5-9 恐怖
ノームに導かれ、俺はダンジョンを進んでいた。
木の扉すら朽ちていて、開けようとすると壊れて倒れてしまう。
真琴が思いきり蹴りでも入れれば、壁だってぶち抜けそうだな。
などと考えていると、ノームが声を掛けてきた。
『怖い?』
「こ、怖くねえし。全然まったく。つーか余裕すぎてビビる」
『……そう』
おい、何だそのがっかりしたような声は。
怖がってほしかったのかよ。
『怖いって、どんな感覚?』
「は? ええと……すげー嫌って感じかな。それに近付くのが、すげー嫌になる」
『へえ。あたしは、よくわからない』
「何でだよ。ノームだって死ぬだろ? 死ぬのは怖いだろ」
『死……それも、よくわからない』
「かーっ! 出たよ。ダンジョン生命体なら心当たりが3匹いるけど、ノームもそれと同じ、死ぬのわかんない系のやつか」
『ううん。意味としては、わかる。生命活動の、停止』
ずいぶん機械的で、情緒のない捉え方だな。
『でも、それが何故、怖い? あなた達は、みんな、死ぬ。わかっている、終わりなら、近付きたくない、なんて、どうして、思うの?』
独特のリズムで、ノームはそんな事を聞いてきた。
うーん、どう説明したもんか。
それこそ生物なんて、死ぬのが怖いってのが大抵の共通認識なんだから、改めて説明すんのってすっげえ困るんだよな。
以前ウンディーネ(美)さんにも説明した気がするけど、説明したところで理解ができるとも思えない。
命の捉え方が根本的に違うんだから、仕方ない。
『曽良は、死ぬの、怖い?』
「めちゃくちゃ怖い」
『何が、怖いの?』
「うーん……。そうだな、まず何も感じられなくなるだろうし、誰とも話せなくなるだろうし、誰も、俺を認識してくれなくなって……。死ぬってたぶんそういう事だろ」
『じゃあ、ずっと、ひとりぼっちだと、死は、怖くない?』
「そりゃまた別問題じゃないか? 仮に生まれてから誰とも関わった事のない奴がいて、それでも死ぬのは怖いんだろって、俺は思うよ」
『世界を、最初から、認識できない、者なら?』
「そいつは生きてるって言えないんじゃないのか? よくわかんねーけど」
何でこんなところで禅問答みたいな事しなきゃならないんだ。
環境も相まって変な悟りを開きそうだぞ。
「それよりノーム、お前の事聞かせてくれよ。どんな奴にダンジョン乗っ取られたんだ?」
『……傲慢な民』
「傲慢な民……」
そのワードは聞き覚えがあるぞ。
確か、ウンディーネがコンビニのダンジョンで語ってくれた、デュランドラとかいう奴の出てくる物語だ。
そこに、滅ぼされたっていう傲慢な民が出てきてた。
そいつにダンジョンを乗っ取られたのか?
「傲慢な民ってやつは、どんな能力を持ってる?」
『…………わからない』
「わからない? 何でだよ」
『その力は、無限』
「無限……?」
どういう事だ……。
傲慢な民とかいうボスは、無限の強さがあるって事か?
レベルが無限だったり、能力値が無限だったり……それって、特定の条件じゃなきゃ倒せないイベントボスとか、そういう奴が持ってる能力だろ。
なんかフラグ建てなきゃ負け確戦闘って事じゃねえのか。
そんな奴とぶつかったらどうすりゃいいんだ。現実にサレンダーは効かねえぞ。
『曽良が言った、怖い、は……きっと、あたしが、あいつらに、思っている事と、一緒。あたしは、きっと、あいつらが、怖い』
「ダンジョンのボスなのにか?」
『もう、主じゃない。あたしには力が、ない』
問答しながら進んでいくと、やけにしっかりした石造りの扉が現れた。
さすがに蹴りじゃ開かなさそうなので、体重を乗せて両手で押すと、重々しい音と共に扉が開いた。
すげー埃っぽい。思わずむせながら、松明で部屋の中を照らす。
「うお、マジか……!」
思わず声を上げた理由。
部屋の中央に居座る影。こんなところでキャンプしてる変わり者でもなけりゃ、まず間違いなくモンスターだ。
「ノーム、一応確認しとくけど……先に進む道って、あの、奥に見える扉の先だったりしねーよな」
『うん、あそこ』
「ワァオご名答かよ……」
俺の声に応えるように、中央の影がゆらりと立ち上がった。
ボロボロのマントにロングソード、隆々とした筋肉から放つ威圧感。鎧やガーゴイルに比べりゃデカくはないが、強敵の風格は十分だ。
ゆっくりとこちらを見たそいつの顔に、俺は息を呑んだ。
こんな地下墳墓みたいな場所で出会うモンスターだから、てっきり俺は、良くて骸骨、もしくは死体でも襲い掛かってくるのかと思っていた。
けど、松明に照らされたそいつは、真っ白なカルシウムの塊でもなければ、爛れた顔もしておらず、
「誰だ……?」
あろう事か、言葉まで話しやがったのだ。




