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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
4章
60/112

4-12 錦家の天気は暴風雨

「ふむふむ、女の子には奥手な童貞君だとばかり思っていたんだけれども、こりゃ予想外だねえ。あ、どーぞどーぞ、続けて?」


 長谷川は俺の了解も得ずに靴を脱ぎ、勝手に流しに置いたコップを取って水道水を注いだ。

 そのままずかずかと部屋まで入り込んで腰を下ろす。

 おい、何だこの状況。


「むーっ!! むーっ!!」

「ふんふん、ほうほう……。なるほどね」

「何がなるほど、なんですか。ちょっとこいつ抑えるの手伝って……」

「いきなり3人でってのはレベル高いなあ。私どっち? 前? 後ろ?」

「マジで何言ってんだ! 本気で、おふざけしてる場合じゃ……」


 そろそろ抑え込めなくなってきた。マウント取ってるってのに、全然優位に立てた気がしねえ。

 せめて足、足も縛れれば……!


「ほいっ」


 ぷすっ。

 陽花の首筋に、細い注射器が刺された。長谷川が取り出したものだ。


「うおい!? いきなり薬物はどうなんだ!」

「え、お薬は使わない派? 抵抗されてた方が良かった?」

「あんた倫理観どこに置いてきたんだ? お、おい、これ、大丈夫なんだろうな……」


 ぐったりした陽花から手を放し、呼吸を確認する。

 死んではいないようなので安心した。

 いや、目の前でいきなり人が薬物注射されたら普通はまったく安心できないんだけども、なんかさっきまで死の気配に直面してたせいで平気になっちまったよ。

 すうすうと寝息を立てる陽花の口からティッシュを抜き取ると、くすぐったそうに身悶えした。


「はあー……。なんにせよ、助かりました、長谷川さん」

「ひゃひゃ、どーいたしまして」

「……で、何でドア開けられたんですか? 鍵掛けてたはずだったんですけど」

「ん?」


 長谷川は付けていたヘアピンを外して、ひらひらと振って見せた。


「これ1本でフリーパス~」

「あんたどういう経緯があったらそんなルール知らずなアウトローになるんだ?」


 平常時ならこんな人、即通報してやるところなんだが、今警察に来られたら俺の方が捕まりそうだからやめておく。

 陽花の腕に巻いたベルトを外してやり、代わりに布団で簀巻きにしておいた。

 これで目が覚めてもすぐに暴れられる事もないはずだ。

 包丁は簡単に取り出せないよう、流しの下に隠した。


「ウンディーネ、陽花のさっきの様子、何か心当たりあるか? あんな事ができる奴を知ってたり」

『残念だけど、私は何も。サラマンダーなら知っているんじゃないかしら』

「ええ……。あいつに頼るのはなあ」


 小声でそんな事を話しながらコップをひとつ取り出し、長谷川の前へ持って行った。

 長谷川はといえば、寝ている陽花にいたずらしながらスナック菓子を貪っている。油の付いた指を舐めたりと行儀が悪い。

 本当、顔は整ってんのにその他が残念すぎる人だな。

 一度しか会ってないのに印象が強烈に残っているくらいだ。

 だいたいこの人、何でうちに来たんだ? それもこんな良いタイミングで。


「いやあ、しかし、錦さんの家に来てみて正解だったなあー。こんな面白いもん見れたんだから」

「面白くないですよ……。そもそも何で来たんですか?」

「……何でだっけ?」


 おい。

 もうほんと何なのこの人……。何で来たのか目的を忘れるような有様なのに、ばっちり薬物と注射器は準備してくるのおかしいだろ。


「あ、あーあーあー! 思い出した! えっとね、前にダンジョン持って帰ってたじゃない? んで、その経過報告とかもらえたらなーっと思ってさ。ぶっちゃけどうよ?」

「あのダンジョンならとっくに攻略しましたよ。今頃、どっかの処理場で段ボールはリサイクルされてるでしょ」

「ええ、マジぃ? 勿体ない。上手く残しておけば、お宝ザクザクだったろうし、この子もダンジョンに連れ込んで致せば声も聞かれないよ?」

