5-22 水晶宮の語らい
「曽良さん。曽良さん」
優しい川のせせらぎのような声が耳朶を打つ。
あれ、俺、何やってんだっけ……。
妙に柔らかな物の上に頭が載っている。
確か、石の床で雑魚寝してたはずだ。寝ぼけてリュックでも枕にしたっけか。
「曽良さん。起きてください」
「ん……。真琴……?」
「いいえ、ウンディーネです」
「……ウンディーネ!?」
勢いよく起き上がると、どうやら俺に膝枕していたらしいウンディーネが、驚いた顔で座っていた。
すぐに、ふ、と優しい表情になる。
なんか雰囲気が違うな……。
地面を探ると寝袋がなかった。
どころか、石の床は水晶になっている。
ここは見覚えあるぞ……。なにせ、来るのは3度目だ。
ウンディーネ(美)さんのいる、水晶宮じゃないか、ここ。
「どうして、ここに……。まさか俺、もう死んで……!?」
間抜けにも寝ている間に契約を切られて死んじまったんだろうか。
そうだとしたら最悪だけど、ウンディーネ(美)さんは首を振って否定した。
「いいえ。曽良さんはまだ、ご健在です。ただ、ほんの少しだけ、こちらへ近くなっていますが」
「近い、って……死にかけって事か!? そ、それはそれでヤバいんじゃ」
「やばい?」
「なんかすっごいまずい状況って事です」
「ええ、でしたら、ヤバいですね」
なんか、ウンディーネ(美)さんにくだけた言葉を教えるのは、ちょっと罪悪感があるな。
美女をいけない世界に染めてるというか。
って、んな事言ってる場合じゃない。
まずはここから戻らないと!
「曽良さんは今、遠からず生命を終える運命にあります。時間的な猶予は少ないと言えるでしょう」
「じゃ、じゃあ今すぐあの場所に戻してください!」
「それは構いません、けど……。少しだけお話、駄目ですか?」
いつもなら駄目ではないんだけども!
あ、いや、待てよ? 別にここにいる間は、危機感持たなくて大丈夫なのか。
俺が戻るのは1秒も過ぎていない元の世界なんだし。
なにより、ウンディーネ(美)さんの潤んだ瞳を見て、逆らえる男はいまい。
これが駄目な方だったら「やっとる場合か」ってチョップかましてやるんだが。
「まあ、元の時間に戻してもらえるなら、オールオッケーですよ」
「ふふ、はい。曽良さんからお話を聞くのが楽しみで、ずっと待っていたんです」
「そんな大袈裟な……。俺なんかの話、面白いですか?」
「ええ、とっても。私とお話できるのは、曽良さんだけですから」
確かにこの水晶宮には、人間どころか他の生物の気配すらない。
前に走り回った時も一切出会わなかったし。
あれ……そういやこのウンディーネ(美)さんは、記憶をちゃんと持ってるんじゃないのか?
て事は、あのはた迷惑な全裸マントのおっさんの事、何か知ってたりしないか?
そう考えた俺は、ウンディーネ(美)さんに現代の知識ではなく、ウンディーネの信者を名乗る奴らについての話をした。
初めは楽しそうに聞いていたウンディーネ(美)さんは、段々と顔が曇っていった。
話のチョイス間違えたかな……。
「そう、ですね。彼らは確かに、私の信奉者、であるのでしょう。新しい私の契約を、聖女を標榜する者に移し替える……」
「そんな事されたら俺、すぐ死んじゃったりするんじゃないんですかね」
「わかりません」
ふるふると、ウンディーネ(美)さんは首を振った。
「ですが、こうして曽良さんがここへ来ているという事は、終わりは近いという事。ヤバい、という事です」
漠然としすぎてて全然わからん。
まあとりあえず、ワンチャン契約だけ上手い事切れて万々歳みたいな事はなさそうだ。
何が何でも、ウンディーネの奴を助けてやらなければならない。
さすがに死ぬのは御免だし、ウンディーネだって消えるのは嫌だろうし。
でもどうする?
あのおっさんに、俺はとどめが刺せなかった。もしおっさんがダンジョン生命体とかじゃなく、フツーに人間だったとして、それを倒すって事はつまり……。
……あまり気持ちのいい想像じゃないな。
それに聖女とやらが主だってんなら、どのみちどうにかしなきゃいけないわけで。
冷蔵庫の時は、ジズ達と契約する事でダンジョンが攻略扱いにあったけど、今回もそんな感じで最悪の選択だけは避けられないだろうか。
あるいはもし、そうしなければならなくなった時は、なんとか俺だけが……。
あー、やめだ、やめ。ここで考え込んでてもわかんねえ。
とにかく、元の場所に戻って攻略を再開しない事にはなんとも言えない。
「うし、そろそろ戻りますわ」
「あら、もうですか? まだゆっくりなさっていけば良いのに」
「そっすねー、ここでゆっくり英気を養ってから攻略に戻るってのが一番だと思うんすけど……。なんかこう、こうしてる間にもあいつ、変態のおっさんに追いかけ回されて泣いてそうで」
「まあ……。新しい私は、とても楽しくやれているようですね」
「騒がしいだけっすよ。あ、と……ウンディーネ(美)さんは違いますからね」
「ふふ、いいえ、いいえ。違いません。私は、望まれるまま、想われるまま、乞われるままに形を変える存在……。きっと、新しい私がそうして育ったのなら、それは曽良さん、あなたの与えてくれた願いなのですよ」
俺が?
あの1週間フルタイムで、部屋に寝転がってぐーたらしながら自作のろ過器眺めてニヤついてるアホを願ったってのか。
いやいやさすがにそれは……。美人とねんごろになりてーなーなんて、想像してなかったわけじゃないけど、少なくとも俺の望んでる人格とは程遠いし。
「全て失っても、私が幸せでいられる。今の私も、それはとても嬉しい事です。どうか無情に、捨ててしまったりしないでくださいね」
「あー……どうだろ、別に家賃払わなくても蹴り出したりはしないけど、たまに掃除くらい手伝わないとちょっとはキレるかも」
「ふふ。ええ、それも、私の幸せのひとつ……。曽良さん。次にここへ来る時は、たくさんのお話を聞かせてくださいね」
そう、ウンディーネ(美)さんが微笑み、手を差し出してきた。
握れ、という事なのだろうか。両手で包むように握ると、瞬間、手の中がほんのり熱くなった。
ウンディーネ(美)さんの手が離れても、その熱は残っている。開いて中を見ると、青く輝く水晶があった。
「それは、次にここへ来る前に、たくさんの思い出を話せるように……。あなたの助けになる物です。どうぞ、お持ちください」
「助け……? へえ、なんか、すごい加護がありそうだ」
水晶をポケットにしまうと、俺の足元に水流が集まってきた。
もう流されるのにも慣れたけど、この微妙な寂しさには慣れないもんだな。
まあ、いいか。
どうせ同じ顔をした奴と、この後再開するんだろうし。




