4-13 賢者の時間
陽花の拘束は解かずに布団ごと抱え上げ、長谷川の後を追う。
肩の上でぎゃーすかと騒ぐアホ後輩の猿ぐつわを取らなきゃ良かった。今警察に来られたら俺とロドリゴのどっちがより凶悪犯か天秤に掛けられるくらいだ。
断じて俺はこんな馬鹿みたいな変態プレイに勤しみたくてこいつを縛り上げてるんじゃない。
誰に言い訳するでもなくそんな事を考えながら石段を下ると、長谷川が狂喜乱舞しているのが見えた。
ああ、遅かった……。
「うひゃーひゃっひゃっひゃっひゃっ! マージかよすっげえー! 何だこれ、今まで見たどのダンジョンよりも変わってるぅー! サンプル、サンプル採っとこ。てかこれ何? 動物……いやモンスター!? っかあー、ちっせ! こんなめんこいモンスターいんのかよ!! うっひょお、ふかっふかしとる! キミ、名前なんてーの? ん? ジズ? ジズたそかわええ~! 連れ帰っていい? 大丈夫痛い事しないからハァ、ハァ、ハァ……!」
『ちょっと! 早く止めてあの人!』
「あ、ああ……すまん、無理だ」
『主様ー! なん、何なのですかこのご婦人は!? 我はこういう役回りばかり……あっ、そこは、ああっ、あふぅっ……』
逆さにされて全身を撫で回され、舌を出して痙攣するジズに、俺は心の中で十字を切った。
しかしまあ、顔だけなら美人にあれだけ弄くり回されて、ちょっとだけ羨ましいとも思ったのは内緒だ。
◆◇◆◇
「それじゃ、俺の家にダンジョンがあるってずっと前からわかってたっていうんですか?」
たっぷり2時間ほどダンジョンで泉の水や土を採取したり、ジズ達モンスターを堪能した後、急に冷静になった長谷川はダンジョンを出てきた。
今はしっかり正座して、俺に何故ここに来たのかを説明してくれたところだ。
「機関というよりは、私個人の調査結果です。疑惑でしかありませんから、まだ報告もしていませんし、ここに機関の調査隊が来る事もありませんのでご心配なく」
「は、はあ……」
「ウンディーネさんの存在は興味深いですが、フィクションのように強制的に連行したりといった事もありません。秘密裏に、調査、研究をさせていただければ幸いですが」
「あー、それは本人の気分次第って事で……」
というか何だこの変貌ぶりは。
散々興奮して倫理的にアウトな暴れ方しといて、満足したら急に居住まいを正してきたぞ。
まるで賢者……いや、この話はやめとこう。
「ところで、竜宮さんでしたか。あなたも今、興味深い状態にあるようですね」
「へ? ボクっすか? ……まさかセンパイ、ボクが寝てるうちに」
「違うっつの、飛躍した想像すな! さっきも説明したけど、お前がいきなり襲いかかってきたんだっつの」
「ボクが? センパイに? あっははは! センパイ、面白いっすねぇっだぁ!?」
大きく振りかぶったチョップを陽花の脳天に落としてやった。
鈍い音と共に小柄な体がフローリングへ沈む。この白いジャングルは男女差別はしねーからな。
「よいしょ、と……」
「そっちは何をデカい機械出してんすか。あ、電源そこで……じゃなくて!!」
「これは一種の探知機です。ダンジョンやそこに属する物に存在する特殊な元素を……原理の説明は省きましょうか」
「ありがたい……一瞬、意識がアンドロメダの向こうに行ってたもんで」
ともかく、以前会った際にその探知機とやらを俺に向けると、普通ならあり得ないレベルの反応を出してたから尾行したり盗聴したりで俺の家にダンジョンがあり、ウンディーネがいる事も現状も突き止めたらしい。
うん、この説明の中でどれだけ倫理に唾を吐いてるのか、数える気にもならねえな。
いくら素の性格が礼儀正しい社会人であっても、頭のどっかはぶっ壊れてるのが確定してるぞこの人。
早々にお帰り願いたいところだけれど、そんな探知機があるなら話は早い。
「あの、それって今使えますか?」
「ええ、もちろん。……なに!? 使う? どこに使う!? あってゆーかね、これほんとすっごいの! たとえば見てて、ほら、私の数値がここに出てるけどこれが一般よりちょい高めなのねこれって私が普段からダンジョンの物を触ったりしてるからゆえの数値なのねでもほらウンディーネちゃんに向けると数値がエラー起こすのこれって普通にダンジョンのボスを相手にした時ですらあり得ない事なのよねそれを見てほら竜宮ちゃんに向けると」
「あーあーあーあーあーあーあーあー!! うるっせ! うるせえー!! 勝手に陽花に変なもん向けんな!」