「あんたあんまり失礼だと男女平等のチョップ食らわせるからな」


 がぶがぶと麦茶を飲む長谷川。招かれてもない客だってのに遠慮もしねえのな。

 にしても、経過報告か。そんな義務があるんだな、ダンジョンを手に入れると。

 その手の事は一切せずに2ヶ月近く経っちまってるけど、罰則とかないんだろうか。


「はあー、攻略したってんなら仕方ないなー。ほい、これ。ダンジョンの管理を放棄するって書類にサインしてくださいなー」

「そんなもん面倒くさそうに渡さないでくださいよ……。ええと、ここに署名すればいいんですかね」


 そういや似た書類をバイト現場でも書かされたよな。あれは確か、ダンジョンの所有だったか、権利の継承の申請書だったっけ。

 面倒なのは俺だってのに、まったく。

 ……あれ? 待てよ。なんか妙じゃないか。

 この人確か、研究機関の人だよな。何でそんな人が、わざわざダンジョンの管理者の所に出向いてこんな書類なんて集めてんだ。

 そんな仕事、どちらかといえばあの時に会ったもう1人、片桐がやる事じゃないのか。

 実際、あの時だって書類を持って行ったのは片桐の方だった。なんなら、長谷川は何しに来たのかわからないくらい、どうでもいい話をしてからダンジョンを検分した程度だったはずだ。

 それとも実際は役所と提携していて、こうした仕事は所属に関係なくフレキシブルにやるもんなんだろうか。


『待って曽良、何かおかしくない、その書類?』

「は? ……あ」


 ウンディーネの言葉に、書類をよく見てみると、それはダンジョンの権利放棄の書類などではなかった。

 俺の所有しているダンジョンを、無条件で機関に調査させるという内容の承諾書だ。


「長谷川さん、これ、どういう事ですか?」

「あれ、バレちった? たはーっ、失敗パイ。そんな怒んないでー、ちょっとした茶目っ気」

「茶目っ気って……。こんなの、素直に言えばいいじゃないですか。わざわざ面倒な嘘なんて吐かなくても」

「おにゃのこは素直じゃない方が可愛いでしょ?」


 本気でチョップしてやろうかこの人。

 他にも何か仕込まれていたら嫌なので、改めて書類を隅々まで読む。

 調査する物はダンジョンだけじゃなく、そこで拾得した物も対象らしい。

 ますます変だ。こんなもん、隠す必要なんてまったくないし、騙し討ちした方が心象悪くするだろうに。

 不思議に思いながらもサインをして、長谷川に返す。

 長谷川はそれを大事そうに鞄にしまうと、すくっと立ち上がって伸びをした。


「んーっ! よしっと。錦さんの許可ももらえたんで、早速始めちゃいますかね」

「始める? 何を……」

「もち、調査ですよー」


 調査と言っても、段ボールはとっくに処分したし、調査対象なんてないはずだけど……。

 不思議に思っていると、長谷川はさも当然のようにトイレへ行き、ドアを開けた。

 えっ、ちょ、ちょっと待て!?


「そこは……!」

「ダンジョンですよねー。知ってますんでお気遣いなく」

「お気遣いとかじゃなくって! ていうか何勝手に入ってるんですか、駄目ですよ!」

「さっき許可もらったもーん」


 鞄をぽんと叩いて、長谷川は得意げにそう言った。

 いや、もーんじゃなくてさ!

 俺が止める前に、長谷川はダンジョンの中へと踏み入ってしまった。


「くそっ!」

『曽良、追って! 彼女まで私の泉には、は、排尿とかしたら……!』

「可能性は大いにあり得るけど今はそれ心配してる場合じゃねえ!」


 ウンディーネの泉は無申請な上に、普通のダンジョンとは大きく違う場所だ。

 しかもジズ達が暮らしているから、それを見られるのもまずい。

 予想以上に早いペースで階段を降りる長谷川をなんとか追おうとした、その時だった。


「あれ? 何でボク縛られてるっすか? センパイ? おーい、センパイ! これ何の遊びっすか? センパイ、センパイセンパイセンパイセンパイセンパーイ!!」


 あーもう、あっちもこっちも騒がしいったらありゃしねえ!


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