5-11 本当にヤバい人には距離を取るのが正答
その時だった。
おっさんが振りかぶった剣の向こう、空間に泉が現れた。
そこから這い出てきた巨大な蛇を見て、俺は勝利にほくそ笑んだ。
おっさんの上から下りてきたリヴァイアサンが吠える。
その声に、おっさんが俺から視線を逸らした。
――今だ!
手の中に呼び戻したアクア・ネビュラの柄頭を、おっさんの股間に叩き込んでやる。
「ぐあっ!?」
これぞ必殺、ボールブレイカーだ。
絶対に人に使っちゃいけないタイプの技だけど、相手が殺しに掛かってきたんだから、緊急避難措置ってやつだ!
あと、ウンディーネには内緒な。この時ばかりは、寝てるっぽい事に安堵する。
『曽良、今、何したの?』
いや起きてたんかい!
戦ってる時に言え! そして助けろ!
ウンディーネの凍りつくような低い声による抗議は無視。
体勢を崩したおっさんの股下から這い出て、股間を押さえるおっさんの顎を柄で突いてやる。
「がっ!? ぐ、あ、お、まえ……!」
「リヴァイアサン!」
俺の叫びに応えるように、宙に浮いた泉から半身を出していたリヴァイアサンが太い体でおっさんを巻き取った。
もがくおっさんだが、いくら筋肉モリモリマッチョマンの変態野郎だとしても、体格差のありすぎるリヴァイアサンを振りほどく事などできやしない。
ミシミシと音がするほどに絞め付けられ、おっさんは膝をついた。
よし、これで落ち着いて話ができるな。
リヴァイアサンが消えるまではおよそ2~3分。その間に、おっさんの素性を探らなければならない。
「あんた一体、何もんだよ。人間……なのは間違いないよな?」
「殺す! 殺す!」
「だいだい何で服着てないんだよ。ここで何やってたんだ? 暗がりでシコシコ一人遊びしてたわけでもないだろ」
「殺す!!」
「お前、うちの後輩以上にキャッチボールのできねえ奴だな」
どうしよう。
このままだと何も引き出せずにリヴァイアサンが消えて、このおっさんが自由になってしまう。
さすがに俺のアクア・ネビュラみたいな利便性はないだろうと踏んで、おっさんの剣を遠くへ投げておいた。これで拘束が解けても、すぐに斬りかかってくるような事もないはずだ。
握ってわかったが、非常に重い。俺もステータスの補正がなけりゃ、こんなもん持って扱えないだろう。
物騒な事を喚き立てる変態親父をどう処理したもんかと悩んでいると、
『ウンディーネ、聞こえる?』
と、ノームが声を出した。
『あなたが、出て』
『あ、あなた誰? どうして私の声が……』
『いいから』
やけに強引なノームに圧されたのか、ウンディーネが俺の口からがぼっと出てきた。
もう慣れたとはいえ、いきなり来られると苦しいもんは苦しい。
目の前に現れたウンディーネは、拘束されているおっさんから若干目を逸らしながら問い掛けた。
「あなた、この世界の人間じゃない、のよね」
「は? そうなのか?」
「え、ええ。見ればわかるじゃない?」
「わかるかぁ?」
俺の目にはこのおっさん、春先に増えるタイプの人にしか見えないんだけどな。
ただまあ、言われて見てみれば日本人離れした顔をしている……気がしないでもない。
ダンジョンとはいえここは日本だし、集まっていたエクスプローラーだって日本人が圧倒的に多い。
このおっさんの顔の作りは、未来の銭湯に現れたローマのおっさんみたいな違和感が、ないわけでもない。
ただ、それだけでこの世界の人間じゃないなんて考えられない。
というかそもそも、他の世界をさらっと肯定しちゃったんだよなウンディーネの奴は。
やっぱりダンジョンってそういう存在なんだろうか。
「ね、ねえちょっと。なんとか言ってよ」
うわあ、めちゃくちゃ無視されてる。
おっさん、さっきまで俺には殺す殺す喚いてたのに、ウンディーネ相手だと黙りこくっちゃったじゃん。
もうすぐリヴァイアサンも送還されちゃうし、せめてウンディーネが囮になってる間に何か縛るもの探さないと駄目だなあ。
諦めと共に紐っぽい物を探し始めたその時。
「ウンディーネ……様……」
おっさんがぼそりと、口を開いたのだ。