「でも、こうして欲しかったんでしょう?」
「そっ……うだけども! 心の準備をさせてくれ!」
人体に有害な電波とか出すタイプのマッドなマシンだったらどう責任取るつもりだったんだこの人。
こんな人間が作るものが安全性なんて配慮されてるとはとても思えない。
尻を突き出して寝転がってる陽花に、マイクのような形の機械を向けると、ケーブルで繋がったスマホのような物の液晶に数字の変化が見られた。
デジタルの数字が大きく飛んだかと思うと、すぐに『00.0』という数字に変わった。ウンディーネに向けた時と同じ反応だ。
陽花自身がダンジョン生命体なわけがないから、こいつの中にいる説はどうもマジらしい
長谷川のせいで逸れてしまった話を戻すが、どうやって中の野郎を引きずり出したもんか。野郎かどうかはわからないけど。
「ちょ、やめ、やめてってば!」
「ぐえっへっへ、よいではないか、よいではないか。お話できるモンスターなんて初めてなんだもーん。もっとよく見せてー」
「ちょ、どこに手入れて……やっ……!」
「あのですね」
長谷川の首根っこを捕まえてウンディーネから引き離す。
油断も隙もあったもんじゃねえ。
チョップで気絶したわけじゃなく、ただ寝てただけらしき陽花が身を起こし、大あくびをした。
「長谷川さん、こいつにウンディーネみたいなのが取り憑いてるっぽいんですが、それを外へ出す方法ってありますか?」
「外で出す方法? 中じゃなくて?」
「外、へ! しつけえなあんたも。いつまた襲われるかわからないし、ダンジョンを研究してるなら、知恵貸してくれませんかね」
俺の要求にしかし、長谷川は「んあー」と間抜けな声を出したのみだった。
ぼんやり天井を眺める長谷川。まるで疲れ切った週末のOLみたいな有様だが、何か思考しているんだろうか。
「あー、参考になるかわかんないんですけどお、モンスターの中には条件を満たさないと出現しないもんがいるわけですよ。で、竜宮ちゃんが変な事になった時の状況を再現すりゃいいんじゃないですかねえ」
陽花がおかしくなった時の状況か。
確か、普通に会話してたんだよな。それで俺が真琴の話を出したら、急に機嫌が悪くなったんだ。
いや、機嫌の悪さはそれより前か? 市役所で、暑い中外で待たせてた事……は関係あるんだろうか。
そこまで再現しろとなると、どうしたって明日になりそうなんだが。
「陽花。真琴の事、どう思う?」
「ん? 超カッコいいし、強いし、話してて楽しいし、優しいし、結婚したいっす! こないだも一緒に遊んで超楽しかったっす!」
「あー、それはわかるな。結婚はさておき。あれ……何も起こらん……」
図らずも陽花と真琴の仲良しっぷりを見せつけられてちょっとジェラシーが湧いてきたが、それは置いとこう。
単純に真琴の話をしただけじゃ意味がないらしい。
頭を捻っていると、ウンディーネがちょいちょいと袖を引っ張って耳打ちしてきた。
「ヒントあげましょうか」
「は? 何を」
「愚鈍なあなたがあまりに哀れだし、このままだと殺されかねないから。真琴が、というより、あなたの問題よこれは」
「俺の?」
愚鈍とか哀れって言葉は華麗にスルーして、ウンディーネの言葉の意味を考えてみる。
俺が何かしたのか? わかんねえ。陽花って、楽しいと嬉しい以外の感情をあまり表に出さないから、フラストレーションがあってもわかりづらいんだよな。
もちろん怒る時は怒るんだけど、知らず知らず俺に憎しみが湧いててもおかしくない。
「陽花、俺の事はどう思う?」
「んー……何て言うんすかね。センパイが働きもせずにベーシスト目指したりギャンブラー目指したりしたら養ってあげてもいいかな、って感じっすね」
「お前の中の俺像どうなってんの? 目指さねえよそんなの、堅実第一だ」
そりゃ陽花の家は裕福だからヒモくらい飼えるだろうけど、そんな関係になったら間違いなく親父さんに殺されちまうよ。
ウンディーネはもどかしそうに俺を見ているし、ヒントとやらも期待できそうにない。
わかったのは、陽花が俺をヒモにするのがアリってろくでもない目で見てた事くらいだ。俺のプライドが許さないであろうその未来予想図は絶対に実現しない事を願う。
……このままフリーター続けるならちょっといいかなって思ってしまったのは内緒。
「はああ~、鈍い……。だから殺されかけるのよ」
「答えわかってんならくれよ。こっちは命懸かってんすけど」
「だからね……」
「楽しそうっすね」
不意に、陽花がトーンの低い声を上げた。




