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いい加減にしてくれ、ダンジョン!  作者: 景浦良野
4章
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4-11 野獣と化したセンパイ

 包丁持った陽花が目の前に立つのを、俺は呆然と見上げる事しかできない。

 予想外の行動すぎて宥める事も逃げる事もできない。

 一体、何が起こってるんだ? 真琴に殺された時以上の衝撃だぞこんなの。


「ひ、陽花。変な冗談やめろよ」

「答えて」


 駄目だ、取り付く島もねえ。

 さっきまで馬鹿話して笑ってたはずなのに、どうしてこんな……。


『曽良!』


 突然、頭の中にウンディーネの声が響いた。


「な、何とか陽花の事鎮められないか?」

『それどころじゃないわ。陽花の中に、何かいる!』

「はあ!?」


 何かがいる?

 その何かに影響されて、陽花はおかしくなったってのか。

 びりびりと感じる殺意もそいつのせいなんだとしたら、早いとこ、間違いが起きる前に助けないといけない。

 くそ、真琴を救えたと思ったら今度は陽花かよ……!


「センパイ……」


 陽花がのしかかってくる。押しのけようとすると、首筋に刃が当てられた。ひんやりした金属の感触に思わず息を呑む。

 見ようによっちゃ男女関係のもつれからくる修羅場みたいではあるんだろうが、とても冗談めかして語れる心境じゃない。

 とにかく、陽花の中にいるとかいう何者かを引きずり出してやらないと。

 だけどどうする? アクア・ネビュラは陽花を傷つけかねない。ここはダンジョンじゃないからステータス補正も受けられない。補正があったとしても、陽花相手じゃまったく歯が立たないのが悲しいところだけど……。

 陽花の顔が徐々に近づいてくる。

 もう少しすれば、触れ合ってしまいそうな距離だ。

 やや荒い吐息が鼻をくすぐる。別な意味で心臓が跳ねてしまう。

 くおお、保ってくれよ俺の理性……!


『何やってるのよ! 早く抵抗しないと……』

「わかってる、わかってるんだけど、こうも間近に来られちゃうと……」

『うぶな事言ってないで早く!』


 く、くそ、童貞ナメんなよ……!

 やってやるぜの気概と共に、陽花の後頭部に手を添えた。

 同時に、陽花が目を閉じる。

 ゆっくり、ゆっくりと互いの顔が近づいて、


「恨むなよ」

「センパイ……?」


 ぐいっと首を後ろへ反り、ゴッ! と鈍い音のする頭突きを陽花の額に叩き込んだ。


「い゛っ!? ったぁ…………!」


 取り落した包丁を足で弾いて壁際へ滑らせる。

 額の鈍痛を我慢しながら、悶える陽花の腕を抑え込んだ。


「ちょっ、やだっ、センパ……」

「おい、暴れんな! くそ、ウンディーネ、なんか縛るもん持ってきてくれ!」

『無理よそんなの!』


 ジタバタと暴れる陽花の腕力は俺よりも下だ。

 ステータス補正がないってこういう時に助かるな。これで負けてたら悲しくなっちまうが……。

 ところが、そんな俺の優位は一瞬で崩れた。


「ああああああ!!」

「なっ――!?」


 悲鳴のような叫び声と共に、陽花の体が跳ね上がり、俺は飛ばされて転がった。

 嘘だろおい、女子の力に負けたのか俺……って、そんなコミカルな力じゃねえぞ今の。

 こんだけ体重差のある人間を身体のバネだけで吹っ飛ばすなんて、レスラーにだってできるとは思えない。

 ゆらり、と立ち上がった陽花の手に、大きく湾曲した金属が現れた。

 持ち手の左右に刃が伸びているそれは、刀剣にも見えるが、形的には弓に似ているだろうか。

 おいおい、あれってなんか、俺のアクア・ネビュラや真琴の剣に似てないか?

 考えたくないけど、まさかだよな。


「ウンディーネ、あれってさ……」

『ええ、私と、同じ……!』

「うわあ、また出てくんのかよそういうの……。ちょっとペース早くねえ?」

『私に言わないで!』


 俺もアクア・ネビュラを出して突き出して構える。

 ステータスの補正が効いてない状態なら俺と陽花はどっちが強い?

 単純な腕力だけなら陽花には勝てる。体格も俺の方がずっと上だ。

 が、それ以上に陽花は「意見がぶつかったら折れ」とか教え込まれるやたら物騒な護身術を修めている。

 そんなもん極められた日にゃ、向こう1ヶ月はベッドの上で身動きも取れなくなりそうだ。


「センパイは、ボクに、守られてればいいんすよ……!」

「急に悲しい事言わんでくれや。気にしてんだぞそれ」


 俺を指さすように陽花が腕を前に突き出した。

 左手で何かを掴み引くのと同時に、持ち手の前に小さなつむじ風のように渦巻く光が集まってくる。

 やっぱ弓かよ、あれ!

 ここでこんなもん撃たれたらまずい。当たれば確実に死ぬし、避ければ壁がぶち破られて俺が静夏さんに殺されちまう。

 何もしなけりゃどのみち死ぬなら、撃たれる前に対処しなければならない。

 けど、どうする? アクア・ネビュラ投げるわけにもいかないし、相手は手を放すだけで俺を殺せる状況だ。もう一度抑え込もうにも近づく事ができない。

 なんとか一発だけでも防御できるか……?

 そう考えていた時だった。

 ――ピンポーン♪

 睨み合う2人の空気を壊すような軽快な音。陽花が一瞬、玄関の方へ意識を向ける。

 俺はすかさず、陽花に飛び掛かり押し倒した。その衝撃で弓を引いていた手が外れ、照準が狂った矢が窓を突き破って外へ飛んでいく。

 あっぶねえ! 窓で良かった……!

 今度こそ放さない。腕で肩口を抑え込み、左手でズボンのベルトを引き抜いて陽花の腕に巻き付けた。


「落ち着け陽花! 酷い事はしないから、落ち着けって!」

「あああああ!!」

「ちょっと叫ぶのやめてくれ! ああ、くそ!」


 ティッシュを丸めて口に押し込む。少しだけ声が軽減された。

 さて、こいつの中にいる何某かを引きずり出さないと。


「今出してやるからな、陽花。中に、いるやつ、出して……!」

「……あのー」


 第三者の声がして、俺は固まった。

 恐る恐る玄関を向くと、確かに施錠したはずのドアが開いている。

 そこから、どこかで見た覚えのある顔が覗いていた。


「いいコトしてるとこすんませーん。新聞とか宗教の勧誘ではないやつでーす」

「……ああ、えーっと、あの、これは……」

「あ、出すとこ見てた方がいいですかね? えっひゃっひゃっひゃっ」


 思い出した。

 美人なくせに、汚い笑い声の女。

 専門機関の研究員、長谷川が、何故か俺のアパートのドアを開けて立っていた。


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