5-10 VS裸マント
マントの人影がこちらを向く。その顔は髭を生やした中年の男だ。だらりと腕を垂らしながら、しっかりと剣は握っている。
明らかに穏やかな空気ではない。
いや、それ以上に気になったのは恰好だ。全裸にマントって。変態にしても高度すぎるだろ。ボロボロなのはわかるんだけど、それにしても服や下着からなくなるか?
絶対に故意で脱いでるってこいつ。
……違うよなあ。
今、絶対喋ったもんな、こいつ。
いやいや、そんなモンスターが喋るとかないだろ。わけのわからん唸り声がそう聞こえただけだって。
ジズ? ベヒモス? 知らんなあ。
「どうして、ここに……ここは、俺の……」
バリバリに喋っとるやんけ。
綺麗な標準語のイントネーションですわこのおっさん。
こりゃあれだな、都会のそこかしこで自由にお過ごしになられてる方々の1人だな。
ここで日々を過ごしていただけなんだから、俺が邪魔しちゃ駄目だよな。お邪魔しました。
「何だ、お前……この迷宮は、俺の物だ……」
あの剣っぽく見えるのもたぶん、都会を生き抜くための便利グッズとかに違いない。
うん、なんか百均とかに売ってそうだしな。百均になけりゃないってレベル。
推定百均の商品が怖いわけじゃないが、アクア・ネビュラを手の中に出した。
怖いわけじゃないよ? 怖いわけじゃないんだけど……。
なんかこう、明らかに「殺してやる」って気概を感じるっていうかね!?
「ふぅぅ……!!」
細く息を吐いた男がフッと消えた。
咄嗟に掲げた手に強い衝撃。
眼前まで迫っていた男の剣に、アクア・ネビュラが軋むほどの強い力が加わる。
「ぐぅっ……!?」
「殺す……」
押し込まれ後退させられ、体勢が崩れる。振り抜かれた剣に弾かれて地面に転がった。
視線を上げると、顔面への踏みつけが迫っていた。咄嗟に横に転がって躱す。
危ねえ、今避けられたのだってギリギリ、いや、偶然だったぞ……!
「俺の迷宮だ、俺の……」
「あー、えっと、あんたのダンジョン、なの? ノーム、こいつが傲慢な民さん?」
『違う、けれど、そう』
「そういう禅を追求してる場合じゃ……危ねえっ!?」
上段から振り下ろされた剣をアクア・ネビュラで受け、男の脛に蹴りを入れる。
男は体勢を崩し、そこを狙ってもう一度蹴りを入れて飛び退いた。
くそ、人間にいきなり襲い掛かられるなんて想定してねえんだよこっちは!
モンスターならいい。でも、人間と刃物持って戦うのは、心の準備がいる。
なにせうっかり殺しちゃうかもしれないんだ。そうなったら寝覚めが悪いどころじゃないぞ。下手すりゃ手に輪っかが嵌まる。
が、そんな俺の心配は杞憂になりそうだった。それも俺の敗北と死という、最悪の結果で。
男の攻撃は留まることを知らず、なんなら最初の一撃よりもスピードが上がっている。
必死で防御に徹するも、俺の体は徐々に切り傷が増えてきていた。
もし深いのを貰っちまったら完全にアウトだ。こんなところじゃ回復もできない。
「ウンディーネ、なんかしてくれ……!」
さっきからだんまりを決め込んでいるウンディーネに助力を求めるも、うんともすんとも言いやがらねえ。
生きて帰ったら絶対にあのデカいケツに蹴りを入れてやる。
生きて、帰ったらな!
「お、おっさん! 待て、待ってくれ、いや待ってください! なんなんだ、あんた! 人間同士で殺し合いは絶対におかしいって! ここ、ダンジョンだろ? この中で殺人やっちゃったら、日本の法律が黙ってないんだって!」
「黙れ簒奪者……! ここは、俺の迷宮だ……!」
「聞く耳なし!」
なんとか気絶、そうでなくても抵抗できなくすればセーフだろうか。
俺は左手に水を集める。これやると、体内の水分使って一気に喉が渇くからやりたくないんだけど……背に腹は代えられん!
「っらぁ!」
集めた水を、腕を思いきり振って飛ばす。
すると水は矢のような勢いと鋭さで飛び、男の右手の甲に突き刺さった。
「ぬ……」
剣を取り落とすかと思われたが、男は右手を振って払い、剣を握り直した。
くっそ、浅かったか。
だったらもっと……、
「おおおおっ!!」
「うお、おおっ!?」
もう一度水を集めようとした時、とんでもない速さの連撃が襲ってきた。
もはや防御する事もままならない。少しずつ、壁に向かって圧されていき、肌には傷が増えてくる。
マジでヤバい。こんな変態のおっさん放っておいて、後ろに見えてる扉に一目散ダッシュ決めておけばよかったかもしれない。
ああ、くそ、死ぬ、死んでしまう。死ぬ間際だってのに、おっさんが動く度に股間のロングソードも激しく動いてる事が気になっちまう。
そういう趣味があるとかじゃなくて、もう思考が回らず、どうでもいい事考えてないと立ってられないんだ。
どうする。どうすればいい。
「ウン、ディー、ネ……! なん、か、ないの、かよ……!?」
ウンディーネは一向に答えてくれない。
まるで、俺の中からいなくなってしまったようだ。
打ち下ろされた剣でアクア・ネビュラが叩き落とされ、次いで柄頭を跳ね上げるように、俺の顎が打たれた。
視界が回る。
呆気なく倒れた俺の体を、おっさんが跨ぐ。
最期に見るのが裸マントの変態おっさんって。最悪すぎて笑いも起きない。
陽花、すまん。俺が死んだら、面倒だと思うけど、静夏さんが部屋に入る前に壁に開けたそこそこ大きな穴を塞いでおいてほしい。見つかったら地獄まで追われて二重に殺されそうだ。
そして真琴、ごめん。お前の家族、助けてやれそうにない。
「俺の迷宮から……」
意味のわからねえおっさんだな、ホント。
こんなところにいておかしくなっちまったんだろうか。
せめて誰か、助けに入ってくれりゃなあ…………。
…………助け?
おい、何で今まで忘れてたんだ、俺。
マジな馬鹿じゃないのか。
助けならいるだろ、呼べば来てくれる最高の奴が!
「出て行け!!」
「来い、リヴァイアサン……!」
その時だった。
おっさんが振りかぶった剣の向こう、空間に泉が現れた。
そこから這い出てきた巨大な蛇を見て、俺は勝利にほくそ笑んだ。




