4-14 シルフ
「楽しそうっすね」
不意に、陽花がトーンの低い声を上げた。
ぞくり、と全身に走る悪寒。
いや、ここで? ここで来るのか、さっきの再現?
「なんか、ボクをほっぽって楽しそう。なーんか、ボクなんかいなくてもいいのかなって」
「陽花、あのな」
「センパイ、ボクの事、どう思ってるんすか?」
ほら来たあ!
メンタル反転、ネガ陽花ちゃんのお出ましだよ!!
出現条件がわかんねーぞ畜生! わかんねーけど、わかんねーけどこれなら何かできるんだろうな!?
「長谷川さん、出ましたよ! ……寝てんじゃねえ起きろや!」
「んがっ……。あー、これかあ。うん、おっけー」
何がおっけー、なんだ!
ほら、また手にあの武器出してるよ。ビンビンの殺意が襲いかかってきてんだよ。
そんな状況でも呑気に寝ぼけ眼を擦っている長谷川を、申し訳ないが盾にしようとすると、ちゃっかり身を躱された。
くそ、馬鹿みたいな言葉に乗らなきゃ良かった! 完全に地雷踏み抜いたんじゃねえのこれ!?
大体、さっきから陽花が訊いてくる事もわけがわからん。答えてやれば収まるのか?
「陽花、俺はな」
「ほいっと」
いつの間にか背後に回っていた長谷川が、陽花の背を押した。
何やってんだ、と言う間もなく、陽花の体が倒れ込んでくる。
受け止めようと腕を伸ばすが、捕まえられず、そのまま陽花の口が俺の口と触れ合った。
「~~っ!!??」
「あっひゃっひゃ、レモン味でございま~っす」
めっちゃくちゃ柔らかい感触に危うく浸りそうになったが、コンマ1秒で理性を取り戻して陽花を押しのける。
すると、
「ぐっ、あぁっ、ああああぁぁ……!」
「陽花!?」
「おやまあ、白雪姫の逆パターンで死ぬんかね」
急に苦しみだした陽花が、倒れ、床の上でもだえ苦しむ。
えっ、そんなに俺とのアレ、嫌だった……? 歯はちゃんと磨いてるんだけど……。
ていうかなんかヤバい痙攣してないか? 毒? ファーストキスが毒の味?
ちっともロマンチックじゃない光景が続くかと思われた時、陽花が大きく口を開け、その中から何かが飛び出してきた。
「よいしょぉっ」
「ぎゃっ!?」
長谷川が間の抜けた声で、その飛び出してきたものを捕まえる。
いつの間にか右手に嵌めた手袋からはケーブルが伸び、何やら機械に繋がっている。その手袋が、飛び出したものを捕まえるアシストをしたのだろうか。
「な、何するのさ人間!? 僕は風の父精様だぞ! ちっぽけな人間が、気安く僕の体に触るな!」
長谷川の手にすっぽり収まったのは、エメラルドのような輝く羽を持った小人だ。ファンタジーに出てくる妖精によく似てる。
ぎゃーすか口汚く罵ってくるが、それすら愛らしく思えてしまう外見をしている。
こいつが、ウンディーネやサラマンダーと同じようなダンジョン生命体なのか。
「くそっ、放せよ! 放せ! うわやめろ、どこ触ってるんだよ!? こいつ何なんだ……おい、ウンディーネ! やめさせてよ!」
「どっかで見た光景だな、これ」
「え、ええ。ねえ、あなた、誰?」
「はあ!?」
小人は信じられないという風に目を見開いた。
サラマンダーもそうだったけど、ウンディーネに忘れられてるのって結構ショックなのかな。
けど、何があったのかサラマンダーは詳しくは語ってくれなかった。命を押し流したとかなんとか、言っていた気はするけど、意味はよくわからない。
「ふ、ふっざけんなよ~! ムカつく君に嫌がらせできると思ったから、わざわざこの子の嫉妬を煽ったってのに、無駄足じゃんかよ~!」
「お~よちよち、可哀想ね~」
「お前は何なんだよ!? 放せよ!」
「おい」
今こいつ、とんでもない事口にしなかったか? 嫉妬を煽った?
