上の迷宮を攻略し、力を取り戻しても一向に記憶が戻る事がない。
自身の事。そしてファナティアの事もだ。
「ノームは全てを食らいます。自身へ向けられた愛も、他者へ向けられる愛も、全て。シュラは、ノームに食われたのでしょう」
「ノームに食われた……?」
「彼は、もはやウンディーネ様の信徒ではない。彼の本当の目的、それはおそらく――」
ラティナが最後まで言いきる前に、重々しい音と共に部屋の入り口が開かれ、言葉は中断された。
助けが来たのかと思い顔を上げたウンディーネは、そこに立つ人物を認め表情を強張らせた。
全裸にマントのみを纏った変態神官こと、シュラが立っていたのだ。
ラティナは怯えるようにウンディーネの膝にしがみつく。
シュラはあくまでもにこやかに、ゆっくりと歩を詰めてくる。
「ウンディーネ様。こちらへおられましたか」
「くっ……あなた、本当にしつこい……!」
「シュラ……」
眼前に立ったシュラは歪んだ笑顔を浮かべる。
恰好だけでなく、表情ひとつに至るまで真っ当な人間には思えない。
ラティナを庇うようにして抱き寄せると、シュラは蔑むような目を向けた。
仮にも聖女と崇める相手に向ける目ではないだろう。
ラティナの言うように、これがノームに食われたということなのだろうか。
「あなた、本当は何が目的なの? 私と、ラティナを再契約させるなんて嘘なんでしょう。それに、あなた……」
シュラの気配は妙だ。
普通の人間とも、迷宮の生命体とも似つかない気配。
強いて近しいものを挙げるのであれば……自分達、精霊の気配。
当初は見分けなど付かなかったが、ラティナの話を聞き、違和感に気づく事ができた。
何故ならその精霊の気配は、少なくとも自分のものではないものだったのだ。
出会った場所にその気配が満ちすぎていて、初めて見た時はわからなかったが、その場から離れた今であれば、はっきりと臭う。
これがおそらく、ノームの気配だ。
「……さて、聖女様に何を吹き込まれたのですかな。『契約の刻』はこれからだというのに、あまり心を乱されると困りますな」
「あなたが欲しいのは私の力じゃない。本当に欲しいのは……彼女の力なんじゃないの? 迷宮の主である、彼女の」
そう問い掛けた瞬間、シュラの目が険しいものになった。
ラティナはますます強くしがみついてくる。
「やはり、妙な思い違いをされたようだ。我らが求めるのは常に精霊の力。何の力もない聖女様は、器に過ぎませぬ」
「さて、どうかしら……。腐っても迷宮の主なら、その力を食らうのも当……然……」
ウンディーネの言葉は続かなかった。
自らの腹から突き出た、無骨な鉄剣に視線を落とす。
剣が引き抜かれるも、血は漏れ出ない。代わりに、力のようなものが抜け出ていった。
「あ――」
「器であれば、満たすのも必定よな」
腹に開いた穴に、シュラの手が突っ込まれる。
激痛と共に腹の中を弄られる感覚が体中に響き、やがて引き抜かれた手に、光る物が握られていた。
水晶のような塊が、青い放っていた。
「ほう、これが……。さて、聖女様」
ウンディーネを掴み、玉座から引きずり下ろしたシュラは、ラティナを抱き上げ玉座へ座らせた。
震えるラティナの口元に、シュラが結晶を差し出す。
「さあ、聖女様。これを」
ウンディーネは指先さえ動かせないまま、意識が遠のくのを感じた。
◆◇◆◇
無限に続くかと思われた道のりも、ようやく終わりが見えたらしい。
だいぶ遠くに見えていたはずの城が、八階層に上った瞬間、急に現れたのだ。
さっきまで絵筆を洗った水みたいな色をしていた空は、今度は異様なほど真っ白になっている。
一見神々しくも思えるが、自分達だけ異空間に迷い込んだ気がしてものすごく不安になる。
まあ、紛れもない異空間なんだけどな、ダンジョンだし。
「とうとうここまで来たな。なんとか五体満足でいられて何よりだぜ……」
「ええ……」
「でっかいお城っすねー。やっぱ一番上まで行かないといけないんすかね」
「おま……萎える事言うの禁止! でもとりあえず、階段は見つけ次第全力で上ろうな」
陽花も真琴も、さすがに疲れてるのかうんうんと頷いた。
ここから先はノンストップで行きたいもんだな。
「うっし! 行くか」
自分で頬をパンと叩いて気合いを入れ、大きな扉に手を掛けた。
「よっ……ぁ……?」
急に体中から力が抜け、扉にもたれかかってしまう。
立とうとしても足に力が入らない。
なんだ、これ……!?
腹の中が熱い。何か硬い物を突っ込まれて掻き回されるような気持ち悪さに、堪らず胃の中の物を吐き出してしまった。
「センパイ!?」
「曽良さん!」
2人が駆け寄って肩を支えてくれる。
目の前が歪む。何か、大切な物が体の中から抜け出ていくような感覚。
この急な不調、思い当たる事があるとすれば……。
「ウン、ディー……ネ……!」
とうとう目を開けているのも難しくなり、俺は意識を手放した。




