4-17 ヒカリヤダンジョンへ
ヒカリヤダンジョン。8年前に現れて以来、誰も攻略を果たせていない屈指の難関。
地下鉄を降りて渋谷駅を出た俺達は、四角いビルを見上げていた。
装備を確認する。と言っても、食糧やら救急キットが詰まっているくらいだ。中に入れば、いつ出てこられるかわからないしな。
それだけ、このダンジョンはヤバい。用心はするに越したことがない。例えば、武器を用意してくるとか。
渋谷の街中だというのに、スポーティな恰好の老若男女が、錠の付いた細長いケースや、剣道部が持ってそうな布袋を持っている。たぶん、あの中には猟銃や刀剣が入ってたりするんだろう。
日本の国内であっても、一部のダンジョンは例外的に銃火器や刀剣の持ち込みが許可されている。もちろん許可制だけど、それでも結構な数のエクスプローラーが、日常生活じゃお目にかかれない武器を持ち込んでいたりする。ヒカリヤもそんなダンジョンだ。
幸い、俺達には物騒な武器は必要ない。全て自前で用意できる。
「準備いいか?」
「……あっ、ボク、トイレ行きたいっす」
「そんなもんヒカリヤの中で行きなさい。真琴は何か忘れ物とかしてないか?」
「大丈夫です。遺書も、部屋に置いてきました」
「縁起でもねえ! そこはもっと希望を持とうぜ。大丈夫、攻略できるよ」
真琴を勇気づけるようにそう言ったはいいものの、俺も怖い。
毎月死者だって出ているし、ネットの噂じゃ警察だか自衛隊だかの特殊部隊がしっかり装備を固めて入ってもモンスターに勝てなかった、なんてのも目にしてる。唾ではあるけど、今の俺をビビらせるのには効果的な話だ。
そんな所に、こと戦いに関しては素人の俺達が乗り込むんだから、真琴じゃないけど遺書のひとつも用意するべき手の混んだ自殺だと思われても仕方ない。
けど……。
さすがに、色んな理由から逃げるわけにはいかないからな。
「っし! ビビっててもしゃーない、うん! っしゃら! おらっ!」
「おわ、どーしたんすかセンパイ」
「気合入れてんだよ気合。お前らもなんか、生き残るために気合入れろよ。攻略終わったらどうするか考える、とかさ」
そう言うと、2人は顎に手を当てて考え始めた。
「この攻略が終わったら、センパイとマコと一緒にもっかい焼肉行きたいっす。今度は綿菓子作れるとこ」
「おう、そうだな」
「あと、世界旅行してー」
「おう」
「それから今までできなかった遊びも全部やってー」
「お、おう」
「それからー」
「あー、もういい、わかった。夢いっぱいなのはわかったから、変なフラグ建てそうな事、言わんでくれ」
死亡フラグのデパートみたいになりそうな陽花は置いておいて、真琴を見る。
「そう、ですね……。私は特に、やりたい事は何もないかな。考えてないというのが正確ですが」
と、今度は逆に夢も何もない発言だった。別に今後の展望を語る場ではないんだが、それはそれで寂しいな。
「ただ、もし叶うなら……曽良さん達と、もっと仲良くなりたいです。ダンジョンを攻略する、パーティとしての利害関係なんかじゃない。友達になりたい」
け、健気〜!
すげーキラキラしてる、なんだこの子。
俺や陽花がアホみたいじゃないか。うわ、眩しすぎる。
目が眩むからあまり見てはいけないやつだ。
ただでさえ顔が良いのにこれは反則じゃないんですかね。
「えー、攻略するまで、マコと友達じゃないんすか?」
「ふふ、私のモチベーションの元だから、そうなるかな」
「ヤダヤダー! マコとはもう友達っすもん!」
「おやおや」
陽花が真琴に抱きつき、駄々を捏ねるように叫んだ。
普段なら往来で何やってんだと叱るところだが……ヨシ!
そんな陽花を、真琴は優しい顔で撫でている。
戦いの前にずいぶん癒される光景をありがとう、神様。
「これは、私の願いはもう叶ってしまってますね。どうしようか」
「それなら……海はどうだ?」
「海、ですか?」
「そーっすよー! マコ、こないだ水着買いに行ったじゃないっすか。みんなで一緒に、海行くっす!」
陽花の無邪気な言葉に、俺の体内でウンディーネがコポ…と音を立てた。
『いいじゃない。この男の貧相なみっともない体を衆目に晒して、辱めてやりましょう』
絶対お前は連れて行かねー。
とにもかくにも、絶対に負けられないという気合は入った。
最後にもう一度だけ、強めに頬を叩く。それで、わずかな脚の震えは完全に止まった。
ビルへ入り、エレベーターを使って上へ、上へ。
シアターエリアは、人で賑わっていた。カフェテラスには渋谷の観光客が1、エクスプローラーらしき人達が9という感じだ。
いよいよ挑むのだという実感がむくむくと大きくなる。
逆に興奮してきた。
「うし、行こうぜ」
俺が号令を掛けて進もうとしたが、陽花がいない事に気づいた。
は? おい、あいつどこ行った?
まさか先に入ったんじゃ……!?
「およ? センパイ、なにキョロキョロしてるんすか?」
すると陽花は、普通にトイレのある通路から出てきた。ハンカチで手を拭いている辺り、用を足していたらしい。
「だっておしっこしたいって言ってじゃないっすか」
「こ、こら、大声で……やめなさいって……。よ、よし。今度こそ、行こうぜ!」
やや気の抜ける展開はあったものの、気を取り直した俺達はシアター入口に立つ係員にカードを見せ、冷えた空気の上がってくる石段を、一歩ずつ下りていった。
4章は完結です。次回から、ヒカリヤダンジョンの攻略が始まります。