て事は、陽花がおかしくなった原因マジでこいつかよ。
「お前なにもんだ? 事と次第によっちゃ排水口から都内の下水を巡るツアーにご招待してやんぞ」
「気安く口を利くなよ人間。僕は風の父精、シルフ。お前らごときが対等な口を利ける相手じゃないんだぞ!」
「長谷川さん、その機械何なんすか」
「あ、聞きたい? このダイヤル絞るとね」
長谷川が機械に付いているダイヤルをわずかに回した。
すると、
「あだだだだだだっ!? ななななにこれれれれ」
「こんな感じで、グローブの手のひらに電流が流せます」
「そろそろツッコむのも疲れてきたけどこれだけは言わせて。倫理をナメるな! でもナイス!」
「あばばばばばばば……!」
長谷川がダイヤルを戻すと、放電は止まったらしく、シルフは口から煙を吐きながらぐったりとした。
「くそう……くそう……僕があんまり電気を吸収できないって知ってたな……」
「え、そうなの?」
「らしいですよ。もう一発いっときますか」
「だああ、待て! 待てよ! 僕は電気を受けるのが苦手なんだ! 操れるけど痛いもんは痛いんだよ!」
「ペラペラ弱点喋って、実はこいつ馬鹿なのかな」
「馬鹿でしょ~」
「馬鹿ね」
何しにきたんだこいつ。
長谷川のグローブは握ったままロックができるらしく、器用にグローブを脱いで、シルフごと床に放った。
シルフはさっき受けた電撃からまだ立ち直れていないようで、苦悶の表情を浮かべている。
さて、尋問といきますかね。
「シルフ、さっき陽花に何かしたって言ったよな。お前、一体何したんだ」
「…………」
「長谷川さん」
「あいよっ」
「待て待て待て! 嫉妬だよ! その子の嫉妬の火を煽ったんだ! 火を煽るのは風の役割だからね、僕は人の感情を増大させられるんだよ!」
ほう、嫉妬の火。
て事は、陽花は何かに嫉妬してたって事になるのか?
こいつが言うには、あくまで『煽った』だけなのだとしたら、種火がなきゃ燃え上がらないはずだろうし。
「その嫉妬を煽って何しようとしてたんだよ。こっちは殺されかけたんだぞ」
「ウンディーネにちょっと嫌がらせしたかっただけだよ。あ、これほんと、ほんとだから、その機械から手放してよね」
「はあ? 嫌がらせの相手はどう考えても俺だっただろ」
「それは予想外っていうか、この子の気持ちがそっち方向に暴走しちゃったっていうか……」
「何の話してんのかさっぱりだ」
ウンディーネと顔を見合わせて、互いに肩を竦めた。
まず、こいつに嫌がらせをされるいわれもないし、陽花を使う意味もわからない。
だいたい何でこいつはダンジョンの外で平然と行動してるんだ。ウンディーネが外に出られるのは、あくまで俺という存在がいるからだし、サラマンダーだって真琴の近くの火の中にしか現れられない。
急に現れて謎ばっか吹っかけてきやがって。腹立ってきたな、やっぱキツいの一発いっとくか。
「だから、それに触らないでよ! 脅しが執拗なんだよ!」
「そうもなるだろ。お前が売ってきた喧嘩なんだから。何で陽花使ったんだよ」
「僕と契約したからだよ!」
「ふーん、そうか…………はああ!? 契約!? 陽花が!?」
ちょっと待て、聞いてないぞそんな話は!
つい2日ほど前にダンジョンに行った時は、一切そんな素振り見せてなかった。
新しいもの好きな陽花が、便利武器や能力を手に入れて使わずに隠すなんて事、あるはずがない。チンパンジーのかくれんぼよりも下手なんだぞ、こいつの隠し事は。
それがいつ、どこで、何のきっかけがあって契約したんだ。
シルフに問いただすと、ニヤつきながらこう答えてきた。
「契約自体はついさっきだよ~。なんか、お前と、もう1人がいなくなった後でつまんなさそーにしてたから、使えると思ってえばばばばばばばっ!? やべべべべべべべべ……!」
ダイヤルをぐいっと回してシルフのニヤけ面を封じてやった。
5秒ほどしてからダイヤルをゼロに戻す。
ぜえはあと荒い息を吐くシルフが、勘弁してくれと言わんばかりの視線で見上げてきた。
「に、人間って、思ったより容赦ないな……」
「勘違いしないで。この男がまともじゃないだけよ」
テキトー抜かすウンディーネをじろりと睨むと、下手くそな口笛を吹きながら目を逸らした。




