5-26 ダンジョンシステム
「……っ」
話し終えたラティナを見て、ウンディーネは息を呑んだ。
様々な事実が一気に頭に入ってきたせいで理解が追い付かない。
そして何より、これまであえて考えないようにしてきた、自身の所業について、改めて突き付けられたショックがウンディーネの胸を絞め付けていた。
「あ……あなたはもう、死んでいるって事、なの?」
あえて自身の話題を避け、ラティナの事に言及した。
「はい。……いいえ、正確には、わたくしではありません。わたしくはラティナとは別の存在なのです。ですが、わたくしにはラティナとしての記憶があり、ラティナとしての自覚もあるのです」
「ええと、ちょっと待って……。全然頭に入ってこないんだけど……結局、あなたは何なの?」
ラティナは考えているのか、返答に時間が掛かっていた。
彼女の話を信じるのであれば、現状と矛盾する点はいくつもある。
ラティナが生きている事もそうであるし、この城も、瓦礫と化していなければおかしい。
一度失われ、再建造する者もいない世界の物が迷宮となって別の世界に現れるなど、あり得るはずがない。
わずかな沈黙の後、ラティナは口を開いた。
「わたくしもまた、迷宮の一部、なのでしょう」
「それなら迷宮や、そこに住んでいる者達は何? あなたの話を信じるのなら、この城はとうに存在していないし、そこにあんな怪物は存在していなかったはずよね。けれど今、この城は矛盾の塊になっている。これはどういう事なの?」
「……そもそも迷宮とは、迷宮の生命とは、何なのでしょう?」
まさかの問い返しに、ウンディーネは口を噤んだ。
記憶のないウンディーネには当然、答えられる疑問ではない。迷宮や迷宮生物の事どころか、自分の事さえわからないのだ。
答えに窮するウンディーネを見て、ラティナは目を伏せた。
「……わたくしは、ラティナは、あの世界で確かに生を終えました。あの瞬間の事は覚えています。歪な暗い森の中で、シュラの屍に抱かれながら、わたくしは眠りに就いたのです。ですが、次に目覚めた時、わたくしはここにいました。かつて過ごした城に、シュラと2人きりで。城も、シュラも戻ってきたのに、大勢いたはずの信者は誰ひとり、戻りはしませんでした。いいえ……正確には、生まれ変わっていたのです。この城に集められた、大量の『賢者の石』の力によって」
嫌な予感が過る。
そしてその予感はどうやら正解であるらしいと、すぐにわかった。
「彼らは、怪物の姿になっていました。この城を徘徊し、守護する存在として生まれ変わったのです」
――曽良がいなくて、良かった。
ウンディーネはラティナの話を聞いて、心の底からそう思った。
きっと、こんな話を聞かされていれば戦意をなくしていたはずだ。
彼にはいつまでも馬鹿のままでいて欲しい。絶望など、知らないでいて欲しい。
身勝手にもウンディーネはそう願っていた。
「あなた、自分を迷宮の一部だと言ったでしょう。あのシュラという男も、賢者の石で他の怪物と同じ存在になったという事なのかしら」
「……認めたくはありませんが」
「どうして人間の姿を保っているの?」
「わかりません。わたくしは特別な存在であったからともかく、シュラはなんらかの奇跡に見舞われたのかもしれません」
――あんな変態に起こる奇跡なんて絶対に信じたくないんだけど……。
ウンディーネはできれば二度と見たくない物を思い出して肌が粟立った。
「彼らは石の生命力が続く限り、迷宮全体から、永久に生まれ続ける。わたくしもまた、同様です」
「石の……生命力……。じゃあ、私は、迷宮の主が持つそれを、今まで奪って……」
「ウンディーネ様」
ラティナの呼びかけに、ウンディーネの思考は中断された。
自分と同じ顔をした存在に見つめられ、まるで鏡越しに自分と対面しているかのような錯覚さえ覚える。
「わたくしは、器になるつもりはありません」
やけにはっきりとした声で、ラティナはそう宣言した。




