5-17 迷宮のファンタジー
ただ立っているだけで、うちのパーティの高レベルエクスプローラー2人を沈めた裸マントのおっさんが、悠然と歩みを進めてくる。
初めて会った時と違ってずいぶん理知的になったもんだ。最初からそういう態度なら、戦わずに済ませられやしなかっただろうか。
たぶん無理だろうな。そういうところとは無関係にお話の通じないタイプだったし。
ともかく、陽花達の助力は期待できない。元々この2人には参加させないつもりだったからちょうどいいが。
ちなみにノーム様の目は俺が押さえてから、後ろを向かせた。こんなド変態を視界に入れさせるわけにはいかない。
「せせせ、センパイ! あいつ何なんすか!? 知り合い!?」
「俺にあんな知り合いはいねえよ。とりあえず、2人は大人しく向こうの景色を見てろ」
「だ、大丈夫です。私も加勢しま……ひっ」
気丈に振り向いた真琴が、おっさんの股間で左右に揺れる剛剣を見て慌てて踵を返した。
だから、別に手伝わんでええっちゅーねん。
無理せず大人しくしてくれてた方が、こっちとしてもやりやすい。
で、だ。
俺1人でどうやってこのおっさんに勝つか、ぶっちゃけ、正攻法で打ちのめす事はまったく考えてない!
リヴァイアサンを呼べる万全の状態ですら手も足も出なかった相手だ。果たして、武器が変わった今、対処できるだろうか。いや、無理だ。
なので、ちょっとばかり裏技を使わせてもらう。今の俺にならできる技を。
「逃げんのか」
「逃げるかよ。ウンディーネ返せ」
「ならん。お前を殺す」
「そればっかかよ。俺の迷宮、とか言ってたな、あんた。あんたがここのボスなのか?」
「違う。この迷宮の主は我らが聖女。しかし、地下の神殿は俺が賜った、俺の迷宮だ」
「そうかよ」
その言葉を合図に、おっさんの姿が消えた。
一瞬で死角に回り込まれたのだ。だが、それはさっきも食らったから警戒はしていた。
ほとんど勘でしゃがみ込むと、おっさんの剣が頭の上を通り抜ける。
ガイア・ノーツを振るには不向きな体勢だが、地面を滑らせながら無理やり振り上げると、おっさんは身を反らしてそれを躱し、意趣返しのように斬り上げてきた。
普通なら死んでいただろうが、こっちの武器は重さのない特別製の物だ。プラスチックの棒を振っているような感覚で、重厚なハンマーを振り下ろして剣を上から叩き伏せる。
「ぬっ!?」
床を砕く勢いのハンマーが、剣を思いきりめり込ませる。
「ふっ!!」
その反動で腹へ向かってガイア・ノーツを突き出すも、おっさんは剣を手放してバックステップで避けた。
くそ、なかなかすばしっこいじゃねえか。
「センパイ! 大丈夫っすか!? ぼ、ボクも行けたら行くっすから頑張って!」
「ああ、期待せずに待ってるよ!」
そんな真後ろ向いたまま威勢のいい事言われてもな!
ただ、こればかりは手出しされない方がやりやすいってのは本当だ。
俺は逆に、後ろで控える2人から距離を取るようにおっさんへ向けて駆け出す。
武器を手放したおっさんは、俺ががむしゃらに振り回すハンマーの攻撃を右へ左へ、時に上へ跳び上がって避け、時おり繰り出してくる素手による反撃を、俺もハンマーの柄や肩で受けながらいなす。
今、戦いらしい戦いをしてるのが自分でもびっくりだ。
じりじりと、2人からは離れるようにおっさんを圧していく。
やはり武器を手放したのが大きいのか、おっさんは攻めあぐねているようだった。
「観念しとけよ。ここから下に、叩き落としたっていいんだぜ」
「ふん……少しは、やる」
「強がりかあ? こっちはまだまだ行けるぜ。なんなら奥の手も出してねえしな」
「そうか、なら」
おっさんが胸の前に手を掲げ、握った。
瞬間、俺の体にとんでもない負荷が掛かり、たまらず膝をつかされる。
「ぐあっ……!?」
「俺も、奥の手を出そう」
「そうか、忘れて、た……! こういうの、あったな……!」
見た目は脳筋の変態のくせに、平然と神官みたいな魔法使いやがって!
