5-18 器の継承
俺がここで死ぬと、こいつらの聖女とやらが器になる。
おっさんの告げた言葉に、俺は困惑していた。
じゃあ、別に俺がいなくなったところであいつは困らない……?
「既に契約の糸を断ち切る準備はできている。時が来れば、どのみち器は我らが聖女になるだろう」
「おい、どういう事だよそれ。契約を切るって……できるのか、そんな事」
「聖女に、不可能はない」
マジか。
おいおい、このまま契約切られたら、俺はどうなるんだ?
俺はあいつと一心同体で、寿命も共有してる関係だ。あいつがいるから、ダンジョンのボスから寿命だって取れるわけで……。
もしいなくなったら、寿命が全部戻ってくる? もしくは、そこからもう寿命を増やせなくなるんだろうか。
駄目だ、わからなくなってきた。
いっそワンチャン、上手い事契約だけ切れれば、もうダンジョンへ行かなくても……。
「って、お前の話なんて信用できるかよ。おら、さっさと掴まれ。今なら気絶させるくらいで済ませ……」
「その必要はない」
おっさんはそう言うと、手をゆっくりと上げた。
何する気だ、と言う前に、おっさんがそのまま手を突き上げ、急に上昇する。
は!? 何だこれ!?
混乱する俺の方を見て、おっさんはニタリと笑う。
うわ、気持ち悪っ!
「上で待つ。次は殺しに来い」
おっさんはそう叫び、群青の空へ消えていった。
「……なんか、最後まで強烈だったな」
「センパイ! どうなったんすか!?」
「もう見てもいいんでしょうか、曽良さん!」
後ろで何があっても頑張って見ないように努めていたらしい2人も、俺へ向けて叫んだ。
◆◇◆◇
時は、曽良が裸マントの男と戦いを繰り広げている頃から、少し遡る。
目を覚ましたウンディーネは、見慣れない風景に戸惑っていた。
金をふんだんに使った豪奢な装飾のされた広い部屋。奥には、白いカーテンが見える。
その奥から射す光の中に、人影らしきものがあった。
どうやら何かに座っているらしく、微動だにしないその影に、ウンディーネは恐る恐る呼びかけた。
「あ、あのお……」
返事はない。無視をしているのか、はたまた寝ているのかもしれない。
ふらふらと、導かれるようにウンディーネはカーテンへ近付いていく。
すると、
「それ以上は、どうかお近づきになられませんよう」
静かで細いが、有無を言わせない圧を感じる女の声だ。
声に従い、ウンディーネはその場で立ち止まった。
「ウンディーネ様。再びこのような場でまみえるとは、夢にも思いませんでした」
「あなたも私を知ってるのね……。一体、何者?」
「わたくしは、あなた様が傲慢な民と蔑む者。ウンディーネ様を信奉する者。ここに住まう者達からは、聖女……と面映い呼び方をされてもおります」
聖女。
確か、自分を運んだ変態がそんな言葉を口にしていた、とウンディーネは思い至った。
そう言えばあの変態はどこへ行ったのだろうか。周囲を見回し、恐るべき全裸マントがいないのを確認し、ウンディーネはほっと胸を撫で下ろす。
「シュラをお探しでしょうか」
「あの男、シュラって言うの? あなた、部下の教育はちゃんとした方がいいわよ。特に服については念入りに」
「シュラは生まれついての武人。わたくし如きの言葉では、信念は揺らがないのです」
「あの恰好に何の信念があるのよ!? ていうか今あなた、武人って言ったけど、あいつ自分では神官だって言ってたわよ?」
「…………そ、そうですか」
余裕ぶってるけど普通に動揺してるじゃない! とウンディーネは内心でツッコみ、一気に不安が増した。
相当へんてこな者達に拉致されてしまったようだ。このままでは、何をされるかわかったものではない。
ともかく、身に危険が迫る前にここを脱出し、曽良達に合流しなければならない。
焦るウンディーネはそろりそろりと後退を始めた。
すると、何か硬い物にぶつかってしまう。
恐る恐る後ろを見て、ウンディーネは息を呑んだ。
裸マントの変態……シュラが、髭面にニヤリと笑みを浮かべて立っていたのだ。どこかで一戦交えてきたのか、元々薄汚れていた恰好は、全身に泥と埃をたんまり付けたさらに危ないものになっていた。
血が通わない体ながら、全身に寒気と怖気が同時に走り、体の奥から冷たいものがこみ上げてくる。
知らない空間でこうも変態に接近されると、思わず叫びそうになるくらいの恐怖があった。
「(曽良ー! 早く来て! もうほんと、音を超えて来てー!)」
シュラが近付き、手を伸ばしてくる。
咄嗟に身を引こうとしたウンディーネであったが……あえなく捕まり、担ぎ上げられてしまった。




