5ー12 水母信仰
「ウンディーネ様……」
おっさんはまるで黄金郷でも見つけたかのような歓喜に満ちた表情で、ウンディーネを呼んだ。
どうでもいいけど、全裸にマントのおっさんがとろんとした顔で美女を見てるの、普通に地獄絵図だな。
ウンディーネも恥ずかしいのか、真っ青な肌ですらわかるほどに顔を赤くして、顔を背けている。
おっさんの剣、ちょっと元気なのも気になるよな。どうか対象はノーマルなタイプの変態である事を切に願う。
こほん、とウンディーネは咳払いし、手で目を覆いながら問いかけた。
「あなたは私を知っているのね。教えて、私は一体、何なの? あなたはどうして私を知っているの?」
「……いかな姿になろうと、ウンディーネ様は変わらず我らが母精。たとえその怒り、その嘆きが地を呑み、滅ぼそうとも……我らが信仰は揺るぎませぬ」
「私の怒り、嘆き……? 地を、滅ぼした……!?」
ウンディーネが、何か意見を求めるように俺を見る。
ちょいちょいそういう話は出てたっちゃ出てたな。サラマンダー……正確には、タイムリープしてくる前の世界のサラマンダーも、ウンディーネの事をそう言っていた。
けど、今のウンディーネに関係あるのかはわからない。なにせこいつは、そんな大それた事ができるタマじゃない。
こいつの水の失敗なんて、せいぜい配管詰まらせてキッチンを地獄に変えるのが関の山だ。あの事、許してねーからな。
「私は、ウンディーネ様の使徒、神官です。ここで、あなたの帰還を祈り続けておりました。さあ、仇敵を討ち滅ぼす戦いは、再び始まるのです。大地の神殿はご覧の通り、我らの信徒が……」
「あんた絶対神官ってタイプじゃないだろ。淫語くらいしか唱えられなさそうなツラしてるくせに、さっきからウンディーネに何言ってやがる。おい、下がってろ。こいつやっぱり、暖かくなると増える脳内シャングリラおじさんだ」
「そ、曽良……」
「大体な、仇敵だとか戦いだとか、知ってる体で話進めてるがな、ウンディーネは何も知らねえよ。世界を滅ぼす? できるわけねえだろ。こいつは……」
「……退かぬか、小僧」
瞬間、俺の体が地に叩き伏せられた。
は!? な、何だこれ!?
おっさんは攻撃してきたどころか、未だリヴァイアサンの拘束から逃れられていない。
もちろん、何か技を使われた様子もない。マジで一歩も動いていないのに、立てなくなるほどの重圧に襲われて体が軋む。
……待てよ、これ、なんか覚えがあるぞ。
そうだ、あの鎧と最初に戦った時!
「あの、時のは……あんた、か……!」
「何の事かは知らんが……よくもやってくれたな、矮小な器よ」
「ぐっ……!」
「曽良!!」
ウンディーネがアクア・ネビュラを手にして、おっさんに斬りかかる。
が、直前でリヴァイアサンが消え、立ち上がったおっさんは目にも留まらぬ速さでウンディーネの後ろへ回り込んだ。
「きゃっ……!?」
腕と首を掴まれ、ウンディーネが短い悲鳴を上げる。
うおお、変態役満入った! 職質だけじゃ済まねえ領域だからなそれ!
「覚えておらぬと言うのなら、仕方ない。この迷宮の主を食らえば、力も戻ろう」
「迷宮の……主……? それって……」
「我らが聖女。真なる殉教者。ウンディーネ様に身を捧げるのであれば、願ってもなき事」
聖女だと? しかも、おっさんと関係のありそうな感じだし、やっぱりこのおっさんとその仲間が、ノームを追い出して城建てたってわけか。
ウンディーネを強引に連れて行こうとするおっさんを追おうとすると、おっさんが手をこちらへ突き出し、それだけで地面にめり込むほどに重力が増した。
「ぐおお……っ」
「曽良! 曽良――!」
く、そ……意識が遠のく……。
力が、出せない……!
「曽良――――――――!!」
そして気がつけば。
俺は、薄暗い部屋の中、1人で倒れていた。
◆◇◆◇
ウンディーネが連れて行かれてから、何分経ったのだろうか。あるいは何時間……何日って事はないだろうが。
まだ全身がひどく痛む。幸い骨が折れたりはしていないみたいだけど、満遍なく潰されたダメージは結構デカい。
目が覚めてからまず確認した事は、ウンディーネとの繋がりが切れていないかだ。
あいつの存在はすごくうっすらと感じる。けど、体にぽっかり穴が空いたような空虚な感覚がある。
試しにアクア・ネビュラを出してみようとするも、何度念じても出てこなかった。
水のカッターやダーツも同じ。なんならウンディーネの加護が効いていないのか、蒸し暑さや喉の渇きがひどい。
「くそ、ダルいな……」
『大丈夫?』
「あんまり大丈夫じゃない。こんな鉄火場で、頼みの綱の武器が出せなくなったのはキツい」
『それだけ?』
「……でもない。何だったんだあのおっさん。あれが、傲慢な民なんだろ?」
『……断言は、できない。あれは、無限のうちの、ほんの一部。過去の、残滓。存在しないハズの、影』
ますます意味がわからなくなってしまった。
あのおっさんの恰好だけでも頭が痛いってのに、ウンディーネはいなくなるわ、わけのわからん話しかしてくれない石と2人きりだわで、スリーアウトチェンジだよ。
しばし座って体を休めていると、ノームがチカチカと点滅した。
暇な時間を楽しませてくれているのだろうか。可愛い奴め。
『あたしが、契約、しようか?』
「……はい?」
『あたし、なら、契約、できる。でも、力、足りないから。ウンディーネ、取り返すまで、限定』
「け、契約!? って、お前まさか、ウンディーネたちと同じ……!」
『あたしは、ノーム。大地の母精、ノーム』
すう、と、息を吸い込んだような間を開けて、ノームはこう告げた。
『ファナティアを作った、四元の一柱』




