5-4 謎の声
ガーゴイルが石斧を振り下ろしてくるのを右へ跳んで避ける。
床にめり込んだ刃が石礫を飛ばすのを躱しながら、ガーゴイルの喉元にアクア・ネビュラの刃先を突き入れる。
真琴は体を回転させ、大剣の刃をガーゴイルの横面に叩きこんだ。
しかし、それだけではどちらも有効打を与えられない。痛みなどないかのようなガーゴイルの反撃を、俺は後ろに倒れ込むようにして躱す。鼻先を掠める斧の一撃。それが通り過ぎた瞬間、振り切った腕にアクア・ネビュラを突き入れた。
バギンッ、と石が砕ける音と共にガーゴイルの右腕が外れる。よっしゃ、効いてる!
俺の喜びとは裏腹に、ガーゴイルは痛みなど感じてないように残った左腕を振り回してくる。
俺の顔面に爪が当たる瞬間、
「シルるん!」
陽花の叫びと、柔らかい物に突き飛ばされるように、鼻先の衝撃で俺は尻もちをついた。
シルフが風のバリアを張ったらしい。ガーゴイルも、振り回した一撃を弾かれて体勢を崩している。
「おおらっ!!」
尻もちをつきながらも両腕で突き出したアクア・ネビュラが、ガーゴイルの胴を捉える。その一撃で、ガーゴイルは大きく体勢を崩した。
そこへ、3、4本と穴が穿たれる。陽花が自身の武器で、矢を連射したのだ。
ようやく崩れる1体を蹴って倒し、真琴が相手をしているであろうもう1体に向き直る。
「真琴!」
援護しようと真琴の方を向くと、既に真琴は、手にした大剣でガーゴイルを切り伏せていた。
ボロボロと塵になっていくガーゴイルを、残心するように見下ろす真琴。
彼女の体は髪の毛1本ほどの傷もなく、息もまったく上がっていなかった。
つ、強え……。ただ剣を持っただけとは思えない、圧倒的な能力差だ。
これがステータスの差なのか? いや、なんかそれ以前の問題にも思えるぞ。
「ふう……。2人とも、無事ですか」
「あ、ああ……。すげーな」
「立ち止まってる暇は、ありませんから」
燃えるように赤熱する右腕を振りながら、真琴は薄く笑ってそう言った。
苦戦した様子もなさそうだ。
俺と違いすぎる実力に、思わず俺は「あー……」と唸った。
サラマンダーの力なのか、あるいは真琴自身のものなのか。
破壊という文字をそのまま叩きつけるような実力の違いは、正直言って羨ましい。
じっと真琴を見ていると、彼女は大剣を出したままこちらを見てはにかんだ。
「さあ、先へ進みましょう」
「おう……。この攻略、だいぶ楽な気もするぜ」
「いえ、油断はしないでくださいね」
◆◇◆◇
「…………」
3人して、この状況に黙る。
長い道のり果て、辿り着いたのは初めに下りてきた広場だった
明らかに攻略なんて目的でないであろうエクスプローラー達が、出店の食べ物を手に、座って談笑に耽っている。
この辺りはモンスターすら滅多にこないらしい。ここに到達する前に、周囲できちんと攻略目的のエクスプローラー達がモンスターを処理しているからだ。
俺達はぐるりとフィールドを回ってきた。
その間、下へ下りたり上へ上がったり、はたまたどこかにワープするような仕掛けの類は見ていない。
ガーゴイルや、小さい鎧兵とは何度か戦った。皆、俺達の実力からすれば大して強敵でない奴らばかりだった。大きな奴は戦わずに逃げたけどな。ちょっとしたビルくらいのデカさの奴とまともにやり合ってられっかよ。
ともかく、先に進む道どころか、手がかりになりそうな仕掛けすらないのだ。
これは、8年も攻略が進んでない理由を、考え直す必要があるかもしれない。
俺達はダンジョン生命体の知識と力を借りられ、たとえば特定の条件でしか先に進めないとしても、それをクリアする事ができる。
つまり、仕掛けさえ見れば解くための最低ラインには立てる。
が、その仕掛けも見つからないのなら、結局俺達は揃いも揃ってそこそこのラインに立つエクスプローラーでしかない。
3人寄ればなんとやら、だけど……。
「んあー、疲れたっす……」
ソフトクリームを舐めながら、陽花が足を投げ出してそうぼやいた。
俺も同感だ。1周してくるだけでも相当な広さだったし、モンスターも今までのダンジョンよりずっと強かった。
苦戦していなくたって、気は張るのだ。精神的な疲れも相まって非常に気が削がれている。
何度マップを見ても、歩いてきた道に誤りがあるとは思えない。
じゃあ、途中のデカい鎧が次のステージに進むフラグなのか?
それもない気がする。強いエクスプローラー達とやらが、過去に数度倒しているはずだ。だからネットには、攻略情報なんてものが書かれてる。俺達みたいな駆け出しには到底真似できない、玄人向けの攻略情報だとしても、だ。
どこかで仕掛けを見逃したんだろうか。
はたまた、ネットに書かれていない新規ルートを開拓する必要がある?
この城は、まるで空中に建てられたように、通路から覗き込んでも下が見えない。
思い切ってここから飛び降りれば何か変わるだろうか。
たとえばこの中の誰かが飛べたりするなら、それもありなんだけどな。
あいにく、羽を持ってる奴は誰もいない。
「まるで袋小路だ。先へ進む道を拓けないんじゃなくて、先に進む手がかりが見つからないんじゃ、どうしようもないな」
「そうですね……。でも、ここが今までと同じダンジョンなら、どんな小さな仕掛けでも、先に繋がる手がかりになるはずです」
「って、言ってもなあ……」
この広場をスタートして、回廊を通り、テラスを抜け、さらに回廊を通り、階段を上ってからエレベーターで下がり、また回廊を抜けた先がこの広場だ。
その間に変わったものはなかった。
何か見落としてるのか? だとしたらもう一回、同じルートを通るべきなのか?
悩んでいたその時だった。
『ここじゃないよ……』
「は?」
か細い声。
誰が発したものか、視線をキョロキョロとさせて追ってみるも、誰かがこちらを見ている様子はない。
『ここじゃ、ない。案内するから、そこへ来て……』
「ウンディーネ、何か言ったか?」
『え? いえ、何も』
「サラマンダー達は?」
『てめェ如きに何か言ってやるとするなら、く、た、ば、れの4文字だけだぜ』
『僕はア、ホ、の2文字だね』
「ちょ、ちょっと、サラマンダー!」
「シルるん、握られたいんすか?」
予想の倍以上厳しいドライな答えしか返してくれないサラマンダーとシルフに、それぞれの契約者が反応するのを見ながら、俺は今しがた響いた声に首をひねっていた。
そいつは、ウンディーネでも、他の2体でもない、もっと細い声だった。
もしそいつの導きに乗っかれれば、この状況を打破できる?
だけれど、誰一人として、その声が聞こえている様子はなかった。
俺だけに聞こえる声。まるで、誰も契約していない時に響いていたウンディーネの声のような、この世界に対する違和感の塊。
「案内、するならしてくれよ」
『あなた何言って……』
『わかった。もう一度、あなたの死にかけた場所へ戻って』
「げ、あそこかよ」
『? 曽良、何を独り言言ってるの?』
声が響く。
それも、どこか遠い声が。
ウンディーネが口にするもっともな疑問は無視して、俺は声の導くまま、ふらふらとあのデカい鎧のいる回廊へ向かった。