けど、こっちだって無策で突っ込んだわけじゃない。
2人を離すようにして戦ってのだって、意味がある。
片膝をつきながら、ガイア・ノーツを振り上げ、倒れるように目の前に振り下ろす。
ドゴッ! と地面を打つのと同時に、
「ぬあっ!」
おっさんの体が浮き上がる。
方や俺への重圧は消えていた。これが、ガイア・ノーツの能力のひとつ、重力の操作だ。
相手が上からプレッシャー掛けてくるんなら、こっちは下から突き上げてやればいい。ノームの力なら相性バッチリってわけだ。
ただ、これをやるには2人から離れなきゃならなかった。周囲の重力を無差別に操作しちまうんで、2人が転落でもしたら危なかったからだ。
さて……。
ふよふよと浮いたままもがくおっさんに近付く。
必死にこちらに手を突き出して重力操作の魔法を使ってるっぽいが、残念ながら効果がない。
これはぶっつけ本番で成功した事ではあるけど、重力まで操れるなんてさすがノーム様だな。
浮いてるおっさんをガイア・ノーツでつついて、手すりの外へ押し出していく。
「ほーれほれ。王手だな、これで。あ、王手ってわかんないか」
「くそっ、貴様! 殺す! 殺す!」
「ははっ、元気だなあ。第二の風船おじさんとして海を渡りたくなけりゃ、大人しく俺達を通せよ」
「な、なんか、センパイがめっちゃ悪い事してる気がするっす」
「曽良さん、も、もう振り向いて大丈夫ですか?」
「まだ駄目だ。で、どうなんだよ。このまま落ちるか、大人しく通すか。選べよ」
落としてしまうのもいいんだけど、それだとさすがに寝覚めが悪い。
いくらダンジョン内のモンスターに近い奴とはいえ、明らかに人間臭い奴の命を奪いたくない。
このまま戦えば殺す気のある向こうが有利だし、押し切られてしまえば終わりだった。
だからこうして、交渉に持ち込んだわけだけど、さてどうなるやら。
「だんまりはやめとけよ。俺は気が長くないんだ」
「ふん……お前に、俺を殺す事ができんのはわかっている」
「そうか? 別に、目をつむってる間に能力を解けば、俺の前から何故か変態が消えるだけだし、やってやれない事はないけどな」
「無理だな。降伏を促している時点で、戦わずに勝利を得たいという気持ちが透けている」
「よし、落とすわ。3、2、1……」
…………。
おっさんは、無様に宙に浮いたまま、ニヤニヤとしている。
くっそ腹立つが、おっさんの言う通りだ。能力を解く事ができない。
そして、このまま離れる事もできない。おっさんを通路に戻して、無事を確保してやらないといけない。
あれ? これって俺の方が詰まされてね?
「どうした? ずいぶん、焦らすじゃないか」
「その恰好で変態臭いワードやめろ、ガチっぽいんだよ」
悔しいが、こりゃ失敗だ。
いい作戦だと思ったんだけど考えが浅すぎた。
仕方なく、おっさんにガイア・ノーツを掴むよう差し伸べてやる。
だが、おっさんは素直に掴もうとせず、なおもニヤニヤとこちらを見ていた。
「そちらに戻れば、お前を殺すぞ」
「何でだよ。お前知ってんのか? 俺が死ぬと、ウンディーネも消えるぞ?」
「そうは、ならん。そうなる前に器が我らが聖女になる。それだけだ」
……え、マジで?




